箕面市立メイプルホール(大阪府)
《身近なホールのクラシック》 2023年度ラインナップ
ウィーン、パリ、夢の街角へ

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箕面市立メイプルホール(大阪府)

《身近なホールのクラシック》 2023年度ラインナップ

ウィーン、パリ、夢の街角へ

text by 八木宏之

大阪府箕面市の箕面市立メイプルホールの2023年度音楽分野ラインナップ「《身近なホールのクラシック》ウィーン、パリ、夢の街角へ」の内容が発表された。近年、地域公共ホールを取り巻く環境は厳しさを増しているが、メイプルホールのプログラムはそうした逆境を跳ね返すかのような勢いを感じさせるものだ。人口14万人の街の座席数501席のホールが、これほどバラエティ豊かな主催公演を提案することは、日本のクラシック音楽界の明るいニュースと言って良いだろう。メイプルホールの聴衆には関西各地から集うクラシック音楽の愛好家だけでなく、ホールの活動を支える地域の人々も多く含まれるが、いつも客席のテンションは高く、その熱気がホールの隅々まで充満している。

メイプルホールのラインナップは、ただ単に知名度のある国内外のアーティストを招聘するのではなく、これから飛躍していく若手アーティストにスポットを当てるというはっきりとしたコンセプトに貫かれている。どの企画も箕面でしか聴くことのできない、オリジナリティ溢れるものばかりだ。プログラムには17世紀のクープランから20世紀のシェーンベルクやコルンゴルトに至るまで、幅広い時代の作曲家が名を連ね、年間4公演を通して聴けば、オーケストラ、室内楽、ピアノ・ソロといったさまざまなジャンルにまんべんなく触れることができる。それではラインナップの中身を詳しくご紹介していこう。

流麗な美しさを持つブラームスの交響曲第2番

シーズンのスタートを飾るのは坂入健司郎と大阪交響楽団による『ブラームス交響曲全曲演奏』の第2回演奏会(4月28日)だ。この演奏会についてはFREUDEでも度々取り上げているので、すでにご存知の読者も多いだろう。第2回演奏会で演奏される交響曲第2番は、ブラームスの作品のなかでもとりわけ流麗な美しさが際立つ傑作である。ベートーヴェンの呪縛のなか、交響曲第1番の作曲に20年以上もの歳月を費やしたブラームスが、そのプレッシャーから解放されて、数ヶ月で書き上げたのが第2番だった。第2番を作曲した当時のブラームスの心境は、指揮台に登る坂入のそれと重なるかもしれない。昨年9月の第1回演奏会で、第1番を指揮した坂入は、若手指揮者ゆえの重圧を乗り越えて、見事に自らのブラームス像を示してみせた。渾身の第1番を経た第2番では、よりリラックスした坂入の音楽が聴けるはずだ。モーツァルトの交響曲を得意とする坂入による交響曲第35番《ハフナー》と併せて大いに期待したい。

坂入健司郎©︎Taira Tairadate

若き俊英たちが一堂に会する弦楽六重奏

6月20日には、ヴァイオリニストの尾池亜美率いる弦楽六重奏の演奏会が開催される。六重奏のメンバーには、尾池のほか、田代裕貴(ヴァイオリン)、安達真理(ヴィオラ)、多井千洋(ヴィオラ)、荒井結(チェロ)、伊東裕(チェロ)という、いま注目すべき若手弦楽器奏者たちが集った。

尾池は古典からコンテンポラリーまで幅広く活躍するヴァイオリニストで、坂東祐大率いるEnsemble FOVEのプロジェクト『ZINGARO !!!』での熱演も記憶に新しい。田代はスウェーデンの名門、イェーテボリ交響楽団で第2ヴァイオリン首席奏者の重積を担う。ヴィオラの安達は日本フィルハーモニー交響楽団の客演首席奏者としてだけでなく、Ensemble FOVEの中心メンバーのひとりとしても知られる。多井は京都市交響楽団のヴィオラ奏者を経て、2016年から東京交響楽団のフォアシュピーラーを務めている名手。チェロの荒井はブラームス国際コンクールチェロ部門で2位を受賞したソリストで、日本各地でリサイタルを開催するほか、東京チェロアンサンブルをはじめとする室内楽にも積極的に取り組んでいる。伊東は葵トリオとして世界最難関のARDミュンヘン国際コンクールピアノ三重奏部門で優勝を果たし、昨年8月には東京都交響楽団の首席チェロ奏者に就任した。

若き俊英たちが一堂に会する演奏会で取り上げられるのは、モーツァルトの協奏交響曲(弦楽六重奏版、第3楽章)、コルンゴルトの弦楽六重奏曲、そしてシェーンベルクの《浄夜》の3曲だ。オーケストラ版ではヴァイオリンとヴィオラがソロを務めるモーツァルトの協奏交響曲だが、今回の弦楽六重奏版ではソロ・パートをアンサンブルのなかでまわしていくとのことなので、メンバーひとりひとりの音楽的個性にしっかりと触れることができるだろう。コルンゴルトの弦楽六重奏曲は、コルンゴルトが17歳のときに書いた作曲家初期の代表作である。弦楽合奏版で演奏されることの多いシェーンベルクの《浄夜》も、オリジナルの弦楽六重奏版ならではの繊細なテクスチャを存分に味わいたい。

尾池亜美

アレクサンドル・タローによる珠玉のフランス音楽

アレクサンドル・タローのピアノ・リサイタルも必聴の演奏会だ(10月19日)。タローは現代のフランスを代表するピアニストのひとりで、フランスでも圧倒的人気を誇っている。今回箕面で披露するのはクープラン、ドビュッシー、ラヴェルの名曲を中心に構成される、タローのアイデンティティと言うべきフレンチ・プログラムだ。フランス音楽に加えて、グリーグの《叙情小曲集》の抜粋も演奏される。

クラシック音楽だけでなく、シャンソンも弾きこなすタローは、フランスのエレガンス、パリのエスプリを音楽から巧みに引き出すピアニストである。とりわけドビュッシーの《前奏曲集》やラヴェルの《亡き王女のためのパヴァーヌ》では、パリの風景が目の前に広がるような演奏を聴かせてくれるだろう。フランスの鍵盤音楽の礎を築いたフランソワ・クープランの作品もタローの大切なレパートリーであり、クラヴサンとは異なるピアノで聴くクープランの魅力を際立たせながら、私たちをヴェルサイユの宮廷へと誘ってくれるはずだ。北欧ノルウェーの作曲家グリーグの代表作のひとつ《抒情小曲集》をドビュッシーは高く評価していた。北欧の自然や風土に根差した愛らしい小品の数々にタローがどうアプローチするのか、こちらも楽しみに待ちたい。

2022年度にはフランス語圏のスター木管楽器奏者たちによるドリーム・アンサンブル、レ・ヴァン・フランセを招聘したメイプルホール。レ・ヴァン・フランセとタローを続けて聴いてみることで、フランス的な演奏とはなにか、という問いに対する自分なりの答えを探してみるのはいかがだろうか。

アレクサンドル・タロー

坂入健司郎と大阪交響楽団の深まる信頼関係

シーズンの締めくくりは再び坂入と大阪響による『ブラームス交響曲全曲演奏』、その第3回演奏会である(10月27日)。取り上げられるのは、ブラームスの《ハイドンの主題による変奏曲》、ハイドンの交響曲第88番《V字》、そしてブラームスの交響曲第3番である。交響曲第3番は、第3楽章の哀愁に満ちたテーマをはじめ、数々の名旋律に彩られた作品。一方で第1楽章など、オーケストラのアンサンブルに高度な技術と経験が求められる難曲としても知られている。

坂入は第3番を「ブラームスの個性がもっとも素直に出ている交響曲」だと語る。第3回に至って信頼関係が深まった坂入と大阪響が、息のあった演奏を聴かせてくれるに違いない。ハイドンの交響曲第88番は坂入が今回のツィクルスでぜひ取り上げたいと望んだ作品。坂入はこれまでも川崎室内管弦楽団との交響曲第85番《王妃》など、ハイドンで高い評価を得てきた。今回の大阪響とのハイドンでも、コンパクトなオーケストラから若々しくスタイリッシュな音楽を引き出してくれるだろう。

大阪交響楽団

気鋭の評論家による音楽講座

『ブラームス交響曲全曲演奏』第2回、第3回でも、昨年の第1回で好評だった「マエストロ・サロン」「ゲネプロ見学会」が開催される。「マエストロ・サロン」は、坂入に直接質問することのできる指揮者と聴衆の交流の場。作曲家や作品についてだけでなく、オーケストラとの関係性やリハーサルで意識していることなど、普段はなかなか聞くことのできない話が聞けるはずだ。指揮者とオーケストラについて、日頃疑問に思っていることをどんどん質問したい。「ゲネプロ見学会」は、指揮者とオーケストラが演奏会へ向けて最後の仕上げを行うゲネプロ(ゲネラル・プローべ、ドイツ語で総稽古の意)を観察する貴重な機会だ。案内役を務める音楽評論家の奥田佳道が、ゲネプロのどんな点に注目したら面白いか丁寧に紐解いてくれるので、クラシック音楽のマニアでなくても存分に楽しめる。「マエストロ・サロン」と「ゲネプロ見学会」にも参加して、坂入のブラームス・ツィクルスを隅々まで味わい尽くしたい。

メイプルホールはコンサートだけでなく、聴き手の音楽に対する好奇心を刺激するような生涯学習講座も用意している。これまでも、箕面市民である伊東信宏(大阪大学教授)による『中欧音楽夜話』など、さまざまな人気講座が行われてきたが、2023年度の布施砂丘彦による『箕面おんがく批評塾』も要注目の講座である。キャッチフレーズは「音楽とは何か、考え、語り合い、そして形にする場」。6月から12月まで、半年間全8回の講座を通して、布施とともに音楽を批評することの意味について考えていく。

布施は日本のクラシック音楽界でもっとも若い音楽評論家のひとりだが、その鋭い批評眼は高く評価され、20代にして『レコード芸術』や『朝日新聞』などで評論活動を展開している。『FREUDE』にもアーノンクールヘンデルの記事を寄稿してくれた。批評をメイン・テーマに据えた音楽講座はこれまでありそうでなかったものだ。SNSが発達し、聴衆の誰もが評論家になることのできる今日、批評について改めてじっくりと考えてみることは大切なことである。評論家としてだけでなく、コントラバス奏者としても活動する布施は、批評する側、される側の両方の視点を併せ持っており、そのことが講座をより多面的で奥深いものにするだろう。

布施砂丘彦

箕面市立メイプルホールは、大阪中心部からのアクセスもよく、市外からも気軽に聴きに行くことができる。フレッシュでオリジナリティに満ちたメイプルホールの2023年度のラインナップをぜひホールで体験してみて欲しい。

箕面市立メイプルホール
《身近なホールのクラシック》 2023年度ラインナップ
ウィーン、パリ、夢の街角へ

箕面市メイプル文化財団Webページ:https://minoh-bunka.com

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