坂入健司郎インタビュー【後編】
箕面市立メイプルホールでのブラームス交響曲全曲演奏会に向けて

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坂入健司郎インタビュー【後編】

箕面市立メイプルホールでのブラームス交響曲全曲演奏会に向けて

text by 原典子
cover photo ©Taira Tairadate

重厚壮大ではなく
じつは清涼なドイツ音楽

箕面市立メイプルホール(大阪府)の《身近なホールのクラシック》シリーズの一環として開催される、坂入健司郎指揮 大阪交響楽団によるブラームスの交響曲全曲演奏会。2022年9月15日からスタートし、2024年までに全4回、3年間にわたるツィクルスでは、ブラームスの4つの交響曲を番号順に並べつつ、そこにモーツァルト、シューベルト、メンデルスゾーン、ハイドン、バッハ、ドヴォルザークの作品を組み合わせてプログラミングされている。ツィクルス全体を通して「ドイツ・オーストリア音楽とは何か」というテーマのもとに、ブラームスがどう位置づけられるかが見えてくる仕組みだ。

©Taira Tairadate

「ドイツ音楽というと重厚なイメージがありますよね。たとえば作曲家でいえばワーグナーが目指していた神聖なる芸術、指揮者でいえばヴィルヘルム・フルトヴェングラーの壮大でドラマティックな解釈こそがドイツ音楽の本質だと長らく日本人は信じてきました。けれど、僕はそれとはちょっと違うイメージを持っていて。ドイツを旅行すると湿気が少なく、緑が豊かで、湖はどこまでもブルー、オーストリアには生えていない白樺を見たりするのですが、ドイツ音楽とはそういった風土に根づいた清涼な音楽だと思うんです。気高さや品があるけれど、シンプルでキビキビしていて、重さはない。じつは爽やかで、透き通っていて、ピュアな音楽なのではと」

ステレオタイプが嫌いで、「これはこういうものだ」と言われると逆のものを探したくなる性分だという坂入。どのような音楽を聴いて、「清涼なドイツ音楽」へと行き着いたのだろうか。

「僕はもともと聴く方では、メンデルスゾーンやシューマンあたりからドイツ音楽に入りました。その解釈者として、先ほどお話ししたフリッツ・シュタインバッハの流れを汲むフリッツ・ブッシュやカール・シューリヒトといった指揮者の演奏を聴いて、彼らのシンプルかつ気品と透明感あふれる音楽こそが、ドイツ音楽の根幹のひとつだと確信するようになったんです。もちろんフルトヴェングラーやハンス・クナッパーツブッシュのドラマティックで重厚な演奏もドイツ音楽の良き伝統ではありますが、それがすべてでもありません。そもそもドイツという“国家”は1800年代の後半になってから成立したわけで、この地がドイツと呼ばれるずっと前から脈々と受け継がれてきた音楽とはどういうものだったのか、そこに思いを馳せています」

ドイツ・オーストリア音楽の
系譜を織り込んだプログラム

全4回のツィクルスには、そんな坂入の考えるドイツ・オーストリア音楽の系譜が織り込まれている。まずVol.1では、ブラームスの交響曲第1番の前に、モーツァルトの歌劇《魔笛》序曲とシューベルトの交響曲第5番が演奏される。

ブラームスが後半生を送ったウィーンの音楽を紹介しなくてはということで、モーツァルトとシューベルトを入れました。モーツァルト最後のオペラ《魔笛》はドイツ語で書かれ、その後のドイツ語オペラの出発点となっていった作品。シューベルトの交響曲第5番は、シンプルで無駄がないのにもかかわらず斬新な和声の展開など、ウィーンの音楽における最高傑作のひとつだと思います」

Vol.2では、ブラームスの交響曲第2番に、メンデルスゾーンの《真夏の夜の夢》序曲とモーツァルトの交響曲第35番《ハフナー》。Vol.3では、ブラームスの交響曲第3番に、同じくブラームスの《ハイドンの主題による変奏曲》とハイドンの交響曲第88番《V字》が組み合わされている。

「メンデルスゾーンはバッハを研究し尽くして、そこから新たな音楽を作っていった人。ユダヤ系ということもあり、ドイツではナチスの時代にその演奏の伝統が一度途絶えてしまいましたが、ドイツ音楽の魅力がたっぷり詰まっています。そして交響曲の“てにをは”が完璧に整っているのが、ハイドンの《V字》。 この作品を通らずしてドイツ音楽を語るべからずといったところでしょう」

ラストのVol.4では、ブラームスの交響曲第4番に、バッハ/ストコフスキー編の《平均律クラヴィーア曲集(第1巻 第24番 前奏曲)》とドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲。ソリストには盟友のヴァイオリニスト、石上真由子を迎える。

石上真由子 ©︎Takafumi Ueno

「石上さんとの出会いは、僕がYouTubeで彼女の弾くラヴェルの《ツィガーヌ》の演奏を聴いて、日本にこんなヴァイオリニストがいたんだ! と衝撃を受け、“怪しい者ではございませんので、ぜひ共演させてください”とSNSでメッセージを送ったのがきっかけです。“この人とは一生共演したい”と願うほど、完全に信頼しているソリスト。古典に回帰したブラームス最後の交響曲にバッハを合わせ、ブラームスがいちばんかわいがっていたドヴォルザークのコンチェルトを演奏することで未来へとつないでいくプログラムです」

500席の贅沢な空間で聴く
大阪交響楽団の熟成された音色

2021年6月のベートーヴェン以来の共演となる大阪交響楽団は、坂入にとってどのようなオーケストラなのだろうか。

「最初にベートーヴェンを通しで振ったときから、ドイツ音楽が身体に入っているオーケストラだと感じました。この言葉がふさわしいか分かりませんが、“いぶし銀”のような音色というのでしょうか。古くからあるドイツのオーケストラのような、重心が低めの響きで、熟成された音が出るんです。その一方で、とてもたくさんオペラを演奏しているので、歌に寄り添うことも得意。カチッとした部分と柔軟性の両方を兼ね備えたオーケストラだと思います」

大阪交響楽団 ©飯島隆

メイプルホールの500席という贅沢な空間で聴くブラームスも楽しみだ。

「ブラームスの交響曲って、初演時のオーケストラの人数はコンパクトなんですよね。そういう意味でも、僕のイメージするブラームスは2,000席とかの大きなホールで、100人近いオーケストラで豪華に鳴らすものではなく、マイニンゲン宮廷楽団の編成に近い中型のオーケストラで演奏するものなので、メイプルホールはぴったりだと思います。引き締まったドライな響きもするし、歌いたいときにはホールに助けられることも多く、とても素晴らしいホールです」

リハーサル段階からメイプルホールで演奏できるのも、オーケストラにとってはメリットが大きい。さらにリハーサル初日の夜には、坂入を迎えて「マエストロサロン」なるトークイベントも開催されるとのこと。伝統ある大阪交響楽団に坂入がいかに新風を吹き込むのか、おおいにご期待いただきたい。

 

公演情報

《身近なホールのクラシック》ブラームス交響曲全曲演奏会
箕面市立メイプルホール 大ホール
坂入健司郎指揮 大阪交響楽団

Vol.1 2022年9月15日(木)
モーツァルト:歌劇《魔笛》序曲
シューベルト:交響曲第5番 変ロ長調
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調
※チケット発売中!
https://minoh-bunka.com/2022/03/29/20220915-brahmssymphony/

Vol.2 2023年4月28日(金)
メンデルスゾーン:《真夏の夜の夢》序曲
モーツァルト:交響曲第35番 ニ長調《ハフナー》
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調

Vol.3 2023年9月~10月
ブラームス:《ハイドンの主題による変奏曲》
ハイドン:交響曲第88番 ト長調《V字》
ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調

Vol.4 2024年4月~5月
J.S. バッハ/ストコフスキー編:平均律クラヴィーア曲集 第1巻-第24番 前奏曲
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 イ短調(ヴァイオリン独奏:石上真由子)
ブラームス:交響曲第4番 ホ短調

公演詳細:https://minoh-bunka.com/2022/03/29/2022-2024brahmssymphony/

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