箕面市立メイプルホール(大阪府)
身近なホールのファンづくり【後編】
text by 八木宏之
501席のキャパシティだからこそ貫ける挑戦する姿勢
近年、その意欲的な企画やラインナップがクラシック音楽ファンの間で話題になることの多い箕面市立メイプルホール。生涯学習講座をきっかけにホールのファンを開拓し、主催公演の来場へと繋げていくメイプルホールの戦略を、前編に引き続き掘り下げていこう。
箕面市在住の音楽学者、伊東信宏(大阪大学教授)による生涯学習講座『中欧音楽夜話』は、2017年春の初回から定員の50名を上回る申込みがあり、2018年春の第3回にはその数は80名に達した。「これまでは箕面市の外から来てくださる方も含めて、定員を超えた場合も全員に受講していただいていましたが、コロナ禍以降は定員50名を守って箕面市民優先で続けています」(和田大資 箕面市メイプル文化財団芸術創造セクションマネージャー)
メイプルホールでは、こうした生涯学習講座を「クラシック音楽をもっと知ってもらい、ホールのファンになってもらう」ステップとして捉えている。まずは気軽に講座を受講してもらい、そこから関心が広がってホールの演奏会にも少しずつ来てもらう、その流れを生み出すことが狙いだ。
伊東の『中欧音楽夜話』が始まってしばらくすると、メイプルホールの客席はこれまで以上に活気を帯び、クラシック音楽が箕面の人々の生活のなかで存在感を示し始めたという。ホールの主催公演と生涯学習講座の内容は《身近なホールのクラシック》シリーズとして連動しており、市民が公演の内容に関心を持ち、演奏会をより楽しめるように工夫されている。
例えば2018年6月にヴァイオリニストのギル・シャハムが箕面でリサイタルを行った際には、同時期の『中欧音楽夜話』でもヴァイオリンをテーマに扱い、公演前日の講座ではリサイタルで演奏されるスコット・ウィーラーやアヴネル・ドルマンのヴァイオリン・ソナタについても取り上げた。また2020年12月に箏曲家の片岡リサが『箏の最先端をゆく』と題する演奏会(新進気鋭の作曲家桑原ゆうへの新作委嘱《言とはぬ箏のうた》初演など)を行った際にも、直前の『中欧音楽夜話』で片岡をゲストに招き、箏に対する理解を深める場を持った。このように講座と公演を連動させて、プログラムの内容を丁寧に読み解くことで、そこにコンテンポラリーの作品が含まれていても、市民はアレルギー反応を示さずに聴きに来てくれる環境が少しずつ培われていった。そうした積み重ねがあったからこそ、北村のリサイタルのようなプログラムも可能となったのだ。
「箕面市民のクラシック音楽に対する関心は、私が講座を始める前から潜在的にあったのだと思います。でも地元箕面でそれを楽しむという発想はなかった。クラシック音楽が好きな人は大阪市中心部へ聴きに行っていたのです。それが講座をきっかけに、地元のホールでも楽しむという選択肢に気がついて、それが少しずつ定着しはじめているのが今の状況なのだと思います。大阪ではコンテンポラリーの演奏会をやっても人が来ないと言われてきましたが、大阪の音楽ファンは表面的なものには心動かされないだけで、面白いと思えばちゃんと反応してくれます。
メイプルホールは501席というキャパシティだからこそ、挑戦する姿勢を貫けるのかもしれません。座席数が2000席のホールを埋めるのは大変なことですが、501席なら、公演の魅力を丁寧に発信すれば満席になるでしょう。ここ数年、箕面の街のなかで、そうしたことがうまく回りはじめたのです」(伊東信宏)
市民にコンサートを聴きに来てもらうにあたり、まずは生涯学習講座という選択肢を用意して、2ステップでホールへと足を向けてもらうアイデアは、地域社会のクラシック音楽文化振興のひとつのモデルケースとなるだろう。2021年8月には、箕面市内に座席数1401席の新たなコンサートホール、箕面市立文化芸能劇場がオープンした。取材2日目の5月14日には、ホールに初めてプロ・オーケストラを迎える公演『身近なホールのクラシック 京都市交響楽団特別演奏会』(指揮:三ツ橋敬子、主催:箕面市メイプル文化財団)が開催され、私もその記念すべき公演を鑑賞した。モーツァルトの細かなニュアンスも、ベルリオーズの大音響もクリアに楽しめるバランスの良い響きを持ったモダンなホールは、箕面のクラシック音楽シーンに新しい展開をもたらすだろう。同時に、コンパクトなキャパシティを活かして地道にファンを獲得してきたメイプルホールは、これからも箕面の地域文化の発信基地として挑戦を続けていく。FREUDEでは引き続き、箕面市立メイプルホールの挑戦をさまざまな角度から取り上げていくので、ぜひご注目いただきたい。
箕面市立メイプルホール 公演情報
《身近なホールのクラシック》ブラームス交響曲全曲演奏会 Vol.1
2022年9月15日(木)
箕面市立メイプルホール 大ホール
坂入健司郎(指揮) 大阪交響楽団モーツァルト:歌劇《魔笛》序曲
シューベルト:交響曲第5番 変ロ長調
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調公演詳細:https://minoh-bunka.com/2022/03/29/2022-2024brahmssymphony/
《身近なホールのクラシック》北村朋幹ピアノ・リサイタル
2022年10月6日(木)
箕面市立メイプルホール 大ホール
北村朋幹(ピアノ)
サティ:《星たちの息子》第1幕への前奏曲〈天職〉
サティ:《3つのグノシェンヌ》
武満徹:《for away》
サティ:《ジムノペディ第1番》
ジョン・ケージ:《プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード》公演詳細:https://minoh-bunka.com/2022/03/29/20221006piano-recital/
箕面市メイプル文化財団Webページ:https://minoh-bunka.com