箕面市立メイプルホール(大阪府)
身近なホールのファンづくり【前編】

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箕面市立メイプルホール(大阪府)

身近なホールのファンづくり【前編】

text by 八木宏之

それは生涯学習講座から始まった

大阪府箕面(みのお)市は、箕面大滝をはじめとする自然に恵まれた静かな街だ。緑豊かな環境ながら、大阪市中心部にもアクセスの良い箕面市は、大阪有数の「住みたい街」でもある。関西圏以外の人には馴染みの薄い街かもしれないが、箕面は近年クラシック音楽ファンの間でしばしば話題にのぼるようになった。2021年6月、期待の指揮者、坂入健司郎が箕面市立メイプルホールで大阪交響楽団を指揮して関西プロ・デビューを飾ったのもその一例だ。メイプルホールではさらに坂入と大阪響によるブラームス交響曲全曲演奏(2022年9月から2024年4月もしくは5月までの3年間に4公演)という大きなプロジェクトも控えており、これらの公演には箕面、大阪を超えて、全国のクラシック音楽ファンの注目が集まっている。

箕面市の文化振興を担うメイプルホール(座席数501)の《身近なホールのクラシック》と名付けられた公演ラインナップは、人口14万人の地域ホールとしてはかなり意欲的なものだ。今シーズンは前述の坂入と大阪響によるブラームス・ツィクルスのほかにも、若き俊英、北村朋幹がジョン・ケージの傑作《プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード》を演奏する公演が予定されている。坂入や北村のような若いアーティストを起用し、戦後の前衛的な作品もプログラムに織り交ぜたラインナップは、一朝一夕に成し得るものではなく、ホールに集う市民の支持がなければ成立しないものだろう。箕面市でこれほどクラシック音楽が元気なのには、どんな理由があるのだろうか。その秘密を探るべく、FREUDE編集部は箕面市へと取材に出かけた。

箕面市立メイプルホール

「ここ数年の箕面市のクラシック音楽文化の盛り上がりと、お客様からの期待の大きさに手応えを感じている」と語ってくれたのは、箕面市メイプル文化財団芸術創造セクションマネージャーの和田大資だ。和田は10年ほど前まで東京のプロ・オーケストラで企画制作を担当していた。箕面市メイプル文化財団に転職したのは今から7年前。以来地域の文化振興、特にクラシック音楽文化を盛り上げ、それを全国へと発信するために奮闘してきた。

数年前から《身近なホールのクラシック》シリーズが少しずつ熱を帯び始めた背景に、なにがあるのか探ってみると、ひとつの生涯学習講座に行き当たる。伊東信宏による『中欧音楽夜話』である。大阪大学教授の伊東信宏は、バルトークをはじめとする中欧、東欧音楽の専門家であり、『レコード芸術』などに長く連載を持つ音楽評論家としても著名な人物だ。12年前から箕面市に暮らす伊東に和田が声をかけ、生涯学習講座『中欧音楽夜話』が始まったのは2017年春のことだった。当時『レコード芸術』で東欧音楽をテーマにしたエッセイ『東欧採音譚』を連載していた伊東は、箕面の講座にも『中欧音楽夜話』というタイトルを付け、東ヨーロッパを切り口に、クラシック音楽のさまざまな楽しみ方を読み解いていった。その中身を見てみると、「マーラーとクレズマー音楽」「クルターグ“遊び”の世界」「シューベルト“水車小屋の娘”とは誰か?」「村の楽師とソナタ:エネスクの作品」など、かなり濃い内容の講座である。どんな人がこの講座を聞きに来るのだろうか。伊東に直接話を聞いた。

伊東信宏大阪大学教授

「平日の夜ということもあって、講座には日中働いている現役世代から高齢者までいろいろな人が来ます。そこにはクラシック音楽のマニアや自ら楽器を演奏する人もいますし、クラシック音楽に少し興味があって聞きに来るビギナーもいます。箕面市以外にも、大阪でクラシック音楽に関するレクチャーをする機会は多いのですが、大阪の人は中途半端なものには食いついてこないんです。だから箕面の『中欧音楽夜話』も自分が面白いと思えるものを手加減なしで話しています」(伊東信宏)

伊東の『東欧採音譚』は『東欧音楽奇譚』『東欧音楽夜話』の2冊にまとめられ、書籍でも読むことができるが、その内容はクラシック音楽にとどまらない、ディープで刺激的な文化論であり、初心者向けの入門書とは趣が異なる。伊東は箕面の『中欧音楽夜話』にも同様に「手加減なし」で臨んでいるが、こうした講座に毎回定員を超える申込みがあるという事実は、必ずしも「初心者向け入門講座」だけが市民の知的好奇心を刺激するとは限らないことを示している。

メイプルホールが開催するこうした講座には、市民の生涯学習としての役割だけでなく、まずは講座を通してクラシック音楽について知ってもらい、次のステップとしてホールにコンサートを聴きにきてもらうという「身近なホールのファンづくり」の戦略があった。後編では、『中欧音楽夜話』がどのようにメイプルホールの公演と絡み合い、ホールのファン獲得に結びついているのか、さらに掘り下げていく。

箕面市立メイプルホール 公演情報

《身近なホールのクラシック》ブラームス交響曲全曲演奏会 Vol.1
2022年9月15日(木)
箕面市立メイプルホール 大ホール
坂入健司郎(指揮) 大阪交響楽団

モーツァルト:歌劇《魔笛》序曲
シューベルト:交響曲第5番 変ロ長調
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調

公演詳細:https://minoh-bunka.com/2022/03/29/2022-2024brahmssymphony/

《身近なホールのクラシック》北村朋幹ピアノ・リサイタル
2022年10月6日(木)
箕面市立メイプルホール 大ホール
北村朋幹(ピアノ)
サティ:《星たちの息子》第1幕への前奏曲〈天職〉
サティ:《3つのグノシェンヌ》
武満徹:《for away》
サティ:《ジムノペディ第1番》
ジョン・ケージ:《プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード》

公演詳細:https://minoh-bunka.com/2022/03/29/20221006piano-recital/

箕面市メイプル文化財団Webページ:https://minoh-bunka.com

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