箕面市立メイプルホール(大阪府)
《身近なホールのクラシック》2024年度ラインナップ
境界を越えて

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箕面市立メイプルホール(大阪府)

《身近なホールのクラシック》2024年度ラインナップ

境界を越えて

text by 八木宏之

近年絶好調の箕面市立メイプルホール(大阪府)が、2024年度の音楽分野ラインナップ「《身近なホールのクラシック》境界を越えて」の内容を発表した。『坂入健司郎×大阪交響楽団 ブラームス交響曲全曲演奏』や『箕面おんがく批評塾』といったホール独自の意欲的な企画で、地方の公共ホールのあり方を問い続けているメイプルホールは、来年度も「これを聴くために箕面へ行きたい」と思わせる公演の数々を予定している。出演者には実力ある若手演奏家が顔を揃える。その内容もソロ、オーケストラ、室内楽、俳優と弦楽アンサンブルのコラボレーション、音楽講座と実に多彩である。1年間ホールに通うと、バロックからコンテンポラリーまで、さまざまな国と時代のレパートリーにバランスよく接することができるのもメイプルホールのラインナップの特徴だ。

3つの鍵盤楽器を華麗に弾きわける

シーズンの開幕を飾るのは、オーストラリア生まれの鍵盤楽器奏者、アンソニー・ロマニウクのソロ・リサイタル(5月4日)である。バード、バッハから、サティ、チック・コリアまで、バラエティに富んだ作品の数々を、ステージ上に並べられた3つの鍵盤楽器、チェンバロ、モダン・ピアノ、フェンダー・ローズで華麗に弾きわける。筆者は、これまでに『東京・春・音楽祭』や『たかまつ国際古楽祭』でロマニウクの演奏に接してきたが、その詩的で叙情的な音楽はいずれも忘れ難い体験だった。作品ごとに楽器を替え、曲間には即興も交えて進んでいくロマニウクのリサイタルは、歴史的「正当性」を遥かに超えたところにある、音楽的「必然性」に貫かれている。ロマニウクがフェンダー・ローズで弾くバッハを聴けば、この言葉の意味をすぐに理解できるはずだ。

アンソニー・ロマニウク©︎Sightways

ブラームス・ツィクルスはいよいよフィナーレへ

2022年9月にスタートした坂入健司郎と大阪交響楽団のブラームス・ツィクルスは、いよいよ最終回、第4回演奏会を迎える(6月21日)。回を重ねるごとに信頼関係を深めてきた坂入と大阪響が最後に挑むのは、ブラームスの交響曲第4番。ブラームスが自らの集大成として書き上げた交響曲第4番は、古典的な形式、懐古的な響きを基本としながら、同時に先進的なテクスチャも併せ持つ傑作である。コンサバティブな美意識のなかに、進歩主義者としての顔が浮かび上がるこの交響曲は、晩年のブラームスの自画像ということもできるだろう。坂入はそんな交響曲第4番に、ストコフスキーの管弦楽編曲によるJ.S.バッハの《平均律クラヴィーア曲集》を組み合わせた。「古きを温ねて新しきを知る」というプログラムのコンセプトを際立たせる、坂入らしい見事なカップリングである。

坂入健司郎©︎Taira Tairadate

プログラムの前半には、坂入の盟友である、ヴァイオリニストの石上真由子も登場し、ドヴォルザークの協奏曲で3年にわたるシリーズのフィナーレを盛り上げる。思い返せば、坂入と大阪響、そしてメイプルホールの物語は、2021年6月25日に、石上をソリストに迎えたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲で始まった。坂入と大阪響、そして石上がこの3年で辿った軌跡をじっくりと味わいたい。

大阪交響楽団©飯島隆

石上真由子と仲間たちによる室内楽のたのしみ

室内楽も、2023年の尾池亜美率いる弦楽六重奏に続く、箕面オリジナルの意欲的な企画が用意されている。石上がプロデュースする『室内楽12345!―ソロからクインテットまで―』(10月9日)は、無伴奏ソロに始まり、弦楽二重奏、三重奏、四重奏、そして五重奏と、ひとりずつ編成を増やしながら、モーツァルト、ベートーヴェン、ラヴェル、プロコフィエフらの室内楽作品を名手たちのアンサンブルで堪能する演奏会だ。メンバーも石上が「Ensemble Amoibe」や「Music Dialogue」で共演を重ねてきた仲間たち、水谷晃(ヴァイオリン)、大山平一郎(ヴィオラ)、村上淳一郎(ヴィオラ)、金子鈴太郎(チェロ)が集う。彼らはソリストや名門オーケストラのコンサートマスター、首席奏者としてだけでなく、室内楽奏者としても日本屈指の名手たちだ。メンバーのなかでひとり大ベテランの大山は、石上に計り知れない影響を与え、石上が自らの師と仰ぐ音楽家である。大山が主宰する室内楽塾「Music Dialogue」で研鑽を積んだ、石上をはじめとする若き演奏家たちが、今日の日本の室内楽文化を担っているのだ。石上と大山が中心となって作り上げるアンサンブルは、いつも上質な緊張感と豊かな対話に満たされている。ぜひ世代を越えて受け継がれる室内楽の奥義と真髄を、メイプルホールで体験していただきたい。

石上真由子©Masatoshi Yamashiro

布施砂丘彦による野心作が箕面で再演

シーズンの最後には、コントラバス奏者、音楽批評家として幅広く活躍し、『箕面おんがく批評塾』の塾長としてもお馴染みの布施砂丘彦による野心作『いつ明けるともしれない夜また夜を』がメイプルホールで再演される(2025年3月7日、8日)。2022年5月に東京で初演され、大きな反響を呼んだこの作品は、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻と強く結びついたものだった。布施は、音楽がときに社会のなかで無力であるという現実に向き合いながら、音楽の持つ力を改めて問い直した。音楽史上のさまざまな名曲を力強い言葉と巧みに組み合わせることで、過去に書かれた作品から普遍性を浮かび上がらせ、現代の私たちがその音楽を聴く必然性を取り戻す。布施はその難しい試みを成功させ、多くの人の心を激しく揺さぶった。『いつ明けるともしれない夜また夜を』の初演後も、世界各地で新たな戦争、紛争が勃発し、多くの尊い命が失われている。メイプルホールで上演するのは、東京での初演と全く同じものではなく、2025年大阪バージョンとのことなので、布施は作品にまた新しい命を吹き込み、2025年3月の箕面にふさわしいメッセージを届けてくれるのだろう。一切の先入観を持たず、心を真っ白にして、上演のときを待ちたい。

布施砂丘彦

音楽を奥深くまで学べる充実の生涯学習講座

生涯学習講座の充実ぶりもメイプルホールの魅力のひとつ。来シーズンも音楽を奥深くまで学べる講座が予定されている。ひとつは布施による『箕面おんがく批評塾』のシーズン2。今年大好評だった布施の批評塾が、来年も継続することになった。1年目の内容を踏襲しつつ、バージョンアップしたものになるので、今年すでに参加した人も、来年初めて参加する人も、どちらも楽しめるものになるだろう。『いつ明けるともしれない夜また夜を』について、作品の作り手である布施と直接意見を交わし、批評し合える最終回は、シーズン2のハイライトになるに違いない。『箕面おんがく批評塾』については、近日FREUDEでもリポートする予定なので、批評塾への参加を悩んでいる方は、そちらの記事もぜひ読んでいただきたい。

もうひとつの講座は親しみやすいトークで定評のある、音楽評論家の小味渕彦之による『とことんブルックナー』である。2024年に生誕200年を迎えるブルックナーを、生涯から作品、そして演奏論に至るまで、さまざまな角度から掘り下げるこの講座は、ブルックナーのマニアだけでなく、ブルックナーについてなんとなく敬遠してきた人にもぴったりの内容である。熱狂的なファンがいる一方で、長大でとっつきにくいイメージもつきまとうブルックナーの音楽だが、この講座で集中的にブルックナーと向き合うことで、その魅力に開眼するきっかけを得られるはずだ。まさに生涯学習講座の醍醐味というべきブルックナー漬けの1年を過ごして、ブルックナーの沼にぜひハマっていただきたい。

布施や小味渕の講座のほかにも、ブラームス・ツィクルス恒例となった坂入の『マエストロ・サロン』や、音楽評論家の奥田佳道が案内役を務める『ゲネプロ見学会』も開催されるので、そちらも演奏会と併せて参加してはいかがだろう。

小味渕彦之

地方の公共ホールの元気がないと言われて久しいが、座席数501席の地域ホールでも、さまざまな工夫によって斬新な企画を全国に発信できることを、メイプルホールはそのラインナップをもって示している。若い力を信じ、時代の空気を敏感に感じ取ることが、メイプルホールに大阪、そして関西圏をも超えていく勢いをもたらしている。公共ホールの未来へ向けたメイプルホールの壮大な実験を、FREUDEは来年も引き続き追いかけていく。

箕面市立メイプルホール
《身近なホールのクラシック》2024年度ラインナップ
境界を越えて

箕面市メイプル文化財団Webページ:https://minoh-bunka.com

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