バロック・オペラと歌舞伎の交錯がもたらすリアリティ
ヘンデル 歌劇《シッラ》日本初演
神奈川県立音楽堂 室内オペラ・プロジェクト第5弾

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バロック・オペラと歌舞伎の交錯がもたらすリアリティ

ヘンデル 歌劇《シッラ》日本初演

神奈川県立音楽堂 室内オペラ・プロジェクト第5弾

text by 布施砂丘彦

2年半越し、待望の《シッラ》上演へ

いま、ヘンデルのオペラがアツい。一昨年は、鈴木優人とバッハ・コレギウム・ジャパンが《リナルド》を、昨年は鈴木秀美と二期会が《セルセ》を、そして今年3月には濱田芳通とアントネッロが《ジュリオ・チェーザレ》を上演した。バロック・オペラの醍醐味は大スペクタクルである。しかも、あの《メサイア》を作曲したヘンデルだ。その音楽は豪華絢爛なもので、溌剌とした古楽アンサンブルはそれを饒舌に語りあげる。いま我が国では、ヘンデルのオペラが熱狂的に迎えられているのだ。

そんななか、沸騰寸前、最もアツい思いで上演の火蓋を切ろうしているのが、神奈川県立音楽堂による《シッラ》である。

この公演は2020年2月に上演する予定だったが、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、開催3日前に上演中止が決定してしまった。ファビオ・ビオンディ以下出演者らは、既に来日してリハーサルに臨んでいた。演出の仕上がりも完璧だった。チケットはほぼ完売で、韓国など国外からも問い合わせがあったという。皆が心待ちにしていたオペラが、無念のキャンセルとなってしまった。

そんな《シッラ》が、2年半の時を経て、ついに上演されるのだ。

ファビオ・ビオンディ©Emile Ashley

オペラ《シッラ》の謎と魅力

この《シッラ》というオペラは謎に包まれている。《リナルド》と同じジャコモ・ロッシがリブレットを書き、ヘンデルが1713年に作曲した。しかし、自筆譜は未完成で、当時上演されたかどうかもよくわかっていない。

筋書きも少し変わっている。このオペラは、古代ローマの独裁官ルキウス・コルネリウス・スッラ(シッラ)の後半生を描いた、いわゆる「暴君もの」だ。ここで描かれる暴君シッラは、寺院で祈りを捧げる避難民を虐殺したり、家臣らの妻や娘に(ときには自らの妻の面前で)何度も言い寄ったりと、あまりに卑劣な君主である。しかし、最後はあっさりと改心してハッピーエンド。演出家が優れていないと、陳腐な上演になりかねない。

このようなことから、《シッラ》はこれまで上演の機会に恵まれることがほとんどなかった。今回は本邦初演である。しかし、音楽が素晴らしいことは疑いようがない。ヘンデル自身、その音楽を気に入っていたのだろう。ヘンデルは《シッラ》の少なくない部分を、次作《ゴールのアマディージ》で流用している。

一見、馴染みにくいと思われるようなストーリーとの架け橋が、やはり音楽である。それぞれのアリアでは、人間の普遍的な感情、怒り、愛、喜び、絶望などが描かれている。そういった人間の複雑な感情を表現することが、古楽器の得意分野だ。音に陰影を付けやすく発音の種類が豊富なガット弦は、ヘンデルの時代から、いや、古代ローマから変わらない人間の本性を、聴き手に訴えかける。

最先端の古楽オーケストラと国際色豊かな豪華歌手陣

古楽器を用いて演奏を担当するのが、ファビオ・ビオンディ率いるエウローパ・ガランテだ。1990年にビオンディによって設立されたこの古楽オーケストラの名は「豪華絢爛なるヨーロッパ」を意味する。古楽器が持つ豊かな音色のパレットを自在に操り、その名の通り「豪華絢爛」な音楽をもってして、世界の最先端を走り続けてきた。この団体を有名にしたヴィヴァルディ《四季》のディスクは、いま聴いても驚くほど斬新で、美しいサウンドと共にその音楽は輝き続けている。

そのビオンディとエウローパ・ガランテが2017年から取り組んでいるのがこの《シッラ》である。ウィーンでの上演および録音を皮切りに、欧州各地で演奏してきた。ビオンディによると、《シッラ》は「とても美しいオペラ」であり、さらに「上演時間が短いことも現代人向け」であるという。彼らにとっての《シッラ》初演から5年が経ち、今回はどのような音楽を繰り広げてくれるのだろうか。

さらに、世界各国から駆けつける豪華な歌手陣も聴きどころのひとつである。ソニア・プリナ、ヒラリー・サマーズ、スンヘ・イム、ヴィヴィカ・ジュノーなど、古楽やオペラの最前線で活躍している国際色豊かなソリストが、音楽堂に集結する。

エウローパ・ガランテ

歌舞伎の要素も取り入れた大スペクタクルな演出

演出を務めるのは、日本を代表するカウンターテナーの歌手であり、演出、執筆、テレビやラジオへの出演など多方面で活躍する彌勒忠史だ。オペラというものを表からも裏からも知り尽くした彌勒は、今回、なんと歌舞伎の要素を採り入れて上演するのだという。

実は、彌勒は東京藝大声楽科でクラシック音楽を勉強する前に、千葉大の修士課程に在籍していた。修士課程の授業の一環で歌舞伎についても研究を行っていた彌勒は、すっかり歌舞伎に魅せられて、一時は週に5日も歌舞伎座へ通っていたという。さまざまな視点から舞台芸術に向き合ってきた彌勒による渾身の演出だ。見逃すわけにはいかない。

先月行われた記者会見のなかで、彌勒は「(歌舞伎は)バロック・オペラとは時代的な共通項もあり、デフォルメの仕方、劇的な効果については近いところもある」と語った。歌舞伎で使われる「宙乗り」のように、今回は「エアリアル」を用いるそうだ。「エアリアル」はロープや布を使って空中を舞うパフォーマンスの一種で、シルク・ド・ソレイユなどで使われている。「エアリアル」が、華やかなヘンデルの音楽とどのように絡み合うのか、これもまた、見どころのひとつである。

彌勒忠史

彌勒が語るバロック・オペラと歌舞伎の共通項は、上演の手段だけではない。「悪役が主役になる物語は、歌舞伎にもたくさんある」とし、ヘンデルのオペラから、時代や国境を越えた普遍的な物語を見出す。

一見、馴染みにくそうな《シッラ》も、表現豊かなエウローパ・ガランテらによる演奏と、さまざまな要素を用いて物語の真髄、そして人間の普遍的な感情に迫る彌勒の演出によって、わたしたちにとってリアリティのある上演になるだろう。桜木町駅から紅葉坂を登った先にある神奈川県立音楽堂で体験する特別な時間に、期待は募るばかりだ。

 

神奈川県立音楽堂 室内オペラ・プロジェクト第5弾
ヘンデル 歌劇《シッラ》 全3幕 日本初演
イタリア語上演 日本語字幕付き

2022年10月29日(土)2022年10月30日(日)
15:00 開演(14:00 開場)
神奈川県立音楽堂
14:15〜ファビオ・ビオンディと彌勒忠史によるプレトークあり(日伊逐次通訳)

音楽監督:ファビオ・ビオンディ(指揮・ヴァイオリン)
管弦楽:エウローパ・ガランテ

ソニア・プリナ(コントラルト/ローマの執政官シッラ)
ヒラリー・サマーズ(コントラルト/ローマの騎士クラウディオ)
スンヘ・イム(ソプラノ/シッラの妻メテッラ)
ヴィヴィカ・ジュノー(メゾ・ソプラノ/ローマの護民官レピド)
ロベルタ・インヴェルニッツィ(ソプラノ/レピドの妻フラヴィア)
フランチェスカ・ロンバルディ・マッズーリ(ソプラノ/シッラの副官の娘チェリア)
ミヒャエル・ボルス(バリトン/神)
神谷真二(スカブロ/シッラの臣下 黙役)
桧山宏子 板津由佳(エアリアル)ほか

台本:ジャコモ・ロッシ
演出:彌勒忠史
美術:tamako☆
衣裳:友好まり子
照明:稲葉直人(ASG)
台本・字幕翻訳:本谷麻子
舞台監督:大澤裕(ザ・スタッフ)

全席指定(税込)
S席:15,000円
A席:12,000円
B席:10,000円
U24(24歳以下):7,500円
高校生以下: 無料
車椅子S席:15,000円(付添1名無料)

U24、高校生以下はS-Bから選択可能。チケットかながわのみで取り扱い。
車椅子(付添)も含め枚数限定、要事前予約。

2022年6月25日(土)チケット一般発売開始(両日ともA席、B席は残席僅少)
チケットかながわ:0570-015-415(10:00~18:00)

公演詳細:https://www.kanagawa-ongakudo.com/d/silla2022

お問い合わせ:神奈川県立音楽堂(指定管理者:公益財団法人神奈川芸術文化財団) 045-263-2567(9:00-17:00 月曜休館)

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