箕面市立メイプルホール(大阪府)
身近なホールで体験する 指揮者とオーケストラの最前線
奥田佳道インタビュー【前編】

PR

箕面市立メイプルホール(大阪府)

身近なホールで体験する 指揮者とオーケストラの最前線

奥田佳道インタビュー【前編】

text by 八木宏之
cover photo by 樋川智昭

FREUDEが企画発表時から密着し続けている、箕面市立メイプルホール(大阪府)の『坂入健司郎×大阪交響楽団 ブラームス交響曲全曲演奏』。今回はこのプロジェクトのゲネプロ見学会やプレトークで案内役を務める音楽評論家の奥田佳道氏にインタビューを行い、2023年4月28日の第2回演奏会へ向けて、聴きどころや楽しみ方からプロジェクトの意義まで大いに語ってもらった。

今は大曲からチャレンジしても良い時代

――奥田さんが坂入健司郎さんの指揮に初めて接したのはいつですか?

坂入さんが慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラのOBたちと結成した、東京ユヴェントス・フィルハーモニーの演奏会でマーラーの交響曲第3番を聴いたのが最初です。そのときのコンサートミストレスは当時慶應義塾大学の学生だった毛利文香さんでした。その後も東京ユヴェントス・フィルとのシューベルトやブルックナー、川崎室内管弦楽団とのモーツァルトなど、坂入さんの指揮する公演はいろいろと聴いてきました。
坂入さんの演奏はいつも「アンサンブルってよいな、オーケストラってよいな、音楽ってよいな」という気持ちを思い出させてくれます。坂入さんは慶應義塾大学を卒業後10年間、ぴあ株式会社に勤めながら指揮活動を続けてきましたが、プロとアマチュアの違いに関わらず、志を同じくする仲間たちと、常にクオリティの高い音楽を求めるその姿勢には共感してきました。また坂入さんが指揮を学んだ井上喜惟さんは、私がウィーンに留学していたときからの仲間なので、坂入さんとは井上さんのこと、ウィーン・フィルのことなど、いろいろなことをお話ししましたね。

――坂入さんの指揮活動の特徴のひとつとして、20代からマーラーやブルックナーのような大曲に積極的にチャレンジしてきたことが挙げられます。

しばしば「若い指揮者はまずはモーツァルトやハイドン、ベートーヴェンなどの古典をしっかりと勉強するべきだ」と言われます。しかし、私がPMF、タングルウッド、シュレースヴィヒ=ホルシュタインなどの教育的な音楽祭で話を聞いてきた、ファビオ・ルイージ、クリストフ・エッシェンバッハ、シャルル・デュトワといった指揮者たちは、「若い人がマーラーやブルックナー、リヒャルト・シュトラウス、ショスタコーヴィチの大曲と向き合ったときの反応は、昔と今とでは大きく異なるし、今は大曲から取り組んでもよい時代なのでは」と皆口を揃えて話していました。古典をしっかりと極めてから大曲を演奏するというやり方は、ひとつの方法ではあるけれど、それだけが正解ではないと、若い音楽家たちに向き合ってきた巨匠たちは考えているのです。マーラーやブルックナーに若いうちからどんどんチャレンジしていく坂入さんの姿は、そうした巨匠たちの言葉にぴたりと重なります。

――2021年に指揮活動に専念するために会社を退職した坂入さんは、その後全国のプロ・オーケストラと共演を重ね、大きな成果を上げています。専業の指揮者となってからの坂入さんの音楽活動を奥田さんはどのように見られていますか?

今の20代、30代の指揮者たちを見ていると、古典と大曲、ピリオドとモダン、プロとアマチュアなどのボーダーがよい意味で薄れていっていると思います。坂入さんはそうした新しい世代を象徴する指揮者のひとりです。坂入さんの持ち味は、オーケストラが気持ちよく音楽を奏でることのできる環境を作り出すところです。坂入さんのオープン・マインドは、オーケストラとの良好な関係に繋がっていると思います。2022年12月に聴いた愛知室内オーケストラとの共演でも、オーケストラが心から楽しんで演奏しているのが伝わってきましたし、2023年2月の神奈川フィルハーモニー管弦楽団デビューも大成功でした。一方で、東京ユヴェントス・フィルなどの「仲間たち」と音楽をしているときのように、坂入さん自身の考えや個性を、プロのオーケストラにももっとはっきりと見せていってもよいのではないかと思います。

坂入健司郎と大阪交響楽団 photo by 樋川智昭

「坂入印」をもっと強く押し出して

――若い指揮者にとって、プロのオーケストラに自分の解釈や考えを示していくことは、必要なことであると同時に、とても勇気のいることですね。

昔はリハーサルで指揮者が演奏を止めることをよく思わない楽員も少なくなかったですし、ピリオド・アプローチ、ヴァイオリンの対向配置などにも抵抗感が根強かったですね。昔気質のオーケストラの空気は坂入さんのような若い指揮者にとって、気をつかうものだと思います。しかし、日本のプロ・オーケストラもこの10年で大きく変わりました。多くのオーケストラでメンバーの世代交代が進み、リハーサルの雰囲気も以前よりオープンなものになってきたと思います。

――箕面市立メイプルホールで進行中の『ブラームス交響曲全曲演奏』で坂入さんと共演するのは大阪交響楽団です。奥田さんから見て、大阪交響楽団はどんなオーケストラでしょうか?

大阪交響楽団は、今まさに変革の只中にある、モチベーションの高いオーケストラだと思います。大阪響は昔ながらのスタイルを大切に守ってきたオーケストラでしたが、山下一史さんが2022年4月から常任指揮者に就任して、変化のタイミングを迎えています。山下さんとともに首席客演指揮者に迎えられた髙橋直史さんや、同じくミュージックパートナーに迎えられた柴田真郁さん、これまで度々共演を重ねている園田隆一郎さんなど、ドイツ、イタリアで研鑽を積んだ実力あるマエストロたちからもよい影響を受けていますね。そうした点でも、坂入さんはとてもよいタイミングで大阪響とブラームスに取り組むことができたのではないでしょうか。坂入さんには、今回のブラームス・ツィクルスで「坂入印」をもっと強く押し出せるようにエールを送りたいです。そして「箕面のブラームスをきっかけに、坂入さんの指揮が変わったよね」と言われるような演奏会にして欲しいと願っています。

インタビューに応じてくれた音楽評論家の奥田佳道氏

――2022年9月15日に行われた第1回演奏会でのブラームスの交響曲第1番の演奏を聴かれて、奥田さんはどのようなことを感じられましたか?

坂入さんの「音楽の流れ」と「オーケストラの自発性」を大切にする指揮がよい結果に結びついた一方で、坂入さんがオーケストラに遠慮し過ぎているようにも見えました。そうした遠慮がところどころで、弦楽器と管楽器の音量のバランスに影響したり、オーケストラがオーバーヒートしてしまったりする要因になっているように感じます。先ほどもお話ししたように、次の交響曲第2番では、ぜひ坂入さんのやりたいことをオーケストラにもっと強く打ち出していって欲しいですね。

奥田佳道インタビュー前編では、坂入と大阪響の現在地や、日本における指揮者とオーケストラのあり方の変化について、長年の取材に裏付けられた言葉で語ってもらった。後編では、4月28日の第2回演奏会へ向けて、コンサートを楽しむためのヒントや、このプロジェクトの持つ意義をさらに深掘りしていく。

後編へつづく

箕面市立メイプルホール 公演情報

《身近なホールのクラシック》ブラームス交響曲全曲演奏会 Vol.2
2023年4月28日(金)
箕面市立メイプルホール 大ホール
坂入健司郎(指揮) 大阪交響楽団

メンデルスゾーン:《真夏の夜の夢》序曲
モーツァルト:交響曲第35番 ニ長調《ハフナー》
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調

2023年2月16日(木)チケット一般発売開始

公演詳細:https://minoh-bunka.com/2022/11/02/20230428-brahmssymphony/

最新情報をチェックしよう!