愛知室内オーケストラ挑戦の記録
Vol.4 山下一史と開拓する未来のレパートリー

愛知室内オーケストラ挑戦の記録

Vol.4 山下一史と開拓する未来のレパートリー

text by 池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)
写真提供:愛知室内オーケストラ

コロナ禍の今こそ、聴くべき音楽

2021年はロシア出身の作曲家イゴール・ストラヴィンスキー(1882-1971)の没後50年。愛知室内オーケストラ(ACO)は11月8日の愛知県芸術劇場コンサートホールのPart1、12月16日の三井住友海上しらかわホールのPart2の2回にわたり「ストラヴィンスキー没後50年記念コンサート」を企画した。指揮はともに山下一史。2022年4月の初代音楽監督就任に先立つ、実質の「監督デビュー」公演に当たる。

Part1のプログラムは八重奏曲(1923)、協奏曲《ダンバートン・オークス》(1937-1938)、管楽器のための交響曲(1920)、弦楽のための協奏曲《バーゼル協奏曲》(1946)、3楽章の交響曲(1945)の5曲。ゲスト・コンサートマスターは山下の桐朋学園大学音楽学部の後輩、佐份利恭子が務めた。

有名曲にこだわらない選曲は、スポンサーの医療法人葵鐘会の理事長でACO経営アドヴァイザーを兼ね、自身もファゴットを吹く山下守自身が手がけた。新音楽監督山下一史もまた、“ハルサイ”(春の祭典)抜きのストラヴィンスキーに意欲をみせた。

「地獄の特訓プログラムで音楽監督就任発表後初共演というわけです(笑)。今回演奏するのは、有名な3大バレエ音楽(《火の鳥》《春の祭典》《ペトルーシュカ》)を書いた後、ロシア革命や第一次世界大戦、スペイン風邪パンデミック(世界拡大)に翻弄されながらも作曲を続け、新しい作風で復活を遂げた時期の作品群といえ、ストラヴィンスキーの本質をある意味、見事に象徴しています。コロナ禍で世界の音楽家が危機に直面した今こそ、聴くべき音楽かもしれません」(山下一史、以下同)

11月7日、愛知県芸術劇場リハーサル室。山下とACOがどのようなコミュニケーションのもとストラヴィンスキーのスコアを音に立ち上げていくのか、ゲシュタルトゥング(Gestaltung=造形)の現場をつぶさに観ようと、午後1時から6時までの総練習に立ち会った。最初は八重奏曲。指揮者なしでも演奏可能な作品なので、山下は「振る」より、それぞれの奏者の意見に耳を傾けながら「解決策を一緒に考える」姿勢で臨む。何度か繰り返すうち、フレーズの輪郭が明確に浮かび上がった。

《ダンバートン・オークス》では基本インテンポ(同じ速度)の中で変拍子を刻み、センス良く再現するための工夫を重ね、「どうしたらいいだろう?」と楽員に尋ねたりしながら、指揮の精度を上げていく。続く《バーゼル協奏曲》では柔らかいニュアンスや余韻の生かし方に検討を加え、3楽章の交響曲でも精度を追求、「メロンの皮の苦いところではなく、果肉の美味しい部分に弓をつけてください」といったイメージも注ぐ。最後の管楽器のための交響曲は良い仕上がり。「あとは明日のゲネプロ(会場総練習)で」と告げ、リハーサルを終えた。

八重奏曲を演奏する山下一史と愛知室内オーケストラ

一緒に育っていきたい

8日午後2時半からのゲネプロではまず、ホールの音響の良さに改めて感心した半面、リハーサル室では気づかなかった細かな問題点も浮かび上がり、微調整に余念がなかった。午後6時45分からの演奏会本番を前に、山下の話を聞いた。

――今年7月2日、三井住友会場しらかわホールでACOと初共演した時と比べ、意思疎通がスムーズになった気がします。

「初共演では、メインがいきなりブラームスのセレナード第1番と決してポピュラーではない作品だったにもかかわらず、僕には“とても分かり合えた”との手応えがありました。今回はリハーサルの最初から、それを強く感じています。基本は指揮者と一体で音楽を作る――僕は音楽監督に就きますが、一緒に育っていきたいのです。自分が今まで培ってきたものを押し付ける気持ちは毛頭ないですし、ACOの流儀を生かしながら、僕の味も加えていきます。ストラヴィンスキー没後50年記念コンサートはACOと僕、2つの持ち味を重ねていく上で、非常に夢のあるプログラムです。これを本当の意味で完璧に演奏できるオーケストラとなれるよう、一緒に修羅場をくぐり闘うための連帯感を育む、ゴールではなく、スタート地点の演奏会にしたいと思います。
7月の初共演には“おっかなびっくり”の部分もありましたが、2回目でここまで来て、本当に良いコンサートになりそうです。オーケストラのレパートリーは1回くらい演奏して固まるものではないし、今回の3楽章の交響曲や《ダンバートン・オークス》などは折に触れて再演して、より良い音楽に仕上げていきたいと考えています」

午後6時45分、本番が始まった。アンサンブルの柔軟性、ゆとりが増し、それぞれの楽曲を美しく描き分ける。管楽器の量感、弦楽器の美観も申し分なく、最後の3楽章の交響曲ではACOの若いエネルギーが爆発した。終演後の山下の晴れ晴れした表情は、演奏会が成功した満足感だけでなく、今後の共同作業への期待がさらに高まった実態を雄弁に物語っていた。

3楽章の交響曲を演奏する山下一史と愛知室内オーケストラ

愛知室内オーケストラ 公演情報

ストラヴィンスキー没後50年記念コンサート Part 2

2021年12月16日(木)18:45 開演(18:00 開場)
三井住友海上しらかわホール(※Part1と会場が異なります)

指揮:山下一史

ストラヴィンスキー:七重奏曲
ストラヴィンスキー:組曲《兵士の物語》
ストラヴィンスキー:12楽器のためのコンチェルティーノ
ストラヴィンスキー:組曲《プルチネルラ》

公演詳細:https://www.ac-orchestra.com/211216ストラヴィンスキー没後50年記念コンサートpart2

S席:3,500円
A席:3,000円
B席:2,000円​
U25席(25歳以下):1,000円
U25席は愛知芸術文化センタープレイガイド・しらかわホールチケットセンターのみ取り扱い

愛知県芸術文化センタープレイガイド:052-972-0430
アイ・チケット:0570-00-5310
しらかわホールチケットセンター:052-222-7117
チケットぴあ:https://t.pia.jp/

愛知室内オーケストラ公式HP:https://www.ac-orchestra.com

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