Noism0+Noism1『Der Wanderer―さすらい人』
シューベルトから紡がれる愛と死の舞踊

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Noism0+Noism1『Der Wanderer―さすらい人』

シューベルトから紡がれる愛と死の舞踊

text by 有馬慶
cover photo by Kishin Shinoyama

新生Noismの記念すべき第1作

「Noism Company Niigata」は、りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館を拠点に活動する、日本初の公共劇場専属舞踊団である。私がいま最も注目する彼らの公演は、すでに『春の祭典』(2021年7月)と『鬼』(2022年7月)をFREUDEでご紹介している。本記事では、Noismの最新作『Der Wanderer―さすらい人』について、公演を観て感じたことと、Noism芸術総監督の金森穣へのインタビューをもとに、その魅力をお伝えしたい。

『Der Wanderer―さすらい人』のテーマは「愛と死」である。ある「さすらい人」が現れて、「愛と死」にまつわる様々な幻想を見る。「さすらい人」は作曲家のようであり、詩人のようでもある。彼が見る幻想(もしかしたらそれは過去の追憶かもしれない)の登場人物たちは、彼の分身=ドッペルゲンガーのようであり、まったくの他者のようでもある。前半は「愛」を主題に甘くも苦い感情の吐露を見せるが、後半でそれは暗い「死」へと反転する。自己対他者、孤独、厭世主義、死への憧憬……そこで描かれるものは、シューベルトが歌曲集《冬の旅》で集大成した19世紀ロマン主義の世界観そのものである。それでいて、ラストには「それでも生きていかなければ」という強い意志とメッセージを感じさせる。その仄かな希望を残す幕切れに、私はチェーホフの『ワーニャ叔父さん』のクライマックス(濱口竜介監督の映画『ドライブ・マイ・カー』でも印象的に用いられていた)を想起したほどである。

『Der Wanderer―さすらい人』photo by Kishin Shinoyama

「さすらい人」というタイトルと、本作がシューベルトの歌曲からインスピレーションを受けているということを聞いたとき、私はすぐに《冬の旅》を思い浮かべた。このプロダクションは、おそらく《冬の旅》を中心に構成されているのだろうと。しかし、使用曲目の一覧を見てみると《冬の旅》から選ばれているのは〈鴉〉のみであった。そのものずばりの《さすらい人》や《さすらい人の夜の歌》だけでなく、《野ばら》や《魔王》など「さすらい人」とは直接的に関係のなさそうな曲も多く含まれている。その理由について、芸術総監督の金森穣が次のように語ってくれた。

「今回の舞台は、Noismのメンバーひとりひとりのために創られました。この人にはこの曲、この人にはこの曲というようにそれぞれがソロを担います。そうした個が集まり、全体としてひとつの作品を構成するのです。《冬の旅》といったひとつの完結された作品ではなく、それぞれが“さすらい人”として踊る舞台がこれからのNoismの旅路にふさわしいと思っています」(金森穣、以下同)

Noismは2022年9月より、井関佐和子が芸術監督を務める「国際活動部門」と山田勇気が芸術監督を務める「地域活動部門」の二部制を取っており、金森は芸術総監督として活動全体を統括する立場となった。つまり、これまでの「金森穣の」Noismが、様々な個性が集結する集団として、新たなステージへと踏み出したのである。そんな新生Noismの第1作として発表された本公演は、全体的な統一性=ガチガチに固めた構築よりも、感情の発露=個性を優先している。そうした変化のなかにあるNoismには、理性が支配する古典派の時代から感情が支配するロマン派の時代へと舵を切ったシューベルトこそが題材としてふさわしいのである。

『Der Wanderer―さすらい人』photo by Kishin Shinoyama

どうしようもなく発露されるものこそが芸術

本公演にあたって、金森はなんとシューベルトの全ての歌曲を聴き、あらゆる録音を比較し、ソリストひとりひとりに最もふさわしいと思われる作品と演奏を選んだという。シューベルトの歌曲を全曲録音しているフィッシャー=ディースカウの歌唱で全編を統一するというやり方もあっただろう。この方がまとまりも出て、全体的なストーリーを作りやすいのみならず、観客に余計なノイズを与えるリスクも防ぐことができる。だが金森はあえて、個別の曲、個別の録音を選んだ。そこに私は金森の次世代にかける並々ならぬ熱意を感じるのである。そして、この判断は結果として「あて書き」のような効果を生み出すことに繋がった。

これまでもシューベルトの《冬の旅》をバレエ化した例(クリスティアン・シュプック振付チューリヒ・バレエ、ハンス・ツェンダーによる編曲版)はあるものの、今回のように様々な歌曲を集めて舞台化した例はあまりない。その理由のひとつに、歌曲の個別具体的な言語による標題性が、身体の自由な表現に制限を加えてしまうという点があるのではないかと私は考えた。こうした歌曲という音楽ジャンルの持つ身体表現上の制限についても金森に尋ねてみた。

「ドイツ語が母語ではない日本人が演じ、観る場合、歌曲であることは大きな障害にはならないのではないでしょうか。例えば、演歌に振付をするとしたら、それはより難しいと思います(それはそれで面白いかもしれませんが)。
また、制限を与えることは決してマイナスではありません。なぜなら、その制限に抗い、どうしようもなく発露されるものこそが芸術だと私は考えるからです。20世紀のポストモダンを経て、制限がなくなったことで、かえって手詰まりとなった21世紀において、自ら制限を選択することは重要だと思います」

『Der Wanderer―さすらい人』photo by Kishin Shinoyama

金森は舞踊を指して「沈黙の言語」という表現を用いている。非言語表現であるからこそ、より観客の想像力に訴えかける表現でなければならないという考えの表れだ。「自ら制限を選択する」というストイックな姿勢には、芸術家としての矜持と現状への危機感が感じられた。

最後に、金森からFREUDE読者へ向けたメッセージを紹介して終わりたい。

「本公演はメンバーひとりひとりの魅力が全開となった舞台に仕上がっていると思います。テクノロジーの進歩に伴う仮想空間の発達やパンデミックの影響によって、芸術の存在意義が問われている今だからこそ、ぜひ“生”でこの舞台を観ていただきたいです」

新生Noismが踏み出した第一歩『Der Wanderer―さすらい人』をぜひ自らの目で、耳で、肌で感じて欲しい。そこには「生」でなければ体験できない演者と観客の出会いがある。舞台芸術が持つ力にあらためて圧倒されることだろう。

『Der Wanderer―さすらい人』photo by Kishin Shinoyama

公演情報

Noism Company Niigata
『Der Wanderer―さすらい人』

演出振付:金森穣
音楽:シューベルト
衣裳:堂本教子
木工美術:近藤正樹
出演:Noism0、Noism1

新潟公演
りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館〈スタジオB〉
2023年1月20日(金)19:00 /1月21日(土)17:00 / 1月22日(日)15:00 /1月25日(水)19:00/1月26日(木)19:00 /1月28日(土)15:00/1月29日(日)15:00/1月30日(月)15:00 /2月2日(木)19:00/2月3日(金)17:00 /2月4日(土)15:00

東京公演
世田谷パブリックシアター
2023年2月24日(金)19:00 /2月25日(土)17:00 /2月26日(日)15:00

公演詳細:https://noism.jp/derwanderer/

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