現代音楽プロジェクト『かぐや』を読み解く Vol.1
東京文化会館が未来へとつなぐバトン

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現代音楽プロジェクト『かぐや』を読み解く Vol.1

東京文化会館が未来へとつなぐバトン

text by 八木宏之

ミレニアル世代の作曲家
ジョセフィーヌ・スティーヴンソンの新作

半世紀以上にわたり、日本のクラシック音楽の殿堂として親しまれてきた東京文化会館は、伝統的なレパートリーだけでなく、未来のレパートリーとなる新しい音楽作品も重視し、それらを積極的に委嘱、初演し続けている。2024年1月13日(土)に開催される現代音楽プロジェクト『かぐや』も、そうした東京文化会館のクリエイティブな姿勢を象徴するような公演になるだろう。演奏会の核となるのはイギリスとフランスにルーツを持つミレニアル世代の作曲家、ジョセフィーヌ・スティーヴンソンの新作《かぐや the daughter tree》の世界初演である。スティーヴンソンは英国王立音楽院で作曲を学び、卒業後はオペラからポップ・ミュージックまで、ジャンルを問わず幅広く活躍してきた。

ジョセフィーヌ・スティーヴンソン ©︎Marika Kochiashvili

《かぐや the daughter tree》のテキストを執筆するのは、スティーヴンソンと数多くのコラボレーションを重ねてきたベン・オズボーン。自身も作曲家であり、彼はまた日本文学の熱心な探究者でもある。スティーヴンソンはオズボーンを通して日本文学の魅力に開眼したという。オズボーンが日本の短歌にインスピレーションを得て書いた詩に、スティーヴンソンが作曲した《Tanka》は、ふたりの日本文学に対する関心を示す一例だろう。『竹取物語』に基づく今作においても、オズボーンはスティーヴンソンに数多くの助言を授けた。


Tanka, Josephine Stephenson (live performance)

スティーヴンソンが「ソング・サイクル」と呼ぶ《かぐや the daughter tree》は、ヴォーカルに弦楽四重奏、そして箏という特殊な編成で書かれている。今回の初演には、ヴァイオリンの山根一仁、毛利文香、ヴィオラの田原綾子、チェロの森田啓介、箏の吉澤延隆ら日本を代表する若手演奏家が集い、ヴォーカルはスティーヴンソン自身が担う。《かぐや the daughter tree》はオペラやミュージカルのようなはっきりとした劇場作品ではないが、振付家・ダンサーの森山開次によって舞台芸術としての命を吹き込まれた。新作のテーマとして、スティーヴンソンに『竹取物語』を提案したのも森山だった。

森山開次 ©︎Shingo Simizu

『竹取物語』のかぐやと響き合う
21世紀の女性たちの生き方

スティーヴンソンとオズボーンは『竹取物語』を読み込み、この日本最古の物語に「人間と自然との共生」「富と所有」「帰る場所の喪失」といった今日まで続く普遍的なテーマを見出した。とりわけスティーヴンソンの心を捉えたのは、かぐやという女性の強さだった。平安時代の女性でありながら、封建的な男性社会に屈することなく、己の意思を貫くかぐやの生き方は、21世紀の女性たちにも共感しうるものだとスティーヴンソンは考えた。

この作品には、かぐやのほかにもうひとり、自らの信念を貫いた女性が登場する。明治から昭和にかけて活躍した歌人、与謝野晶子である。オズボーンに与謝野晶子の短歌を紹介され、彼女のパッションに衝撃を受けたスティーヴンソンは、『竹取物語』を音楽化するにあたり、与謝野晶子が作品に必要な存在だと確信した。《かぐや the daughter tree》において、与謝野晶子はかぐやを励まし、助ける存在になるという。

日本人なら誰もが知っている『竹取物語』も、21世紀のヨーロッパの視点を持って語られるならば、そこに姿を現すのはまだ誰も出会ったことのないかぐやだろう。かぐやと与謝野晶子というふたりの女性のパーソナルな物語が、次第にソーシャルなメッセージを放ち始めるとき、私たちはなにを思うだろうか。

スティーヴンソンが「ルネサンスのメランコリックな歌と21世紀の実験的なポップスが融合したものになる」と予告する《かぐや the daughter tree》は、彼女のジャンルにとらわれない創作活動を映し出す唯一無二の作品になるはずだ。その初演に接することは、スティーヴンソンという稀有なアーティストを知るまたとない機会になる。

カイヤ・サーリアホへのオマージュ

聴きどころはスティーヴンソンの《かぐや the daughter of tree》だけではない。2部からなる公演の前半では、2023年6月に70歳でこの世を去ったフィンランドの巨匠、カイヤ・サーリアホへのオマージュとして、ユハ・T・コスキネンの箏独奏曲《イザナミの涙》(世界初演)、サーリアホの弦楽四重奏曲《テッラ・メモリア》、そして横山未央子の弦楽四重奏曲《地上から》(世界初演)が演奏される。東京文化会館は2021年にオペラ《Only the Sound Remains ―余韻―》を日本初演(振付、ダンスは森山が務めた)するなど、サーリアホと縁の深いホールだ。ちなみに2022年9月にストラスブールで《Only the Sound Remains ―余韻―》が上演された際、森山のダンスに圧倒されたスティーヴンソンは、彼とのコラボレーションを熱望し、それが今回の《かぐや the daughter tree》につながったのだという。

カイヤ・サーリアホ ©︎Maarit Kytoharju

コスキネンはサーリアホと同じフィンランド出身で、彼女がその才能を認めていたアーティストのひとり。愛知県立芸術大学の客員教授を務めるなど、日本とのつながりも強く、邦楽器や声明をはじめとする日本の伝統音楽にも造詣が深い作曲家である。2018年以来、吉澤とコラボレーションを重ねており、《イザナミの涙》はコスキネンが吉澤のために書く3作目の箏作品となる。スティーヴンソンが『竹取物語』のなかにフェミニズムを見出したように、コスキネンは『古事記』から地球環境破壊を読み解き、それを箏独奏で変幻自在に表現する。

ユハ・T・コスキネン ©︎Pekka Lehtonen

サーリアホが2006年に作曲した《テッラ・メモリア》は、「旅立った人々」のために捧げられた作品だ。サーリアホ自身が旅立ったいま、その演奏は天上の作曲家のもとに届けられる。《テッラ・メモリア》の余韻は、そのまま横山の《地上から》の響きを導くだろう。フィンランドを拠点に活動する横山も、生前のサーリアホにいつも背中を押され、励まされてきたという。横山を東京文化会館に推薦したのもサーリアホだった。横山はそんなサーリアホに敬意と感謝を示すべく、《テッラ・メモリア》に連なる作品として《地上から》を書き上げた。

横山未央子

サーリアホからバトンを引き継ぐ次世代の作曲家たちが、東京文化会館を起点に世界へ向けて発信する現代音楽プロジェクトは、予定調和と無縁の、真に創造的な体験を私たちに与えてくれるに違いない。公演2日前の1月11日には、スティーヴンソンや横山を招いたトークイベントも開催され、作品の初演に向けて、作曲家たちの美学をより深く理解する場も設けられる。次の時代のレパートリーとなる作品が、産声を上げる一度きりの瞬間をどうか見逃さないで欲しい。


公演情報

舞台芸術創造事業
現代音楽プロジェクト「かぐや」
2024113日(土)15:00
東京文化会館 小ホール

 【第1部】
ユハ・T・コスキネン:イザナミの涙[箏独奏](世界初演)
カイヤ・サーリアホ:テッラ・メモリア[弦楽四重奏]
横山未央子:地上から[弦楽四重奏](委嘱作品/世界初演)

 【第2部】
かぐや the daughter tree(委嘱作品/世界初演)
原語(英語)上演/日本語字幕付き

原作:『竹取物語』及び与謝野晶子の詩に基づく
作曲:ジョセフィーヌ・スティーヴンソン
作詞:ベン・オズボーン
振付:森山開次

【出演】
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン(ヴォーカル)*
森山開次(ダンス)*
*第2部のみ出演

山根一仁、毛利文香(ヴァイオリン)
田原綾子(ヴィオラ)
森田啓介(チェロ)
吉澤延隆(箏)

【公演詳細】
https://www.t-bunka.jp/stage/19084/

現代音楽プロジェクト
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン レクチャー
2024年1月11日(木)19:00
東京文化会館 小ホール

【作曲家によるトーク】
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン(作曲家)
横山未央子(作曲家)
聞き手:八木宏之/日本語通訳付き

【演奏】
ジョセフィーヌ・スティーヴンソン:《Anamnesis》
横山未央子:《Circular Spell》より
演奏:森田啓介(チェロ)

【イベント詳細】
https://www.t-bunka.jp/stage/19724/

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