坂入健司郎×大阪交響楽団
ブラームス交響曲全曲演奏会 Vol.3
布施砂丘彦による振り返りレビュー

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坂入健司郎×大阪交響楽団

ブラームス交響曲全曲演奏会 Vol.3

布施砂丘彦による振り返りレビュー

text by 布施砂丘彦
photo by 樋川智昭

箕面の音楽文化を物語る真摯な観客たち

音楽文化の発展に最も欠かせないものは、真摯な受け手たちの存在である。箕面には豊かな音楽文化の土壌が備わっている。これは一朝一夕でできることではない。箕面市立メイプルホール(大阪府)は、しっかりと地に足ついた活動をしてきているからこそ、意欲的な企画もできるのだろう。10月27日は、改めてこのことに気付かされた1日だった。

2023年10月27日(金)
14:30〜16:30
《身近なホールのクラシック》大阪交響楽団ゲネプロ見学会
講師:奥田佳道(音楽評論家)

19:00〜
《身近なホールのクラシック》ブラームス交響曲全曲演奏会 Vol.3
ブラームス:ハイドンの主題による変奏曲
ハイドン:交響曲第88番 ト長調《V字》
ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調
指揮:坂入健司郎
管弦楽:大阪交響楽団
箕面市立メイプルホール 大ホール
主催:公益財団法人 箕面市メイプル文化財団

わたし布施砂丘彦は、今年度から、箕面市メイプル文化財団の主催で「箕面おんがく批評塾」なるものをやらせていただいている(会場は箕面駅より少し梅田寄りの西南生涯学習センター)。箕面へは毎月のように通っているから箕面のことはある程度知った気になっていたが、実はメイプルホールへ行くのは、打ち合わせのために行った1回をのぞくと今回が初めてだった。

この日は平日、金曜日。コンサートは19時の開演だったが、昼過ぎから「ゲネプロ見学会」があり、わたしはここから参加した。まずは小ホールに集まって音楽評論家の奥田佳道先生による聴きどころの解説を聞く。受講者は38名。平日の昼間、しかもクラシック音楽という内容なのに、30〜40代と見受けられるような若い方も何名かいらして、少し驚いた。雰囲気はすこぶる良い。奥田先生によるゲネプロ見学会は既に3回目ということで、常連の皆さんは奥田先生のお話をとても楽しみにいらしているようである。笑ったり、頷いたり、とにかく反応が良いのだ。お話が終わってゲネプロ見学のために大ホールへ移動している道すがらも、それらが全て終わったあとも、皆さんが奥田先生と和やかに談笑していた。決して「教えていただく」だけではない関係性がそこにはあった。音楽に関する情報を得ることだけが目的ではないのだろう。これらの営みをすべて含めた体験が、音楽文化の喜びのひとつだと、改めて思い知らされた。

こういった受け手の質の高さは、ゲネプロ見学会にいらした38名にとどまらない。コンサートでもまた、聴きにいらしている方々の集中力の高さや熱心さに驚かされた。それは皆が物音ひとつ立てずにじっとしている、ということではない。

今回のプログラムには、はっきりいって「眠ってしまう」ポイントがたくさんあった。耳馴染みの薄いハイドン、比較的穏やかなブラームスの交響曲。こういったプログラムで客席に座っていると、前の客たちの頭が垂れている風景をよく目にする(もちろんそれは悪いことではない)。

ところが今回の公演では、観客の頭が常に、すっと立っていたのだ。緩徐楽章でこのような風景はあまり見ないから、驚いた。皆がいまここにある音楽に対して興味を抱いて聴き入っている。だからこそ、演奏家にとっても集中できる環境があるのだろう。聴衆にとっても演奏家にとっても、コンサートが連日続くような都内とは、音楽に対する距離感が異なるのかもしれない。

19世紀ブラームスの時代から見たハイドン

もちろん、このような客席の状況ができあがるためには、演奏が素晴らしいという必要がある。この日の演奏についても記しておこう。

この日の演奏の白眉は、2番目に演奏したハイドンの交響曲第88番であった。いま流行りのピリオド風の演奏ではない(ピリオド演奏とは作曲家が作品を書いた時代の目線に立ち戻って演奏するもののこと)。弦楽器の編成は、その前後に演奏したブラームスの《ハイドンの主題による変奏曲》、交響曲第3番と同じ10型で、作曲家によって演奏のスタイルを大きく変えることもなかった。すなわち、ブラームスだったらハイドンをこのように聴いていた、と思わせるような、19世紀ブラームスの時代から見たハイドン演奏のように聴こえるのである。

とにかくとても優雅なのだ。ハイドンの音楽は機知に富んでいて、いわゆるフモール(ユーモア)やイロニー(皮肉)がふんだんに盛り込まれているけれども、坂入健司郎氏の解釈はもっとシンプルで、大阪交響楽団は伸びやかに演奏した。

第2楽章のラルゴは、チェロの首席とオーボエの首席によるユニゾンのメロディから始まるが、これが実に魅力的だった。チェロの首席は良い意味で意気込んでいて、輝かしい。一方でオーボエの首席はそれを包み込むかのようにやわらかく、懐が深い。まったく同じようにシンクロする演奏も良いけれど、この日のユニゾンはふたりの個性を互いに照らし合うようで、とても愛おしかった。

第3楽章のメヌエットも印象的だった。華やかに演奏されたメヌエットは、そのリズムの取り方からまるでワルツの装いで、19世紀の社交の場を思わせる。ところが中間部になると、ヴィオラとファゴットに書かれた完全五度の保続音が戯画的に強調され、とつぜん村のお祭り集団がやってきたという雰囲気で、非常に面白い。

第4楽章はひたすら愉しかった。決して速くなく、はしゃぎすぎないのだけれども、笑顔が溢れ出る。演奏者もそうだった。チェロの首席がヴィオラの奏者たちに向かって笑いかけていた。あたたかい空気は、客席にまで伝播していたように思う。

ブラームスについても言及しないわけにはいかないだろう。交響曲第3番では、坂入氏の持ち味である、構成力の強さが遺憾なく発揮されていた。フィナーレに至るまであえて盛り上がりすぎないようセーブすることで、エネルギーの拮抗が感じられ、音楽の集中力はますます凝縮される。第3楽章冒頭の有名なメロディでは、坂入氏が大阪交響楽団に完全に委ねているようで、ストレスなく自分たちの音楽を奏でる奏者たちの姿が魅力的だった。

この日の音楽は、客席と舞台とが一緒になって作りあげた、ここでしか体験できない特別なものだった。観客が育っているからこそ、ホールは坂入氏のような気鋭の若手を起用した新しい試みができる。決して閉鎖的なわけではないから、新たな観客たちが入る余地もある。こうやって文化は育っていく。わたし自身、箕面の音楽文化に多少なりとも関わらせていただいている人間として、身の引き締まる思いだった。

次回公演情報

《身近なホールのクラシック》ブラームス交響曲全曲演奏会 Vol.4 ファイナル

2024年6月21日(金)19:00
箕面市立メイプルホール 大ホール

坂入健司郎(指揮)
石上真由子(ヴァイオリン)*
大阪交響楽団

J.S.バッハ(ストコフスキー編):平均律クラヴィーア曲集第1巻より第24番 前奏曲
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 イ短調*
ブラームス:交響曲第4番 ホ短調

公演詳細:https://minoh-bunka.com/2022/03/29/2022-2024brahmssymphony/

《身近なホールのクラシック》2024年度ラインナップ
https://minoh-bunka.com/2023/12/01/classic2024lineup/

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