サントリーホール オペラ・アカデミー30周年記念
名曲揃いのガラ・コンサートへの期待
text by 加藤浩子
cover photo 撮影:池上直哉/提供:サントリーホール
『ホール・オペラ®』の輝きを継承するアカデミー
1986年に開館したサントリーホールは、今なお日本で「華」のあるコンサートホールである。ホールという「入れ物」だけでなく、中身である公演にも華があるのだ。
1990年代から2000年代にかけて、サントリーホールの「華やかさ」の一角を担った催しに『ホール・オペラ®』があった。今でこそコンサートホールでの演奏会、あるいはセミステージ形式のオペラ上演は珍しくないが、サントリーのホール・オペラはその嚆矢だった。ホール・オペラで体験した輝かしいばかりの名演に、何度打ちのめされたことだろうか。
ホール・オペラが一区切りついた後でも、サントリーホールは日本のオペラ界に深く貢献している。ホール・オペラ開始と同時に始めた若手育成のためのプログラム「サントリーホール オペラ・アカデミー」は今なお存続し、世界的テノール歌手のジュゼッペ・サッバティーニの指導のもと、才能ある歌手を発掘して世に送り出しているのだ。
最近でも、アカデミーへの参加をきっかけにそれまでの仕事を辞め、オペラに打ち込んで今や藤原歌劇団の公演で主役を歌うまでになった迫田美帆(ソプラノ)、イタリアのプッチーニ・フェスティバルで《トゥーランドット》の主役を歌った土屋優子(ソプラノ)、イタリアを拠点に長年活躍し、コントラルトの役柄にもレパートリーを広げている林眞暎(メッゾ・ソプラノ)、輝かしい美声と豊かな響きでイタリア・オペラの王道レパートリーでの活躍が期待できる石井基幾(テノール)ら、才能を花開かせる歌手が続出している。
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第1夜は没後100周年のプッチーニ・ナイト
そのサントリーホール オペラ・アカデミーは毎年3月、学びの成果発表を兼ねて、サントリーホールのブルーローズという華やかな雰囲気と親密さを併せ持つ空間で公演を行なっている。
今年はアカデミーの創設30周年を記念して、2夜にわたる『オペラ・ガラ・コンサート』がプログラミングされている。第1夜は没後100年のメモリアルイヤーを迎えるイタリア・オペラの大人気作曲家プッチーニ、第2夜はホール・オペラの看板だった「オペラ王」ヴェルディの作品が中心だ。
第1夜のプッチーニ・ナイトは、前半が《トゥーランドット》の名アリア、後半が《蝶々夫人》の語りつきハイライト(演奏会形式)。《蝶々夫人》はプッチーニ最愛のオペラであり、長崎が舞台という日本人には特別な存在のオペラでもある。ヒロインの蝶々さんはいたいけな少女から強い母まで、女性のさまざまな面を求められる難役。ライジングスター迫田美帆の歌唱に注目したい。甘さと強さを併せ持つ石井基幾のピンカートンも適役。存在感抜群の林眞暎のスズキも楽しみだ。
前半では、日本人にはまれなドラマティック・ソプラノとして快進撃を続けている土屋優子が、イタリアや日本で絶賛されたトゥーランドット姫のアリアを披露する。リリカルな美声の黒田詩織(ソプラノ)が歌うリューは、涙腺を決壊させてくれること請け合いだ。
第2夜はサッバティーニも出演の《ファルスタッフ》
第2夜の前半は、ドニゼッティとヴェルディの名アリアが中心。ダイナミックな持ち味の土屋優子には《マクベス》、ベルカントの超絶技巧をこなすメッゾの林眞暎にはベルカントの名曲《ラ・ファヴォリータ》など、それぞれの声質に相応しい名曲が並ぶ。アカデミーで学んだピアニストたちの、「声」を知り尽くした伴奏にも耳を傾けたい。
そしてハイライトは、ヴェルディ最後のオペラ《ファルスタッフ》、最終幕の最終場(演奏会形式)。大酒飲みの太っちょ老人で落ちぶれた「騎士」のファルスタッフが、悪巧みがばれて一同にコテンパンにされるが、「皆を回しているのはこの俺だ」とたくましさを見せる究極の喜劇だ。幕切れのフーガは、ヴェルディが書いたもっとも凝っていると同時に人間的な音楽の一つ。人間讃歌と言ってもいい。
《ファルスタッフ》は、ホール開館20周年記念の2006年に、オペラ・アカデミー公演として上演されたゆかりの演目である。あの時は、イタリアの国宝のようなバリトンで、ホール・オペラやアカデミーと縁が深いレナート・ブルゾンがファルスタッフを演じ、アカデミー出身の歌手たちが脇を固めた。ちょうど70歳だったブルゾンが、若い歌手たちに触発されたかのようにしたたかな老人を生き生きと嬉しそうに演じ、彼に引っ張られて歌手たちも思い切りよく躍動していた、生命力に溢れた舞台だった。教える側と教えられる側の相互作用、生の舞台ならではの化学変化を実感したものだ。その時共演していた櫻田亮(テノール)や天羽明惠(ソプラノ)はヨーロッパの第一線でも活躍し、今や、アカデミーの「ファカルティ」として指導側にある。
それから18年。アカデミーに情熱を注ぎ、歌手たちからも厚い信頼を寄せられるジュゼッペ・サッバティーニとその弟子たちが、どんな《ファルスタッフ》を見せてくれるだろうか。湧き上がる期待を抑えることができない。名曲中の名曲による、今の、そして明日のスターたちの「声」の饗宴。きっと後々まで振り返られる、春の2夜になることだろう。
公演情報
サントリーホール オペラ・アカデミー30周年記念公演
オペラ・ガラ・コンサート 第1夜2024年3月21日(木)19:00開演
サントリーホール ブルーローズ(小ホール)プッチーニ:オペラ《トゥーランドット》より
「お聞き下さい、王子様」
リュー:黒田詩織(ソプラノ)
「この宮殿の中で」
トゥーランドット:土屋優子(ソプラノ)
「誰も寝てはならぬ」
カラフ:石井基幾(テノール)
「氷のような姫君の心も」
リュー:黒田詩織(ソプラノ)
ピアノ:前田美恵子プッチーニ:オペラ《蝶々夫人》ハイライト(演奏会形式)
蝶々夫人:迫田美帆(ソプラノ)
ピンカートン:石井基幾(テノール)
シャープレス:村松恒矢(バリトン)
スズキ:林眞暎(メゾ・ソプラノ)
ピアノ:古藤田みゆき
構成・語り:田口道子ナビゲーター:朝岡聡
音楽統括:ジュゼッペ・サッバティーニ公演詳細:
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/schedule/detail/20240321_S_3.htmlサントリーホール オペラ・アカデミー30周年記念公演
オペラ・ガラ・コンサート 第2夜2024年3月22日(金)19:00開演
サントリーホール ブルーローズ(小ホール)ドニゼッティ:オペラ《ラ・ファヴォリータ》より
「それでは本当なの…ああ、私のフェルナンド」
林眞暎(メゾ・ソプラノ)
ドニゼッティ:オペラ《ランメルモールのルチア》より
「我が祖先の墓よ…もうすぐ安らかに身を置く場所が与えられるだろう」
石井基幾(テノール)
横山希(ピアノ)
ヴェルディ:オペラ《オテッロ》より
「柳の歌…アヴェ・マリア」
迫田美帆(ソプラノ)
ヴェルディ:オペラ《マクベス》より
「勝利の日に…来たれ、急いで」
土屋優子(ソプラノ)
前田美恵子(ピアノ)
ヴェルディ:オペラ《リゴレット》より
「慕わしい人の名は」
小寺彩音(ソプラノ)
「いつも日曜日に教会で…そうだ、復讐だ」
保科瑠衣(ソプラノ)、増原英也(バリトン)
横山希(ピアノ)ヴェルディ:オペラ《ファルスタッフ》第3幕第2場(演奏会形式)
ファルスタッフ:ジュゼッペ・サッバティーニ
フォード:増原英也(バリトン)
フェントン:髙畠伸吾(テノール)
医師カイウス:石井基幾(テノール)
バルドルフォ:櫻田亮(テノール)
ピストーラ:片山将司(バス)
フォード夫人アリーチェ:土屋優子(ソプラノ)
ナンネッタ:熊田祥子(ソプラノ)
クイックリー夫人:林眞暎(メゾ・ソプラノ)
ページ夫人メグ:春山暁子(メゾ・ソプラノ)
サントリーホール オペラ・アカデミー30周年記念合唱団
ピアノ:古藤田みゆきナビゲーター:朝岡聡
音楽統括:ジュゼッペ・サッバティーニ公演詳細:
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/schedule/detail/20240322_S_3.html