サントリーホール室内楽アカデミー
フェローが語る、アカデミーでの学びとチェンバーミュージック・ガーデンへの想い【後編】
text by 八木宏之
cover photo / 撮影:友澤綾乃 提供:サントリーホール
「サントリーホール室内楽アカデミー」のフェロー(アカデミー生)たちによる座談会。前編では、カルテット・プリマヴェーラとポルテュストリオの室内楽アカデミーへの道のりや、アカデミーでのレッスンの様子を掘り下げた。後編では、アカデミー生たちの考える室内楽の楽しみ方や2024年のチェンバーミュージック・ガーデン(以下、CMG)の聴きどころをたっぷりと語ってもらった。
カルテットとピアノ・トリオの楽しみ
――室内楽はクラシック音楽のなかでも玄人向けのジャンルというイメージがありますが、皆さんの考える室内楽の醍醐味はどのようなものですか? 室内楽にまだあまり親しんだことのない人は、演奏のどんなところに注目すると、より室内楽を楽しむことができるのでしょう?
多湖桃子 弦楽四重奏は4人全員が弦楽器なので、音色の統一感、アンサンブルの一体感が生まれやすいですし、それがなによりの魅力ですね。一方ピアノ・トリオは、ピアノという音の出し方も音量も異なる楽器が加わっている分、それぞれのパートの個性がより強く現れます。そこがピアノ・トリオの素敵な部分だと思います。
菊野惇之介 弦楽四重奏はボウイングからヴィブラートに至るまで、視覚的な統一感がありますし、そこが見ていてカッコいいですよね。ピアノ・トリオは座る方向もバラバラの3人が互いを支え合いながら絶妙なバランスを保つ、その緊張感に魅力があると思います。
吉村美智子 カルテットはひとつの楽器のように聞こえることを目指しますが、ピアノ・トリオはもっとソリスティックな世界です。凝縮されていくカルテットと広がっていくピアノ・トリオ、編成ごとに楽しみ方も違いますね。
菊野 ピアニストの視点でお話しすると、ピアノ・トリオではまだ3人でアンサンブルをしている感覚があるのですが、ピアノ・カルテットやクインテットになると、ピアノは弦楽器のアンサンブルと対峙する存在となって、孤独を感じることもあります。室内楽のピアニストは、基本的には縁の下で皆を支えながら、自分が表に出る瞬間がやって来たら表現に対する欲求を一気に解放するんです。ピアニストにとっては、そうしたギアの切り替えも室内楽の面白さのひとつかもしれません。
世界で活躍する音楽家とともに演奏する喜び
――CMGはアカデミー生にとってどういう存在なのでしょうか?
石川未央 今年のCMGでは、私たちカルテット・プリマヴェーラがクァルテット・インテグラの皆さんと共演させていただくことになりました。桐朋学園で結成され、その後世界へと羽ばたいていったクァルテット・インテグラは、私たちにとってアイドルのような存在です。エネスクの弦楽八重奏曲をともに作り上げていくなかでどんな学びを得られるのか、今からとてもワクワクしています。昨年のCMGの『フィナーレ公演』でも、クロンベルク・アカデミーの皆さんとドヴォルザークのピアノ五重奏曲第2番を共演させていただきました。こうした世界で活躍する演奏家の方々とサントリーホールの舞台で一緒に音楽を作り上げる経験は、アカデミー生にとって本当に貴重なもので、日々の活動の励みになっています。
菊野 アカデミー生にとっては、いつも教えていただいているファカルティの先生の演奏に接することができるのもCMGの楽しみのひとつです。室内楽アカデミーのファカルティはみな生ける伝説のような方ばかりで、今ではなかなか実演に触れることのできない先生もいらっしゃいますが、CMGの『フィナーレ公演』にはそうした先生も出演されます。先生方の貴重な演奏からいろいろな技術を学びたいですね。
――今年のCMGのラインナップのなかで、特に気になるものやおすすめの演奏会があれば教えてください。
菊野 私はオープニングを飾る堤剛先生の演奏会が楽しみですね。80歳を超える年齢を感じさせない堤先生の力強い演奏は、ぜひ多くの方に聴いていただきたいです。堤先生は室内楽アカデミーでも指導してくださっていますが、音楽にはどうしても言語化できないところがあるので、あのときのレッスンでおっしゃっていたことはこういうことだったのか! と演奏を聴いて腑に落ちることもあります。
吉村 昨年、私のヴァイオリン、菊野さんのピアノ、そして堤先生のチェロというトリオで、小学校へ出かけて行って、演奏させていただく機会がありました。メンデルスゾーンやベートーヴェンなどを演奏したのですが、とても体育館で弾いているとは思えないような堤先生の音に衝撃を受けました。体育館でもあれだけ豊かな響きなのだから、ブルーローズで堤先生の演奏を聴いたらそれはもう言葉にならない体験になると思います。
菊野 室内楽アカデミー修了生による葵トリオも聴き逃せないですよね。昨年のCMGの『ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会』で、ポルテュストリオは細川俊夫さんの作品を演奏したのですが、コンテンポラリーのレパートリーの経験がまだ少ない私たちは、どのように音楽を作っていけばよいか、なかなか掴めずにいました。そこで、一昨年のCMGで同じ作品を演奏されていた葵トリオの皆さんにコンタクトを取って、レッスンをしていただいたのです。楽譜との向き合い方など、そのときに葵トリオから教わったことが、今の私たちの活動のとても大きな支えとなっています。ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第4番《街の歌》は私たちも度々演奏するピアノ・トリオの名曲ですが、葵トリオは聴き手を全くの異世界に誘ってくれるはずです。
――ポルテュストリオの皆さんから見て、葵トリオの魅力はどのようなところにあるのでしょう?
吉村 ピアノ・トリオはピアニストがリーダーシップを発揮することが多いジャンルですが、葵トリオは3人がそれぞれの歌心と遊び心を持ち寄って、誰かに偏ることなく3人でひとつの音楽を作っています。いつも楽しそうに演奏されているのも印象的です。3人が自由にそれぞれのやりたいことを実現しながら、トリオとしてもちゃんと成立しているのが、葵トリオの凄いところだと思います。
――カルテット・プリマヴェーラのおふたりはいかがですか?
多湖 毎年恒例の「ベートーヴェン・サイクル」はとてつもないプロジェクトですよね。ベートーヴェンの16曲の弦楽四重奏曲をこれほどの短期間に集中的に取り上げるのは、技術だけでなく、体力的にも本当に大変なことだと思います。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、楽譜に書かれていることはシンプルでも、実際に音楽にしていくのはとても難しい。カルテットを勉強している私たちにとっては、最初に向き合わなければならない大切なレパートリーです。カルテット・プリマヴェーラも、大学の試験などの機会に少しずつベートーヴェンの弦楽四重奏曲にチャレンジしていますが、1曲どころか、楽章ひとつ仕上げるのにもとても長い時間が必要でした。いまの私たちにはとっては、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲を弾くなんて夢のまた夢、とてつもなく遠い目標に思えますが、それができたらどんな曲も弾ける気がします。ウェールズ弦楽四重奏団の皆さんの演奏を聴けるのが楽しみです。
石川 エルサレム弦楽四重奏団にも注目しています。私たちは師事している山崎伸子先生の勧めもあって、エルサレム弦楽四重奏団の演奏を参考にすることが多いんです。いつも録音で聴いているエルサレム弦楽四重奏団をホールで聴くことができること、なにより私たちが昨年のCMGで演奏したドヴォルザークのピアノ五重奏曲第2番を、小菅優さんと彼らの共演で聴けるのがとても待ち遠しいです。
多湖 最近ではウェールズ弦楽四重奏団やエルサレム弦楽四重奏団のように、男性だけで構成されるカルテットはあまり多くないと思うので、男性カルテットならではの力強さや迫力などにもぜひ注目してください。
アカデミー生たちは戦友のような存在
――カルテット・プリマヴェーラはエルサレム弦楽四重奏団の演奏をリファレンスとして聴いているとのことですが、ポルテュストリオにも録音を参考にしている団体はありますか?
菊野 誰かの模倣ではない、自分たちの音楽を作り上げるためにも、私は音源を聴かずに楽譜と向き合うようにしています。どうしても行き詰まったときには、頭を整理するためにほかの人の録音を聴くこともありますが、基本的には音源は聴かない派です。
吉村 私は音源を聴く派ですね。ヴァイオリンはピアノに比べて音の数が少ないこともあって、パート譜を見ただけでは全体像が掴めないので、最初は音源を聴いて作品の構造を把握するようにしています。自分なりの作品像が出来上がってきたら、それ以降はあまり音源を聴きませんが、なかなかしっくりこないときには、お気に入りの演奏が見つかるまでひたすら録音を聴くこともあります。葵トリオやボザール・トリオの演奏は特によく聴きますね。
――先ほども少しお話にあがりましたが、CMGでは室内楽アカデミーのフェローたちによる演奏会も開催されます。
石川 アカデミー生たちはみな年齢も近い戦友のような存在で、毎年秋に富山県魚津市で行われる合宿では、長い時間をともに過ごします。『室内楽アカデミー・フェロー演奏会』は、そうしたアカデミー生たちが日々の成果を発表して、刺激を与え合う場になっています。
菊野 室内楽アカデミーでともに学ぶ他団体の演奏をじっくり聴いて意見を言い合えるこの演奏会は、アカデミー生にとって貴重な機会です。アカデミー生たちがステージ上で互いを紹介しあうなど、和気藹々とした雰囲気の演奏会ですので、ぜひ多くの方に聴きに来ていただきたいですね。
――最後にカルテット・プリマヴェーラとポルテュストリオの今後の活動について、教えてください。
多湖 今後もカルテット・プリマヴェーラの演奏会が予定されているので、一つひとつの本番を大切にしながら、自分たちならではの音楽を作っていけたらと思っています。ソロの活動だったり、海外留学だったり、メンバーそれぞれにも目標があるので、そうしたみんなのキャリアとカルテットの活動をうまく両立させる方法を模索していきたいですね。
菊野 日本だけでなく、海外でも学びたいという思いは強くあります。練木繁夫先生はいつも、ソロの勉強は室内楽の活動をするうえでも重要だとおっしゃっているので、留学をして、ソリストとしても、トリオとしてもさらに成長していきたいと思っています。11月には自分たちにとって節目となる演奏会もあるので、その演奏会までは日本でできることをしっかりとやって、それから海外での学びへと向かっていきたいですね。
――ありがとうございました。カルテット・プリマヴェーラとポルテュストリオの今後の活躍を楽しみしています。
公演情報
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)
会場:サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/chamber2024/【室内楽アカデミーフェロー イチオシの公演】
CMGオープニング
堤剛プロデュース 2024
2024年6月1日(土)14:00開演(13:30開場)ピアノ:小山実稚恵
チェロ:堤剛ベートーヴェン:
チェロ・ソナタ第1番 ヘ長調 作品5-1
チェロ・ソナタ第2番 ト短調 作品5-2
チェロ・ソナタ第3番 イ長調 作品69
『ユダス・マカベウス』の主題による変奏曲 ト長調 WoO 45
モーツァルトの『魔笛』より「愛を感じる男の人たちには」による変奏曲 変ホ長調 WoO 46料金:指定席6,500円 サイドビュー席5,000円 U25席1,000円
プレシャス 1pm Vol.1
ベートーヴェン:チェロ作品選
2024年6月4日(火)13:00~14:00(12:30開場)ピアノ:小山実稚恵
チェロ:堤剛ベートーヴェン:
チェロ・ソナタ第4番 ハ長調 作品102-1
チェロ・ソナタ第5番 ニ長調 作品102-2
モーツァルトの『魔笛』より「恋人か女房か」による12の変奏曲 ヘ長調 作品66料金:指定席2,500円 サイドビュー席1,500円 ペア席4,000円(同一公演の指定×2枚)
葵トリオ ピアノ三重奏の世界
~7年プロジェクト第4回
2024年6月6日(木)19:00開演(18:30開場)葵トリオ
ピアノ:秋元孝介
ヴァイオリン:小川響子
チェロ:伊東裕ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第4番 変ロ長調 作品11「街の歌」
フォーレ:ピアノ三重奏曲 ニ短調 作品120
スメタナ:ピアノ三重奏曲 ト短調 作品15料金:指定席5,000円 サイドビュー席3,500円 U25席1,000円
カルテット with… Ⅲ
エルサレム弦楽四重奏団
2024年6月14日(金)19:00開演(18:30開場)エルサレム弦楽四重奏団
ヴァイオリン:アレクサンダー・パヴロフスキー/セルゲイ・ブレスラー
ヴィオラ:オリ・カム
チェロ:キリル・ズロトニコフ
ピアノ:小菅優メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第1番 変ホ長調 作品12
ベン゠ハイム:弦楽四重奏曲第1番 作品21
ドヴォルジャーク:ピアノ五重奏曲第2番 イ長調 作品81料金:指定席5,000円 サイドビュー席3,500円 U25席1,000円
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ウェールズ弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクル
ウェールズ弦楽四重奏団
ヴァイオリン:﨑谷直人/三原久遠
ヴィオラ:横溝耕一
チェロ:富岡廉太郎ベートーヴェン・サイクル I
2024年6月8日(土)18:00開演(17:30開場)
弦楽四重奏曲第2番 ト長調 作品18-2
弦楽四重奏曲第5番 イ長調 作品18-5
弦楽四重奏曲第12番 変ホ長調 作品127ベートーヴェン・サイクル II
2024年6月9日(日)17:00開演(16:30開場)
弦楽四重奏曲第9番 ハ長調 作品59-3「ラズモフスキー第3番」
弦楽四重奏曲第15番 イ短調 作品132ベートーヴェン・サイクル III
2024年6月11日(火)19:00開演(18:30開場)
弦楽四重奏曲第4番 ハ短調 作品18-4
弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 作品74「ハープ」
弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 作品59-1「ラズモフスキー第1番」ベートーヴェン・サイクル IV
2024年6月12日(水)19:00開演(18:30開場)
弦楽四重奏曲第6番 変ロ長調 作品18-6
弦楽四重奏曲第13番 変ロ長調 作品130「大フーガ付」ベートーヴェン・サイクル V
2024年6月13日(木)19:00開演(18:30開場)
弦楽四重奏曲第1番 ヘ長調 作品18-1
弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調 作品95「セリオーソ」
弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 作品131ベートーヴェン・サイクル VI
2024年6月15日(土)18:00開演(17:30開場)
弦楽四重奏曲第3番 ニ長調 作品18-3
弦楽四重奏曲第16番 ヘ長調 作品135
弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 作品59-2「ラズモフスキー第2番」料金(6公演とも):指定席4,500円 サイドビュー席3,000円 U25席1,000円
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