ポスト・クラシカル・シーンの注目ピアニスト
Wataru Satoが織りなす響きの空間

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ポスト・クラシカル・シーンの注目ピアニスト

Wataru Satoが織りなす響きの空間

text by 原典子

ピアノや弦楽四重奏といったクラシックの楽器を用いながらも、エフェクトやエレクトロニクスを駆使してクラシックとは別次元の夢幻的な音響世界を創り出すポスト・クラシカル。マックス・リヒターやオーラヴル・アルナルズをはじめ海外のアーティストがストリーミングサービスでの莫大な再生回数を背景に人気を博しているが、日本におけるポスト・クラシカル・シーンを担う存在として注目を集めているのが、ピアニスト/コンポーザーのWataru Satoである。

インストゥルメンタル・バンド、Gecko&Tokage Paradeのリーダーとしても活躍するかたわら、2017年以来、1年に約1枚のペースでWataru Sato名義のソロ・アルバムをリリースしてきた。そして、ディスクユニオンが立ち上げた新レーベル「1magine Label」の第1弾として、ニュー・アルバム『Fading Spaces』を今年2月にリリース。この新作について、ポスト・クラシカルならではのユニークな制作過程なども含めてたっぷり話を伺った。

バンドでもソロでも、ピアノで曲を作ってきた

ピアノ、ギター、ベース、ドラムによる疾走感あふれるサウンドで新世代のインストゥルメンタル・シーンを牽引するバンド、Gecko&Tokage Paradeが結成されたのは2013 年のこと。当初からWataru Satoがピアノで曲を書き、バンドをリードしてきた。

「じつはGeckoという、僕のもうひとつ別のソロ名義がありまして、2013年にGecko名義で出した1stアルバムのリリースパーティを開いたとき、特別にバンドセットで演奏したのがGecko&Tokage Paradeのはじまりなんです。初期の頃は自分がピアノでイチから作曲して、アレンジや展開まで考えてきたものをバンドで演奏するというスタイルでやっていました。いっぽうGeckoの方でもピアノで曲を作って、自分でDTMまでやって、どちらかというとエレクトロニカ寄りの音楽を作っていました。いずれにせよ、もう10年ぐらい前からピアノで作曲していたということですね。
ただ、Gecko&Tokage Paradeは次第にバンド色が強くなっていって、メンバーに任せる部分も多くなってきましたし、Geckoよりもアコースティックなピアノでポスト・クラシカルがやってみたいなと思い、Wataru Satoという本名名義でソロ作品を出しはじめたのが2017年です」

子どもの頃から習い事としてピアノに親しみ、中学生時代はクラシックを離れてジャズ・ピアノを習っていたという。高校では軽音楽部に入り、ベースに夢中になったことも。独学でピアノを続けてきたが、Wataru Sato名義の1stアルバム『midnight solitude』をリリースする少し前の2016年に、師と呼べる音楽家との出会いがあった。

「僕はもともとミニマル・ミュージックが好きで、いろいろ聴いているうちに、Erased Tapes(ポスト・クラシカルを代表するレーベル)から作品をリリースしているウクライナ出身のピアニスト、ルボミール・メルニクさんの存在を知りました。“世界最速のピアニスト”といったキャッチフレーズで呼ばれることも多く、独特なミニマルを奏でる音楽家です。
すごく面白いなと思ってメルニクさんのホームページを見ていたら、“オンラインレッスンをします”と書いてあったので、とりあえず連絡してみたら返事がきて、“君がはじめてだよ”と(笑)。レッスンはZoomなどではなくメールで、メルニクさんが編み出した”コンティニアス・ミュージック”の奏法や練習曲などがPDFで送られてきました。僕がその練習曲を弾いて、録音したmp3データを送り返し、メルニクさんにアドバイスをいただくというレッスンです。
メルニクさんから学んだことは『midnight solitude』にも取り入れましたが、具体的な奏法というよりも“どんな精神で弾いているのか”といった内面的な部分に学びがありました。“練習するときはデジタルなものは部屋からすべて投げ捨てろ”みたいな精神論も(笑)。仙人のような人です。コロナ禍が明けたらヨーロッパで共演できたらいいなと」

ほかに大きな影響を受けた音楽家としては、坂本龍一の名前が挙がった。

「坂本龍一さんはポピュラー・ピアノとしていちばん入りやすかったですからね。母親から《戦メリ(戦場のメリークリスマス)》を教えてもらった世代です。坂本さんのソロには好きな曲がたくさんあって、学生時代にはコンサートにも行きましたが、自分がバンドをやりはじめると、今度はYMO時代にも興味が出てきて。あり方がすごく多彩な音楽家ですよね。僕は実験音楽やアンビエントなども好きなので、どの分野においても坂本さんは最先端をいっていて、本当に尊敬します」

聞こえないほどの音を重ねて作られるテクスチャー

カノンハウス鎌倉でのレコーディング

このたびリリースされた『Fading Spaces』は、2021年7月に配信限定リリースされたピアノ・ソロEP『Spaces』からリアレンジされた4曲と新曲からなる。弦楽四重奏を迎え、鎌倉の浄明寺にほど近い音楽ホール「カノンハウス鎌倉」でレコーディングされた。

「『Spaces』を制作している最中に、スタッフから“次のアルバムはカノンハウス鎌倉で録りませんか?”という提案があったので、せっかくなら2作を地続きにして、コンセプトがつながっていく方がいいのではと思い、『Spaces』から『Fading Spaces』へと連なる流れを作ってみました。普通のレコーディング・スタジオではなく、小さなコンサートが開かれるような空間、しかも鎌倉という日本的な場所で録ることに意味があるような気がしたので、文字通り“Spaces”を意識しながら作っていった感じです。
それから、『Fading Spaces』では半分ほどの曲を弦楽四重奏を入れて録っているのですが、これは今回やってみたかったことのひとつです。これまでにもピアノ、ヴァイオリン、チェロのトリオ編成で録音したことはありましたが、1stヴァイオリン、2ndヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという弦楽四重奏の編成は、これ以上ないほど完成されたものですよね。ロックでいうと、ギター、ベース、ドラムの3ピースバンドの完成度にも似ている。自分の曲を、弦楽四重奏とピアノで演奏したらどうなるんだろう? と思いました」

浮遊感のあるサウンドに包まれて弦が郷愁を誘うメロディを奏でる《Our Home》、波の音とギターが絶え間ない水の流れや煌めきを映し出す《Tidal Current》、その後にピアノ・ソロによるタイトルトラック《Fading Spaces》へと至る構成なども見事だ。

「《Our Home》はピアノでメロディを作っていましたが、“あ、でもこれは弦で弾いてもらった方がきれいだな”と思って、弦をメインに組み立てていきました。《Tidal Current》はDTM的な作り方で、自分で弦まで打ち込んだ音源を家で作っていって、最終的に生の音に差し替えていくといったフローをとっています。この《Tidal Current》は、後半に入っている《Undercurrent》と対になっているんですよ。“current”は“流れ”という意味を持つ言葉ですが、僕は水が好きなので、2曲とも水のイメージになりました」

アルバムを聴いていて思うのは、テクスチャーが非常に豊かな音楽であるということ。薄衣を重ねたようなサウンドのレイヤーが、繊細かつ多彩な表情を生み出している。

「そこはけっこう意識して作っています。日本の音楽はどうしてもメロディやリズムの方に重きが置かれがちですが、音色や奥行きといったテクスチャーをどうアレンジしていくかが、ポスト・クラシカルにおいてはとくに重要だと思います。
たとえば《Our Home》を弦のメンバーと録音した後、エンジニアと“なにか足りない気がする”という話になって、“音程はいらないけれど、なにか音を足したい”ということで、自宅のアップライト・ピアノの内部の弦をザラザラ触る音や、ハンマーをカタカタさせている音をうっすら入れました。また、カノンハウス鎌倉はレコーディング・スタジオとは違って外の音も少し入ってくるので、そういったノイズもあえて活かす方向にしました。そうやって、ほとんど聞こえないぐらいの音を重ねて、テクスチャーを作っていきます。
とはいえ、あまりにテクスチャー重視になりすぎると、聴いていて気持ちいいけれど、どこに焦点が合っているのか分からない曲ができてしまうので、そこはバランスですね。僕の場合は、あくまで主線がはっきりしていて、それを補完するためのテクスチャーという考え方です」

日本からポスト・クラシカルを発信したい

自宅スタジオにて

録音した後のポストプロダクションの段階で、響きを足したり、エフェクトをかけたりする制作過程は、一般的なクラシックの録音とはずいぶん違う。ポスト・クラシカルにおいてはそのスタジオワークこそが作品の方向性を決める作業であるだけに、エンジニアの果たす役割は大きい。

「長年一緒にやっているエンジニアに今回のアルバムも担当してもらいましたが、彼にはアーティスト気質な部分もあって、逆に自分にはエンジニア気質な部分もあるので、お互いにやりやすい(笑)。今作では自分で初期段階のミックスをしていて、あらかた作った段階でエンジニアに渡して最終的な調整をしてもらっています。どこまで自分でやって、どこからプロに任せるか、そこもまたバランスですよね。
海外のポスト・クラシカルのアルバムなどを聴いていると、自宅みたいなラフな環境で録っている部分と、ちゃんとしたスタジオ環境で録っている部分とが共存しているように感じます。雑味のある粗い音と、解像度の高いきれいな音のギャップがすごいんだけど、不思議とバランスがとれているというか。普通のクラシックの録音ではあり得ない発想ですよね。決して狙ってやっているわけではなく、“結果としてそれがよかった”ということなのだと思いますが、録ってみなきゃ分からない、混ぜてみなきゃ分からない、といったところもポスト・クラシカルの面白さかなと」

アルバム後半に入っている《Timeless》では、ミニマルなエレクトロニクスから後半に向けて弦が盛り上がっていく流れにエモーションを揺さぶられる。

「以前、マックス・リヒターの来日公演に行ったとき、クラシックのホールでオーケストラが演奏するコンサートだったのですが、PAを入れていて、コントラバスの下にさらに低いベース音をシンセサイザーで足して音圧を出しているのを見て、“ああ、こうやって迫力を出すのか”と。今回は、そういった発想で後半部分をぐわーっと盛り上げていきました」

今回新たに立ち上げられた1magine Labelは、ポスト・クラシカルを中心にさまざまなアーティストの作品をリリースしていくとのことで、期待が高まる。

「日本のポスト・クラシカル・シーンは、海外の盛り上がりに比べると小さなもので、日本人のポスト・クラシカルのアーティストがいても、海外を拠点に活動していることが多いのが現状です。今回、ディスクユニオンという大きな母体があるなかでポスト・クラシカルのレーベルができたことはとても意味があることだと思っていて、日本発のポスト・クラシカルを発信する場所になったらいいなと思っています」

新譜情報
『Fading Spaces』
Wataru Sato

<CD(Disc1)>
01. Existence
02. Our Home
03. Tidal Current
04. Fading Spaces
05. New Days
06. Air
07. Undercurrent
08. Nowhere
09. Timeless
10. Paradise

<DVD(Disc2)>
I
Our Home
Air
Nowhere
Timeless
Fading Spaces

<配信シングル>
「 I / Farther Away」
カノンハウス鎌倉で録音された『Fading Spaces』の未収録音源(《I》はDVD限定で『Fading Spaces』収録)。
配信リンク:https://lnk.to/I_FartherAway

Gecko with Strings Quartet
Wataru Sato(ピアノ、ギター、グロッケン)
Atowa Yuri(ヴァイオリン)
Shino Miwa(ヴァイオリン)
Mao Umino(ヴィオラ)
Kanon Takeshita(チェロ)

公演情報
Playwright ×1magine Label「CROSS OVER」
2022年6月4日(土)開演17:00(開場16:15)
昭和音楽大学ユリホール
前売(特典パンフレット付き):一般4,500円/学生3,000円 ※全席指定

出演:
木村イオリ&森田晃平デュオ
辻本美博
Wataru Sato with Strings Guest Vo.鎌野愛

プレイガイド:
イープラス https://eplus.jp/sf/detail/3612890001-P0030001
CNプレイガイド 0570-08-9999 https://www.cnplayguide.com/
アオイチケット(会員登録不要) http://cncn.jp/crossover

お問合せ:
アオイスタジオ 03-3585-6178(平日11:00~16:00)

Gecko&Tokage Parade「NEXT BORDER Release Party」
– Playwright 10th Anniversary –
2022年6月7日(火)
丸の内コットンクラブ
[1st.show] open 5:00pm/start 6:00pm
[2nd.show]open 7:45pm/start 8:30pm
5,500円~ ※全席指定
公演詳細・予約:http://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/gecko-and-tokage-parade/

Wataru Sato
1990年生まれ。神奈川県在住のピアニスト/コンポーザー。本名:佐藤航。
ポスト・クラシカルの名門レーベルErased Tapesに所属する“世界最速のピアニスト”ルボミール・メルニクに師事。ソロ・ワークではピアノ、弦楽を基調としたポスト・クラシカルやエレクトロニカを生み出し、バンド編成Gecko&Tokage Paradeでは自身のレーベル“Tokage Records”からリリースした2ndフルアルバム『Nomadic Flow』がタワーレコード・ジャズチャート初登場4位を記録。ジャパニーズ・ジャズ界の新星として一躍注目を集め、現在はfox capture planなどを要するPlaywrightに所属。Motion Blue YOKOHAMAやCOTTON CLUBでの単独公演も成功させている。
また、サポートミュージシャンとしては、アニメ『東京喰種』主題歌を担当して注目を集めた高橋國光(ex.the cabs)のソロ・プロジェクト“österreich”や、中高大学生から圧倒的支持を集めSNSを中心に話題となっている新世代のソングライター“泣き虫☔︎”の作品などに参加。
コンポーザー/アレンジャーとしての評価も高く、ベテランのジャズ・シンガー、青木カレンとの共同プロジェクト“transparent project”ではアレンジとサウンド・プロデュースを担当。
多種多様な音楽ジャンルを横断する縦横無尽な活躍をみせる異色のピアニスト。

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