マリア・シュナイダー座談会!
『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』
チェンバー・オーケストラのメンバーが語るオーケストラ×ジャズの可能性
text by 加藤綾子
cover photo ©siimon
ジャズ作曲家、挾間美帆がプロデュースするシリーズ『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』。今年はいよいよ、グラミー賞を受賞し、現代ジャズ最高峰のひとりと言われる作曲家、マリア・シュナイダーが指揮者として登場し、自作曲を演奏する。
公演への期待が高まるなか、今回のために特別編成されたチェンバー・オーケストラのメンバーである斎藤和志(フルート)と最上峰行(オーボエ)、そして音楽ライターの小室敬幸の3人で語り合ってもらった。
斎藤和志 東京藝術大学卒。第70回日本音楽コンクール第1位、第4回びわ湖国際フルートコンクール第1位。第5回神戸国際フルートコンクール第4位など。東京フィルハーモニー交響楽団首席奏者、東京シンフォニエッタ副代表。クラシック音楽のみならず、ジャズやその他様々なジャンルの音楽、映像、舞踊、美術などとのコラボレーション、また自身作曲・編曲も行ない、即興演奏も含め異常に幅広いレパートリーを持つ「フルート界の奇行師」。
最上峰行 東京交響楽団オーボエ&イングリッシュ・ホルン奏者。国内主要オーケストラにゲスト首席奏者として多数客演するほか、レコーディング・アーティストとしても数々のミュージシャンの作品、ドラマ、映画などの録音に参加。クインテット・アッシュ、ARCUSなどのメンバーとしても活動している。
小室敬幸 音楽ライター。クラシック、現代音楽、ジャズ、映画音楽を中心に、演奏会やCDの曲目解説やインタビュー記事などを執筆。また現在進行形のジャズを紹介するムック『Jazz The New Chapter』に寄稿したり、TBSラジオ『アフター6ジャンクション』にも不定期で出演している。
多様な音楽が有機的に融合するオーケストラの今
小室 早くも今年で6回目となった『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』ですが、東京フィルハーモニー交響楽団(以下、東京フィル)は毎回出演してきましたね。これまでのなかで印象に残っていることはありますか?
斎藤 僕は『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』に毎年、自分から希望して乗せてもらっていました。とにかく全部の回が面白くて、東京フィルのメンバーも非常に楽しみにしているんです。単にクラシックとジャズのプレイヤーが集まって演奏するだけではなく、有機的に融合して、より発展した音楽ができるような時代になってきました。『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』ではとくにそう感じています。
小室 一昨年は中村佳穂、去年はAwichと、ポップシーンの最前線で輝くアーティストが出演したこともあって、かなり若いお客さんが多くて。客席から見ていても特別なコンサートだと感じました。
最上 今はいろんなジャンルの人がお互いをリスペクトしながら融合していく時代なんですよね。僕はスタジオ・レコーディングに参加させていただくことも多いのですが、たとえば(ジャズの名門として知られる)バークリー音楽大学を出た作曲家が、クラシックの作曲家のオーケストレーションをものすごく勉強していて、「ラヴェルってこうだよね」みたいな話を普通にしているんです。ジャンル関係なく、やりたいことを素直に受け入れる世の中になっているのではないでしょうか。
小室 ロックやジャズの影響も強い作曲家の吉松隆さんは、東京交響楽団(以下、東響)による自作のライヴ録音を振り返って「近年は明らかにオーケストラの意識が変わってきた」とおっしゃっていました。ロックやジャズを日常的に聴いていれば当たり前に共有できるニュアンスをオーケストラに求めても伝わらなくて歯がゆく体験をしてきたけど、今は自然にやってくれると。
最上 東京フィルや東響って、じつはクラシック以外の音楽もやりたくてしょうがないプレイヤーが集まっていると思うんです(笑)。とくに若い人たちは。本当はいろんなコラボレーションをしたいのに、「オーケストラはこうじゃなきゃいけない」みたいな空気があって、以前は手が出しづらかった。でも、今はもう時代が違います。あらゆる音楽と有機的につながって、積極的に吸収していかないと、音楽家としての成長も止まってしまうのでは。
斎藤 たしかに最近はオーケストラのメンバーも、クラシック以外のジャンルとのコラボレーションを楽しんでいます。それに、アレンジャーの実力がすごく高くなって、お互いのいいところを引き出せるようになりました。挾間美帆さんは、そのなかでもとくに突出している作編曲家というわけです。
挾間さんとは『ジャズ作曲家宣言!』(2013年に開催された東京オペラシティ ニューイヤー・ジャズ・コンサート)の頃からご一緒していて、フルートの独奏曲をお願いして書いていただいたことがありました。これが、ルーパー(自身の演奏をリアルタイムで録音、再生する音響機器。ループ再生しながら、さらに演奏を重ねたりできる)を使ったフルート・ソナタなんです。3拍子になったり5拍子になったり、まったく違う曲調に見えるけど、中身は同じものが動いていたり……。「これはとんでもない作曲家だぞ」と思ったら、その後はもう、グラミー賞にノミネートされたりとこの大出世じゃないですか。あのとき頼んでおいて本当によかったです(笑)。
最上 それはぜひ斎藤さんにレコーディングしてほしいですね。
斎藤 うんうん、録音したらぜひ挾間さんに聴いてほしいな。すごく難しい曲なんです。容赦ないからね(笑)。
クラシックのオーケストラを指揮する難しさ
小室 そんな新しい感覚をもったメンバーたちが、今回のチェンバー・オーケストラに集結しているわけですね。そうそう、これは挾間さんから聞いた話なんですけど……マリア・シュナイダーさんは今回の指揮をするにあたって本当に気合いが入っていて、なんとみずからクラシックの指揮を学び直しに行ったそうです。
最上 ええーっ、そこまで!
小室 マリアさんがゲスト講師として行った大学のクラシック音楽指揮科に有名な先生がいて、アドバイスをもらおうと訪ねたら、急遽授業でモデルケースとして指揮科の学生たちの前で指揮をさせられたとか(笑)。「私、頑張るから!」って、すごく前向きに準備されているとのことです。
斎藤 さすがですね。たしかにクラシック以外の音楽家にとって、オーケストラの指揮は毎度ぶつかる壁なんですよね。オーケストラって、わざとズレた方がいいところもある音楽だから。いくところまでいくと、先に音が出た方が負けみたいな世界になっちゃう(笑)。
最上 そこは異質でしょうね。振っている通りに音が出てこないと、無視されている感覚というか、すごく疎外感を感じると思います。でも、マリアさんが現場のリハーサルでどういう指揮をするのか、すごく楽しみ。プレイヤー側からしたら指揮って結局、技術よりもその人自身が大事だったりするじゃないですか。
斎藤 そうそう。その人にとっていちばん自然に、普通に振舞ってくれたら、いちばんいい音がするはずなんだよね。
最上 今回は、そういうことをちゃんと感じ取れるメンバーが集まっていますよね。
斎藤 はい、最高のメンバーを集めてくださいということでしたので。何がやりたいのか読み取る力に長けている、プロ中のプロに集まってもらっているわけだから、そこは心配ないと思います。
最上 みなさん素晴らしいプレイヤーです。たとえば、クラリネットの中ヒデヒトくん。彼はスタジオでもオーケストラでも大活躍で、スタジオ・レコーディングのクラリネットは、どこの現場に行っても彼かもしれないというほど。
ファゴットの石川晃くんは新日本フィルハーモニー交響楽団に在籍していて、スタジオワークでもよくご一緒するプレイヤーなのですが、いろいろと面白い活動をしています。木管に関しては、このままユニットを組んで売り出せるんじゃないかっていうメンバーが揃っていますよね。
斎藤 早い段階からお願いしてスケジュールを空けてもらっていましたから。ご期待ください。
ブラジル音楽からの影響
小室 今回演奏される《カルロス・ドゥルモン・ヂ・アンドラーヂ・ストリーズ Carlos Drummond de Andrade Stories》は、クラシック音楽のリスナー視点でいうと、たとえばヴィラ・ロボスの《ブラジル風バッハ》の第5番なんかの雰囲気が好きな人にとっては、絶対「聴きたい!」ってなる曲だと思うんですよね。マリアさんは他にもショーロとか、ブラジルに関わりのある曲を書いています。
関連サイト
マリア・シュナイダー《Carlos Drummond de Andrade Stories》
https://www.mariaschneider.com/home/scoredetails/124
斎藤 昔、エグベルト・ジスモンチ先生に「先生のブラジル音楽のいちばん中心にあるものは何ですか?」と聞いたら、「じつはそんなものはないんだ」と。もちろんサンバやボサノヴァ、ショーロもあるんだけど……「文明を捨てて、音楽も電気もガスも通っていないところで、ブラジルの原住民の人たちと何年か暮らした。その体験が俺のルーツだ」って言っていました。
小室 マリアさんも若いころから「ジスモンチが大好き」と、影響を公言していますよ。あと、アントニオ・カルロス・ジョビンのアレンジャーをしていたことで有名なクラウス・オガーマンも大好きとのこと。挾間さんも《カルロス・ドゥルモン・ヂ・アンドラーヂ・ストリーズ》をはじめて聴いたときに「オガーマンの影響を受けてる!」と思ったそうです。
斎藤 オガーマンって、どちらかというと日本では知る人ぞ知る存在で、すごく素敵なアレンジをするんですよね。そういう趣味はもう、僕のストライクゾーンにドーンとくるので、これはわくわくしちゃいますね。
最上 今回は、斎藤さんの熱量が半端ないですよね。LINEの文面からもそれが伝わってくる(笑)。
斎藤 だって、それが醍醐味でこの仕事選んだんだから(笑)。子どもの頃からYMOを聴いて育った自分が坂本龍一先生と共演できたり、ジブリのアニメが大好きだった自分が久石譲先生と仕事できたり、憧れの人と一緒に音楽ができる。こんないい仕事はないよね。
オーケストラはいちばん贅沢な楽器
最上 クラシックだって、そのルーツには民族的な歌や踊りがあったことを考えると、オーケストラももっといろんな音楽をやっていかなくちゃいけないですよね。そうじゃないと、日本で生まれ育った我々が外山雄三さんの《管弦楽のためのラプソディ》(日本各地の民謡をメドレーにしている)を演奏することの意義すらなくなってしまう。
「オーケストラは音楽の世界でいちばん贅沢な楽器である」という言葉を聞いたことがありますが、まさにその通りで。その贅沢な楽器で世界各地の音楽を表現するのは魅力的なことだし、そういうオーケストラじゃないと生き残れないだろうと思います。
小室 指揮者グスターボ・ドゥダメルは、「素晴らしいオーケストラが必要な音楽なら何でもやるべきだ」と語っていたそうです。オーケストラの能力を発揮できない曲をやってもしょうがないけれど、逆に言えば、オーケストラが魅力を発揮できる曲であれば、もうジャンルも時代も関係ないんだと。今を象徴する言葉だと思うんですよね。
斎藤 オーケストラの音楽って、実際にはかなり日本の人々の間に浸透しているんですよね。東京に限っていえば、1日に2,000人規模のホールが4つも5つも満員になるわけで。「オーケストラなんか必要ない」「もともと日本の文化でもないのに」って主張する人だって、映画やドラマで最上さんの音を聴いたことのない人はいないんじゃないかな。アニメやゲーム音楽のコンサートは、演奏する方も楽しいけれど、お客さんの熱量がすごいんですよ。
最上 ジャンル関係なく、そういう反応は本当に嬉しいですよね。結局のところ、実際に音を聴いてもらえたら「すごい!」「かっこいい!」ってなりますからね。
斎藤 今回のマリアさんとのコラボレーションも、一期一会のサウンドです。「オーケストラってかっこいいな」と思ってもらえたら嬉しいです。本当に、どういう音が鳴るのかもう楽しみで仕方ない。あとは、僕たちも興奮しすぎて飛び出しちゃうとか、致命的なミスを犯さないようにしないと(笑)。
最上 興奮して音程が高くなってしまうとか、よくありますからね(笑)。
小室 皆さんの熱量が伝わって、行きたいと思う人もたくさんいると思います!
斎藤 来たら損しないことは、わかりきっているわけですからね。面白くなることはもう約束されていますから!
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公演情報
NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇
マリア・シュナイダー plays マリア・シュナイダー
2024年7月27日(土)17:00
東京芸術劇場 コンサートホール<プログラム>
作曲:マリア・シュナイダー
Carlos Drummond de Andrade Stories *日本初演
Hang Gliding(挾間美帆 編曲)
Dance You Monster to My Soft Song
Sky Blue
ほか<出演>
マリア・シュナイダー(指揮・作曲)
森谷真理(ソプラノ)特別編成チェンバー・オーケストラ
〔斎藤和志、石田彩子(フルート)/最上峰行、大植圭太郎(オーボエ)/中ヒデヒト(クラリネット)/石川晃、竹下未来菜(ファゴット)/谷あかね、豊田実加(ホルン)/東野匡訓、奥村晶(トランペット)/佐藤浩一(ピアノ)/マレー飛鳥、矢野晴子、石井智大、梶谷裕子、岩井真美、黒木薫、吉田篤、沖増菜摘、地行美穂、西原史織、銘苅麻野、杉山由紀(ヴァイオリン)/吉田篤貴、志賀恵子、角谷奈緒子、藤原歌花(ヴィオラ)/多井智紀、島津由美、ロビン・デュプイ、稲本有彩(チェロ)吉野弘志、一本茂樹(コントラバス)〕池本茂貴isles(ラージ・アンサンブル)
〔土井徳浩、デイビッド・ネグレテ、西口明宏、陸悠、宮木謙介(サクソフォン)/ジョー・モッター、広瀬未来、鈴木雄太郎、佐瀬悠輔(トランペット)/池本茂貴、高井天音、和田充弘、笹栗良太(トロンボーン)/海堀弘太(ピアノ)/小川晋平(ベース)/苗代尚寛(ギター)/小田桐和寛(ドラムス)/岡本健太(パーカッション)〕※挾間美帆は出演いたしません
<チケット>
S席8,500円 A席7,000円 B席5,500円
U25(S席)3,000円 高校生以下1,000円