サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン
世界の名カルテットと日本の演奏家が織りなす
「カルテット with…」の聴きどころ
text by片桐卓也
6月の東京をたくさんの室内楽の花が彩るサントリーホールの『チェンバーミュージック・ガーデン』。なかでも注目の「カルテット with…」は、世界から実力派のカルテットが集結して、日本の演奏家と共演するシリーズ公演。その聴きどころを片桐卓也さんに紐解いていただき、アーティストから寄せられたメッセージとともにお届けします。
世代交代の時期を迎えたカルテットの世界
大劇場で体験する華麗なオペラやオーケストラも良いけれど、演奏家と聴き手それぞれの表情が見える距離で聴く音楽は本当に心を豊かにしてくれる……。すでに10年以上の歴史を持つサントリーホールの『チェンバーミュージック・ガーデン』のコンサートに行くたびに、そう思う。ちょうど様々な色彩を持つ紫陽花が開花する時期に開催される『チェンバーミュージック・ガーデン』は、その名の通り<室内楽>を集めた<庭>である。室内楽と言ってもたくさんの編成があり、またバロック時代から現代まで驚くほど豊富な作品がある。そのなかからこの<庭>のために選ばれた作品は、その年ごとの彩りを聴き手の心に添えてくれる。会場はブルーローズ(小ホール)で、ステージを取り囲むような座席セッティングも楽しい。
今年は6月1日から16日までの期間に21の公演が行なわれる。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲を演奏する名物企画「ベートーヴェン・サイクル」もこの庭の大樹だが、平日午後1時開演の「プレシャス 1 pm」や、サントリーホール館長である堤剛がオープニングを飾る「堤 剛プロデュース」、7年のプロジェクトとして継続されている「葵トリオ ピアノ三重奏の世界」など、見頃の花を開花させる企画も多い。それらのなかで、今年特に注目される企画「カルテット with…」を紹介しよう。
今、カルテット(弦楽四重奏)の世界はとても大きな世代交代の時期を迎えていて、これまで弦楽四重奏の世界を代表してきたいわゆるベテランの団体が次第に活動を休止しているのに対し、中堅から若手と呼べる世代の活躍が目立つようになってきた。そのなかでも特にヨーロッパで評価の高い3つの弦楽四重奏団が『チェンバーミュージック・ガーデン』に揃う。ヴォーチェ弦楽四重奏団、ダネル弦楽四重奏団、エルサレム弦楽四重奏団の3団体である。そして<with>と謳うだけあって、それぞれのカルテットにソリストが加わる。弦楽器を基本とした音楽の魅力に、ソリストたちの魅力も加わり、室内楽の世界の広がりを実感することができる希有な企画となっている。
ヴォーチェ弦楽四重奏団 with 波多野睦美
まず6月7日に登場するのがフランスのヴォーチェ弦楽四重奏団である。パリ国立高等音楽院出身のメンバーで結成され、創立20周年を迎える。これまでの日本での公演を聴いた印象では、とても緻密なアンサンブルの上に音楽の繊細な色彩感覚をきらめかせ、同時に作曲家の意図にきちんと向き合った世界を作り出そうとする意欲が強く感じられる演奏だった。今回の『チェンバーミュージック・ガーデン』では、彼らが得意とするフランス近代の作曲家、ドビュッシーとラヴェルの弦楽四重奏曲をはじめと終わりに置き、中心にフランス現代の作曲家であるイヴ・バルメール(1978〜 )が書いた弦楽四重奏曲《風に舞う断片》(日本初演)、そしてバルメール編曲によるドビュッシーの《抒情的散文》からの作品を間に挟んだ構成だ。後者は弦楽四重奏に声を加えた作品だが、そこにメゾ・ソプラノの波多野睦美が<with>する。《抒情的散文》はドビュッシー自身が書いたテキストに自分で曲をつけた小さな歌曲集と言うべき作品で、それをバルメールが弦楽四重奏と声のために編曲し直した(オリジナルはピアノと声)。バロック時代の作品から現代に生きる作曲家の歌まで、とても自在に歌いこなす波多野との共演で、弦楽四重奏と声による新鮮な出会いが期待できる。
波多野睦美からのメッセージ
①共演する作品について、どんなところに魅力を感じますか?
『抒情的散文』は詩もドビュッシー自身が書いたということで、個性が濃縮されていると思います。原曲のピアノ・パートには、ドビュッシーだなあ、というモチーフがふんだんに散りばめられていて、隅々まで欲張りな感じ! それが弦楽四重奏に編曲されたことで、4つの弦の色彩や陰影が別の余白を醸し出すのではと思います。②共演する弦楽四重奏団について、どんな印象を持っていますか?
ヴォーチェ弦楽四重奏団のwebサイトでアーティスト写真を拝見したとき、その軽やかなセンスに心を奪われました。閉じていない、というか。演奏は、呼吸のやりとりがやはり軽やかで自由! 風が通っていくような爽やかさと“遊び心”を感じます。③ 『チェンバーミュージック・ガーデン』への意気込みをお聞かせください。
シリーズ全体が有機的で、単にひとつのコンサートの1部分を受け持つのではない、大きなオブジェの創作に関わる感覚があります。楽しみにしています!
ダネル弦楽四重奏団 with 外山啓介
第2弾として6月10日に登場するのはダネル弦楽四重奏団。1991年にベルギーで結成されたので、30年以上のキャリアを誇る団体。古典から現代曲まで幅広いレパートリーを持つのが特徴だが、特にショスタコーヴィチやヴァインベルクの録音などで注目されてきた。2023年からはロンドンの室内楽の中心地(あるいはヨーロッパの室内楽の中心地とも言える)ウィグモアホールのレジデント・カルテットとしても活動している実力派だ。プロコフィエフ、ヴァインベルクの弦楽四重奏曲に続き、外山啓介をピアノに迎えたショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲 ト短調が取り上げられる。そもそもショスタコーヴィチの解釈に定評のあるダネルに加え、ベートーヴェンやロシアものの演奏で評価の高い外山が加わったショスタコーヴィチの演奏は、全5楽章から構成される独特な静謐さを持つこの傑作の新たな魅力を教えてくれるだろう。こうした重量感のあるプログラムは日本ではなかなかお目にかかれないもの。
外山啓介からのメッセージ
①共演する作品について、どんなところに魅力を感じますか?
ショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲は、シンプルさのなかに情熱と気品があふれた作品だと感じています。ショスタコーヴィチの心の内が語られているように聞こえてくるような、魅力的な音楽です。②共演する弦楽四重奏団について、どんな印象を持っていますか?
たくさんの録音を聴かせていただきましたが、ダネル弦楽四重奏団の美しく立体的で、壮大な響きに心を奪われました。③ 『チェンバーミュージック・ガーデン』への意気込みをお聞かせください。
ダネル弦楽四重奏団の皆さまと、憧れの『チェンバーミュージック・ガーデン』で演奏させていただくことを心から幸せに思います。この作品を演奏することも初めてなので、今からとても楽しみです!
エルサレム弦楽四重奏団 with 小菅優
第3弾は6月14日で、エルサレム弦楽四重奏団が登場する。2021年の『チェンバーミュージック・ガーデン』において「ベートーヴェン・サイクル」に登場し、その実力を余すところなく表現した。彼らはメンデルスゾーン、パウル・ベン=ハイム、ドヴォルザークというプログラミング。イスラエルの作曲家ベン=ハイム(1897〜1984)の弦楽四重奏曲は聴くチャンスがほとんどないが、ドイツ生まれで、一時期ブルーノ・ワルターとハンス・クナッパーツブッシュのアシスタントとして活動していたこともある作曲家である。そして<with>はピアノの小菅優。斬新な視点のリサイタルを展開するなど、話題を集める彼女がドヴォルザークのピアノ五重奏曲第2番で共演する。室内楽の名作のひとつだが、共演するカルテットとピアニストによって、その音楽の色彩感も熱量も大きく変化するのがドヴォルザークの魅力。今回はどんな色の花が咲くのか、演奏が待ち遠しい。
小菅優からのメッセージ
①共演する作品について、どんなところに魅力を感じますか?
ドヴォルザークのピアノ五重奏曲第2番はロマン派の代表的な作品ですが、その繊細な抒情性と民俗的なダンスのコンビネーションと共に、懐かしさや憧れの感情にあふれる素朴さが心に響くところだと思います。②共演する弦楽四重奏団について、どんな印象を持っていますか?
ヴィオラ奏者のオリ・カムとリサイタルをしたことがあり、何度も彼らのコンサートに足を運んでおりますが、エルサレム弦楽四重奏団との共演は今回初めてになります。公演を聴くたびに、そう、このような音楽をしたい! と心から思い、今回の共演が楽しみでなりません。一人ひとりが素晴らしい奏者でありながら、音楽が彼らの言葉のようにコミュニケーションをとり、各声部が自然に語り合っていて、その上で全体のハーモニーや色彩が作れる、最高のカルテットだと思います。③ 『チェンバーミュージック・ガーデン』への意気込みをお聞かせください。
『チェンバーミュージック・ガーデン』はサントリーホール ブルーローズの、素晴らしい音響と室内楽に適した家族的な雰囲気のなか、お客様の熱い集中力に囲まれる特別な場所だと感じています。そこで今回どんな親密な室内楽をお客様と共有できるのか、とてもワクワクしています。
公演情報
サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)
会場:サントリーホール ブルーローズ(小ホール)
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/chamber2024/
◆カルテット with… I
2024年6月7日(金) 19:00
ヴォーチェ弦楽四重奏団
波多野睦美(メゾ・ソプラノ)
ドビュッシー:弦楽四重奏曲 ト短調 作品10
バルメール:《風に舞う断片》[日本初演]
ドビュッシー(バルメール 編曲):《抒情的散文》より(ソプラノと弦楽四重奏用編曲)[日本初演]
ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調
◆カルテット with… Ⅱ
2024年6月10日(月) 19:00
ダネル弦楽四重奏団
外山啓介(ピアノ)
プロコフィエフ:弦楽四重奏曲第2番 ヘ長調 作品92
ヴァインベルク:弦楽四重奏曲第6番 ホ短調 作品35
ショスタコーヴィチ:ピアノ五重奏曲 ト短調 作品57
◆カルテット with… Ⅲ
2024年6月14日(金) 19:00
エルサレム弦楽四重奏団
小菅優(ピアノ)
メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第1番 変ホ長調 作品12
ベン゠ハイム:弦楽四重奏曲第1番 作品21
ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲第2番 イ長調 作品81
料金(3公演とも):指定席5,000円 サイドビュー席3,500円 U25席1,000円
公演詳細:
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/article/detail/001345.html
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