布施砂丘彦が考える批評とは?
『箕面おんがく批評塾』体験記

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布施砂丘彦が考える批評とは?

『箕面おんがく批評塾』体験記

text by 原典子

皆さんは「批評」と聞いてどのようなものをイメージするだろうか? 国語辞典には「物事の長短・優劣などを指摘して評価を述べること」とある。たとえば音楽評論家が不出来な演奏をぶった斬る行為は、一般的には批評と呼ばれるのかもしれない。けれど、それだけが批評だとしたら少々もったいない気がする。

気鋭の音楽批評家、布施砂丘彦による『箕面おんがく批評塾』は、そんな「批評とはなにか?」という問いに正面から向き合う講座だ。箕面市立メイプルホール(大阪府)が企画する《身近なホールのクラシック》シリーズの一環として、2023年度に全8回の講座が開かれ、2024年度も「シーズン2」の開講が決まっている。今回は、このユニークな批評塾の見学レポートをお届けしたい。

演奏、執筆、企画、すべてに必要なプロセス

その前にまず、塾長の布施砂丘彦とはどのような人物かをあらためてご紹介しよう。1996年生まれ。東京藝術大学でコントラバスを学び、卒業後はフリーランスのコントラバス奏者として活動していた。だがその矢先、2020年からのパンデミックにより演奏活動はすべてストップ。そこではじめて“音楽の在り方”について考えるようになり、人生ではじめて文章を書き、柴田南雄音楽評論賞に応募。時評「音楽の態度」で奨励賞を受賞した。

以後は朝日新聞や『レコード芸術』など各種メディアに寄稿し、並行してコントラバス奏者としても活躍。さらにコンサートの企画制作にも取り組み、2021年に音楽団体『ミヒャエル・ハイドン・プロジェクト』を設立、2022年には音楽祭『箱根おんがくの森』を立ち上げた。2023年8月に北千住BUoYで開催された布施プロデュースによる『忘れちまったかなしみに』は、“音楽の在り方”を問いかける公演だったのも記憶に新しい。

このように多岐にわたる領域で活動している布施にとって、決して音楽についての文章を書くことだけが批評ではない。『箕面おんがく批評塾』において彼がいう批評とは「対象の価値を吟味し、検討すること」であり、それは演奏、執筆、企画、すべての活動において必要なプロセスである。そのうえで、「批評の目的は、解説や論破ではなく、新たな価値の創造にある」と説く。

自分だけが体験する滝道の音楽

2023年度の『箕面おんがく批評塾』では、上記の基本を踏まえ、西洋音楽やコントラバスついて布施が批評的な視点から歴史を紐解いたり、受講生が公演の評論文を執筆する講座などが開かれた。筆者が見学した10月28日(土)は第6回目にあたり、箕面大滝でのフィールドワークを通して、受講生みずからが「作品を作る」という、ひとつのハイライトとなる回であった。

箕面駅前から山に向かう道を入って40分ほど歩いたところに箕面大滝という観光名所がある。この滝に至る道は「滝道」と呼ばれ、崖下に流れる清流に沿って、豊かな自然の風景を楽しみながら散策できるコースになっている。批評塾のフィールドワーク「滝道の音楽」では、イヤホンをした片方の耳から音楽を聴き、イヤホンをしていない片方の耳からは自然の音を聴く。そして、自分だけが体験する音楽の交わりの中から、何を感じ取るかを文章にするという内容である。

歩きながら聴く音楽は、あらかじめ受講生それぞれが選曲し、プレイリストにまとめられている。

プレイリストの楽曲(一部)

ケージ:トイピアノのための組曲
J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番、第5番
武満徹:エア
バルトーク:《弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽》より第1楽章
ライヒ:18人の音楽家のための音楽
シューベルト:《即興曲集》作品90より第2番、第3番
ヴィヴァルディ:協奏曲集《四季》より「秋」
藤枝守:植物文様
モリコーネ:ガブリエルのオーボエ
ベートーヴェン:交響曲第6番《田園》より第1楽章
ブルックナー:交響曲第8番

滝に向かう往路では、右側に川が流れているので、左耳にイヤホンをして音楽を聴き、右耳で自然の音を聴きながら滝道を登っていく。川のせせらぎ、鳥の声、滝道を歩く人々の話し声、土産物屋の売り子の声、自分の服が擦れる音、砂利道を踏む音……右耳からはあらゆる音が聞こえてきて、左耳から聞こえてくる音楽とマッチしたり、しなかったりする。

「今回のフィールドワークのポイントは、今、聞こえる音に集中するということ。片耳から流れる音楽と自然の音との交わりを聴くのはあなたただひとりであり、そして、まったく同じものは2度と再現できません。耳と心をひらき、フラットにして、音楽を探しましょう」と布施は語る。

そして、「感じたことを一人称で書きましょう。知らない人にでも分かるように、そして読んで面白いものに。字数は800字程度です」というのが受講生に出された宿題だ。ためしに筆者も書いてみた。

私はこの日、『AMBIENT KYOTO』で開催されていたインスタレーション「坂本龍一+高谷史郎 async – immersion 2023」を観てから『箕面おんがく批評塾』のフィールドワークに参加した。かたや京都新聞地下の巨大な印刷機のあった空間、かたや箕面の滝道という舞台こそ違えど、どちらも自然の風景と音楽が織りなすコラボレーションという点において、共通したテーマ性を意識しながら過ごした一日だった。

イヤホンを片耳につけながら滝道を歩いて、まず感じたことは視覚と聴覚の密接な結びつきである。たとえば、ライヒを聴いているときと、シューベルトを聴いているときとでは、同じ風景でも見え方がまったく異なる。コンテンポラリーな音楽を通して見る風景は現代アートのように見えるし、ロマン派の音楽を通して見る風景は額縁に入った西洋絵画のように見える。脳内で勝手に音楽のビデオクリップが制作されていく感じといったらいいだろうか。

それはつまり、いかに自分が「こういう音楽にはこういう絵」というステレオタイプに縛られているかということの証でもある。布施塾長は「耳と心をフラットにして音楽を探しましょう」とおっしゃったけれど、これまでの人生で蓄積されたステレオタイプに浸された目と耳は、そうそう簡単にはフラットにできないことを痛感した。

しかし同時に、この脳内イメージが意外な発見をもたらすこともあった。ブルックナーの交響曲第8番を聴きながら森の中を歩いていると、それまで自分には縁遠く感じられていた音楽が、ぐっと身近に、すんなり受け入れられるようになったのだ。青空に向かってまっすぐ伸びていく杉の木々、岩場で水しぶきをあげながら下っていく渓流、森の絨毯のように茂ったシダ類……ブルックナーの時代の人々が見ていたのも、こういう自然の風景だった。そう思うと、コンサートホールでブルックナーを聴くより、森の中で聴いた方が、音楽の解像度が上がるように感じられた。これからも、さまざまな音楽を森の中で聴いてみたい。

自分なりに“批評”を入れて書いてみたつもりだが、いかがだろうか。みずからの体験に批評を入れて、新たな作品や視点を生み出すこと。『箕面おんがく批評塾』における学びの主眼はそこにあり、このような批評術を身につければ、日ごろの体験が豊かなものになっていくことだろう。

箕面おんがく批評塾 シーズン2

塾長:布施砂丘彦
各日時間:14:00〜16:30
会場:箕面市立西南生涯学習センター ホール

2024年度
第1回 6月29日(土)「音楽」を批評する なぜ”おんがく”なのか
第2回 7月27日(土) 「歴史」を批評する 音楽における作り手は誰か
第3回 9月28日(土) 音楽批評の実践1 一緒に考える
第4回 10月27日(日) 音楽批評の実践2 ひとりで考える
第5回 11月23日(土) 音楽批評の実践3 フィールドワーク「箕面の滝道」
第6回 12月21日(土) 「演奏」と「聴取」を批評する 実証主義を超えた古楽の可能性
第7回 2025年1月26日(日) 「音楽」を批評する 音楽とは何か
第8回 2025年3月29日(土) 再演企画「いつ明けるともしれない夜また夜を」大阪ver.を批評する

4月3日(水)より受付
受講料(全8回):一般4,000円 大学生2,000円

箕面市メイプル文化財団Webページ:https://minoh-bunka.com

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