笙演奏家・作曲家、東野珠実と
盲目の彫刻家、三輪途道によるコラボレーション
『ミル・キク・アソブ 星筐 in 中之条ビエンナーレ』

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笙演奏家・作曲家、東野珠実と

盲目の彫刻家、三輪途道によるコラボレーション

『ミル・キク・アソブ 星筐 in 中之条ビエンナーレ』

text by 原典子
cover photo by Masaru Hitomi/提供:中之条ビエンナーレ

ミル・キク・アソブ 星筐 in 中之条ビエンナーレ
2023年9月17日(日)・18日(月・祝)
中之条ツインプラザ 交流ホール

9月17日(日)13:30〜/15:00〜
【星筐 ~ひびきとかたちのピクニック~】
インスタレーション型立体音響体験ワークショップ

9月18日(月・祝) 13:30 ~15:00
【星筐 ~ひびきのかたち・かたちのひびき~】
鑑賞型立体音響体験コンサート

東野珠実(作曲/笙)、伊勢友一(打楽器)、檜垣智也(アクースモニウム)、矢坂健司(プログラミング)

群馬県中之条町で隔年開催されている国際現代芸術祭『中之条ビエンナーレ』。第9回を迎える2023年は、9月9日からの1ヶ月間、雄大な山々に囲まれた温泉街や木造校舎など44会場を舞台に、100組を超えるアーティストが参加して開催された。その一環として、笙演奏家・作曲家の東野珠実による『ミル・キク・アソブ 星筐 in 中之条ビエンナーレ』と題されたワークショップ&コンサートが、9月17日と18日に中之条ツインプラザ 交流ホールにて行なわれた。ここでは、その模様をレポートする。

東野が主宰する「星筐の会」は、“こころの筐(かたみ=籠)に星をあつめて”というコンセプトのもと、世界最古のオーケストラである雅楽から現代音楽、正倉院の復元楽器からAI、神社から宇宙開発の拠点として知られる種子島の洞窟まで、時空を超えたマルチメディア・プロジェクトの数々を展開してきた。今回は盲目の彫刻家、三輪途道の造形作品と立体音響による、“触れる”をテーマにしたコラボレーションである。

アイマスクをして立体音響空間へ

まず1日目は『星筐 〜ひびきとかたちのピクニック〜 インスタレーション型立体音響体験ワークショップ』。椅子を取り払った多目的ホールには、多数のスピーカーによる立体音響システムが組み上げられ、3箇所の打楽器セット、三輪途道の造形作品が配置されている。前半は、鑑賞者がこの空間を自由に歩き回って、音と形に触れるという趣向である。

今回のプロジェクトは、視覚障害者の芸術活動を支援することを目的に、三輪が核となって立ち上げた一般社団法人メノキが主催ということで、視覚障害を持つ人も多く来場していた。彼らはガイドヘルパーと2人1組で会場に入る。そしてここでは視覚障害を持たない人もアイマスクをして、ガイドヘルパー役と2人1組を作り、“見えない”状態を体験してもらう。

会場に足を踏み入れると、やや照明を落とした薄暗い空間で、大小さまざまなスピーカーが奏でる不思議な響きに迎えられる。檜垣智也によるアクースモニウムのための作品《Aural Sphere(聴覚の世界)》である。アクースモニウムとは「スピーカーのオーケストラ」とも呼ばれるスピーカーの集合体で、電子音楽を演奏する装置のこと。大きさ、音圧、音色の異なるスピーカーを、ミキサー上のフェーダーで操作して合奏させることで、ひとつの音響空間を作り出す。

こうした立体音響の空間では、演奏者が舞台に立って音を出す通常のコンサートとは違い、あらゆる方向から音が聞こえてくる。視覚障害を持つ人たちからは「正面はどっち?」という声が聞こえてきたが、彼らはつねに音の聞こえてくる方向を意識して動いているのだろう。筆者もアイマスクをしてみたが、あちこちから聞こえてくる音に方向感覚を完全に失い、数歩を踏み出すのもやっとだった。

音の振動で震える響き猫たち

しかし次に東野が登場し、自作の《星筐IV_9》を演奏しはじめる頃には、アイマスクをした状態にも慣れ、だんだんと暗闇のピクニックを楽しめるようになってくる。三輪の作品は実際に手で触れて鑑賞することができ、ごつごつした手触りと丸い形から「これはおせんべい?」と当ててみたり、会場を歩き回ってスピーカーごとに異なる響きを楽しんだり。

photo by Masaru Hitomi/提供:中之条ビエンナーレ

なにより驚いたのは、アイマスクをしていると視覚以外の感覚が鋭敏になり、音が実体をともなって感じられたこと。背後のスピーカーから音の気配を感じ、まるで背中を撫でられたかのような生身の感触さえおぼえる。まさに音に“触れる”体験だった。

《星筐IV_9》は、演奏する日時の星の配置を示す星図に五線譜を重ね、大小の星々が音符として浮かぶよう作譜されている。星空を眺めては、そこに特別な意図を読み取っていた古来の人々に想いを馳せた、東野らしい遊び心に満ちた作品である。東野が奏でる笙の音とアクースモニウムの響きが一体となり、そのなかを伊勢友一が打楽器を演奏しながら会場内を回遊する。ゲストとして参加した菅生千穂のクラリネットの音色も重なり、その日、そのとき、その場所にしかないセッションが繰り広げられた。

前半の最後には、さらなるサプライズが。「響き猫」たちの登場である。群馬の特産品として高崎だるまが有名だが、それと富岡製糸場で知られる養蚕の文化を合わせて、地元出身の三輪が「蚕神猫だるま」という愛らしいオブジェを製作した。今回はこの猫だるまにスピーカーを仕込み、音の振動で震える響き猫として新たな生命を吹き込んだのである。

矢坂健司によって音響プログラミングを施された猫たちは、一匹ずつ異なる音を発し、身体を震わせる。個性豊かな表情と相まって本物の猫のようで、会場の人たちは愛おしそうに響き猫たちに手を触れ、音の手触りを楽しんでいた。

響き猫の紹介
https://hoshigatami.com/nakanojo-biennale/object/

作る喜びをともに感じるワークショップ

休憩をはさんで後半は、アイマスクを外し、好きな場所に座って聴くスタイルでのコンサート&ワークショップ。東野の笙による雅楽古典曲《平調調子》からスタートした。「調子」とは五行思想に基づき季節、方位、色を表わす音楽で、雅楽上演の際には最初に演奏される。今回は秋のしらべである「平調(ひょうじょう)」が選ばれた。

続いて、伊勢による打楽器独奏では、ジャンベ(アフリカの打楽器)からあらゆる音色とリズムを繰り出すパフォーマンスに一同釘付け。菅生がクラリネット独奏で秋にちなんだ童謡のメロディを奏でると、会場の空気がふわっとリラックスした。

次からはワークショップで、会場にいる全員に手作り楽器(ペットボトルにビーズを入れて作った打楽器、2本の竹を打ち鳴らして音を出す打楽器)が配布された。東野が「秋の音を自由に出してみてください」と言うと、口笛で虫の声を真似したり、息で風の音を表わしたり、楽器を擦り合わせてノイズを出したり、思いおもいに奏でられた秋の音が聞こえてくる。

photo by Masaru Hitomi/提供:中之条ビエンナーレ

東野がこの公演のために作曲した《ミル キク アソブ》は、東野と会場の歌声とのコール&レスポンスで作られていく作品。「ミル ミル ミル」と東野がシンプルなメロディで歌うと、皆が同じメロディを繰り返す。次に「キク キク キク」と東野が歌い、続いて皆は「キク キク キク」と歌ってもいいし、「ミル ミル ミル」に留まって歌ってもいい。こうして声が重なっていき、ミニマル・ミュージックのようなリズムと響きが生まれる。

そして最後は朗読音楽《みえなくなったちょうこくか》。三輪の半生を描いた同名絵本(文・立木寛子/メノキ書房)を、東野が朗読音楽に仕立てた作品である。木彫の作家として活動していた三輪は、目の病気で視力を失い、一度は創作から離れてしまった。けれどある日、粘土で身の回りのものを作ってみたら、“作る喜び”が湧き上がってきた。「みえなくなった けれど あたしはあたし あたしは ちょうこくか」。東野みずからが朗読する声は、同級生としてともに育った三輪への共感に満ちている。

朗読のサウンドトラックとして、伊勢の合図に合わせて会場の皆が手作り楽器を鳴らす。ふたたび《ミル キク アソブ》の合唱をして、1日目のプログラムは終了となった。

photo by Masaru Hitomi/提供:中之条ビエンナーレ

理想的な環境で体験するアクースモニウム

2日目は『星筐 〜ひびきのかたち・かたちのひびき〜 鑑賞型立体音響体験コンサート』。1日目のワークショップとは違い、会場に座席を設置し、座って聴くコンサートである。

はじめは東野がひとり登場し、みずから編曲を手がけた《越天楽幻想》で開演を告げる。雅楽古典でもっともよく知られる《越天楽》の旋律と、秋の風情を伝える《平調調子》をミックスして展開する演奏に、会場の空気がすっと落ち着く。いつ聴いても笙の音は、吸い寄せられるような磁力を宿している。

photo by Masaru Hitomi/提供:中之条ビエンナーレ

続く《星筐IV_9》は1日目にも演奏されたが、2日目は伊勢のマルチパーカッション独奏で。3箇所の打楽器セット(それぞれ木質系・金属系・膜質系からなる)と客席の間を移動しながら9月18日現在の星空を描いていく。会場にあった巨大な桶胴太鼓まで使ったパフォーマンスは、まさに一期一会だ。

photo by Masaru Hitomi/提供:中之条ビエンナーレ

檜垣によるアクースモニウムのための作品《Aural Sphere》も、1日目にアイマスクをつけて会場を歩き回りながら聴いたのと、2日目に座って聴いたのとではずいぶん印象が異なる。竹をパーカッシヴに用いた前半と、竹からできた笙の持続音を用いた後半が、対照的な聴取体験をもたらしてくれる作品。なお、ここで使われている竹の音は、本イベントに先立って8月に前橋で開催された視覚障害者を支援する活動を広める『まゆだまネットフェスタ2023』のワークショップで録音した音から採られているとのこと。

前半のラストには、武満徹の《四季 Seasons》。この作品は、1970年の大阪万国博覧会鉄鋼館に設置されたフランソワ・バシェ制作の金属製楽器彫刻と電気音響システムのための音楽として作曲されたものだが、東野はAIを用いてこの作品に新たな光を当てた。武満の手によって書かれた図形楽譜を、矢坂がすべて数値に落とし込み、AIプログラミングによって再現したのである。この「AI Version」の試みは、2019年11月に六本木の21_21 DESIGN SIGHTにて開催された『星筐~循環する四季の庭』にて初披露されたが、今回は笙とAIに伊勢のパーカッション、檜垣のアクースモニウムを加えての再演となった。_

立ちのぼる《四季 Seasons》の前衛

photo by Masaru Hitomi/提供:中之条ビエンナーレ

……と、こう書くといかにも「現代音楽」作品の説明という感じだが、実際にこの会場で《四季 Seasons》を聴いた聴衆の反応は、我々がまったく予想だにしないものだった。《四季 Seasons》には、「暦や気象情報などを言葉を使って伝える」といった指示がある。そこで伊勢が「北北西の風」という言葉を発したり、東野がその日の気象情報を読み上げたりした。すると筆者の近くに座っていた白い杖を持つ男性が大きな声で笑ったのである。テープによる音声が流れたときも、会場のあちこちからさざめきが起こった。

考えてみたら、彼らの反応はごく自然なものだろう。コンサートを聴きに来たと思ったら、奏者がいきなり真剣な顔で気象情報を読み上げはじめたのだから。シュールで滑稽な光景に映ったに違いない。しかし、こういったフレッシュな反応は、東京の現代音楽の公演ではまず見ることはない。東京の聴衆は「ハプニング」に慣れてしまっているのだ。そういう意味で、武満が《四季 Seasons》を書いた1970年代における「前衛」が、そのまま立ちのぼってきたように感じた瞬間だった。

photo by Masaru Hitomi/提供:中之条ビエンナーレ

後半のはじまりは、東野が藤倉大に委嘱した《Obi for Sho and Electronics》。この作品を最高の音響空間で聴くことができた。そして最後は1日目と同じく、東野による《ミル キク アソブ》と朗読音楽《みえなくなったちょうこくか》で三輪とのコラボレーションに立ち戻る。東野と聴衆のコール&レスポンスは、1日目よりもパワーアップし、表現する喜びに満ちていた。

さまざまな要素を盛り込んだイベントだったが、企画やパフォーマンスのクオリティはもちろんのこと、そこに集った聴衆との出会いがひときわ印象的だった。首都圏以外の地域で芸術活動を行なう意義をあらためて感じた2日間の体験を、今後もさまざまな場面で思い返すことだろう。

photo by Masaru Hitomi/提供:中之条ビエンナーレ

『ミル・キク・アソブ 星筐 in 中之条ビエンナーレ』Webサイト
*音声読み上げソフト対応プログラムノート
https://hoshigatami.com/nakanojo-biennale/

星筐の会 Webサイト
https://hoshigatami.com

東野珠実 Webサイト
https://shoroom.com

一般社団法人メノキ Webサイト
https://menoki.org/

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