マリア・シュナイダー降臨!
挾間美帆と小室敬幸が語るシンフォニック・ジャズと
『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』への期待【後編】
text by 小室敬幸
cover photo ©Briene Lermitte Schneider
現代ジャズの最高峰ともいえる存在、マリア・シュナイダーの魅力を挾間美帆と小室敬幸が語り合う対談。後編は、その音楽性と作風の変遷に深く迫りつつ、『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』への期待を聞いた。
マリア・シュナイダーと日本の学生ビッグバンド
小室 では『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』のプログラムを見ていきましょう。前半にラージ・アンサンブル(ビッグバンド)、後半にクラシックの室内オーケストラをマリア・シュナイダー自身が指揮するというのが贅沢極まりないですね!
挾間 マリア自身にとっても、一晩で両方を指揮するのは初めてだそうです。前半には池本茂貴さん率いるラージ・アンサンブル、isles(アイルス)をマリアが指揮して、これまでリリースした様々なアルバムから〈Wyrgly(ワーグリー)〉〈Journey Home〉〈Sky Blue〉〈Dance You Monster to My Soft Song〉を聴かせてくれます。この選曲は池本さんの希望も踏まえた上で、マリア自身が先導して決めてくれました。〈Wyrgly〉はマリアのデビュー・アルバム『Evanescence』(1994)の1曲目に収録されていて、あるモンスターを音楽で描いたとのことなんですが、オープニングの衝撃って普通じゃない! あれはマイケル・ブレッカー(1949〜2007)のEWI(イーウィー/木管楽器型のシンセサイザー)のようなサウンドにしたかったと語っていました。
小室 アコースティックな編成なのに不思議な音がするのは、エレクトリックなサウンドを意識していたからなんですか! オールドスタイルなビッグバンドのイメージを頭からぶち壊そうとしてますよね(笑)。
挾間 今聴いても攻めすぎですし、しかも後半になるとギターのソロが活躍するんですよ! 冒頭の時点でこんな展開、誰が予想できますか! って感じです(笑)。このギターもジミ・ヘンドリックスが好きだったギル・エヴァンスからの影響なんだと思います。マリアはギル・エヴァンスから「自分のバンドを持ちなさい」と言い続けられ、自分のグループがないと結局自分らしい音は表現できないということを彼から学んだそうですよ。
小室 トロンボーン奏者である池本さんは学生ビッグバンドの名門である慶應義塾大学のライトミュージックソサイェティのコンサートマスターを務め、2015〜17年のYAMANO BIG BAND JAZZ CONTESTで3連覇。学生時代からマリア・シュナイダーや挾間さんの楽曲を演奏していた世代です。それこそマリア・シュナイダー・オーケストラが来日した7年前、ブルーノート東京で5日間、10公演あったわけですけど、連日満員になっていたのは学生ビッグバンドの現役生や卒業生たちが押しかけていたからでした。
挾間 10ステージ制覇して、全部聴いた人もいたようです。その人は当時まだ学生あがりだったので、1ヶ月の収入より高くついたって言ってた(笑)。しかもマリアやオーケストラのメンバーにとっても日本でのライヴは忘れられないらしくて。というのもMCで次の曲名を紹介しただけで歓声があがるのは、日本が初めてだったんですって(笑)。自分たちの音楽が愛されているんだと実感できると、ミュージシャンたちはいつもより良い演奏をしちゃうんだと言っていました。メンバー皆さんにとって特別な思い出になっているみたいです。
小室 そもそも、いつ頃からどのようなきっかけで、日本の学生ビッグバンドでマリア・シュナイダーの音楽が演奏されるようになったのでしょう?
挾間 慶応義塾大学のビッグバンドサークル、ライトミュージックソサイェティが十八番にしていたのは大きかったと思います。彼らはジャズ専門CDショップに足しげく通い、デビューしたてのマリアの作品も含め新しいラージ・アンサンブルの作品を発掘してはどんどん演奏していました。あと、マリアは2001年に誕生したartistShare(クラウドファンディングの先駆けとなったアーティストの資金調達をするWEBサイト)の共同設立者のひとりだったので、お金を出せば日本からでも楽譜が手に入ったんですよ。それも大きかったのかな?
小室 今、挾間さんも英語のWEBサイトではご自身の楽譜をPDFで販売してますし、そういうことをしている作曲家がめちゃくちゃ増えましたけど、その先駆けでもあったわけですね。
ダークサイドのマリアが戻ってきた!
小室 後半は二管編成の室内オーケストラなので、まさにシンフォニック・ジャズということになります。
挾間 こちらはまず、オリジナルのラージ・アンサンブルから私がオーケストラに編曲した〈Hang Gliding〉(アルバム『Allégresse』(2000)に収録)と〈Sanzenin〉を演奏します。アルバム『Data Lords』(2020)の楽曲は日本でまだ演奏されていないと、マリア自身が何度も言っていたので、2017年の来日時にマリアが訪れた京都にある天台宗のお寺“大原三千院”を題材にした〈Sanzenin(三千院)〉を選んだんです。
小室 現状、『Data Lords』がマリア・シュナイダーの最新作ですが、時代ごとに作風がかなりけっこう変わっていますよね? デビュー盤は1994年の『Evanescence』ですが、2000年の『Days of Wine and Roses – Live at the Jazz Standard』には最初期の楽曲がアレンジして収録されていて、伝統的なビッグバンドに近いサウンドも聴けたりします。そうした1980年代の作品から2020年の『Data Lords』まで、時代ごとにどんな特徴があるのでしょう?
挾間 それについてはマリアが自分で明言していて、初期はギル・エヴァンスとボブ・ブルックマイヤー(1929〜2011/サド・ジョーンズ&メル・ルイス・ジャズ・オーケストラの音楽監督などを務めたトロンボーン奏者で作編曲家)などの影響をがっつり受けていて、ダークで緊張感の高い音楽を書いていたイケイケゴーゴーな時代(笑)。そこから徐々に“自然”にフォーカスした柔らかくて牧歌的な音楽が増えていき、その時期がけっこう長く続きました。ところがデヴィッド・ボウイ(1947〜2016)の遺作となったアルバム『★(ブラックスター)』(2016)に参加したことをきっかけにマリアの作風がガラッと変わり、再び“ダークサイド”へと回帰します。
小室 それで生まれたのがCD2枚組の『Data Lords』でしたね。1枚目が「The Digital World」と題されていて、最後は音楽が崩壊……というか溶解していって悲劇的な結末を迎えるので、まさにダークサイド! でも〈Sanzenin〉が収録された2枚目の「Our Natural World」の方は、そのタイトルの通りに“自然”をテーマにしていて、『Winter Morning Walks』(2013)の楽曲を2つアレンジして再収録しています。自然が題材とはいえ〈Stone Song〉のようなマリア・シュナイダーとしてはかなり新しい、尖った曲もありますけど(笑)。
挾間 いちファンとしては彼女のダークサイドの音楽が凄く好きなので、そこに戻られたのが興味深いですし、楽しみでもあります。私がマリアの音楽で一番惹かれるのは、ギル・エヴァンスやボブ・ブルックマイヤー仕込みのすっごく繊細な楽譜の書き方をしているのに、恐れを知らないんじゃないかってぐらい大胆で、とてつもないエネルギーが感じられるところなんです。その対比に惹かれてしまいます。
小室 そもそもマリア・シュナイダーは、どんな風に作曲しているんでしょう?
挾間 私の場合は、楽器が決まっていないと曲がつくれないタイプなんですけど、マリアに聴いたら彼女の場合は全く違っていて。そもそも作曲のきっかけとなる音像が楽器じゃないことが多いらしいんですよ。例えば鳥の鳴き声や求愛のダンスだったり、モールス信号だったりをどうやったら自分のオーケストラで実現できるのかを考え、音楽的に成り立つようにするんだって言っていましたね。それが彼女にとっての作曲であり、仕事なんですね。
ブラジル音楽を感じさせるシンフォニック・ジャズ
小室 そしてコンサートの最後に控えているのが《カルロス・ドゥルモン・ヂ・アンドラーヂ・ストリーズ Carlos Drummond de Andrade Stories》という歌曲集です。アメリカの詩人マーク・ストランド(1934〜2014)が英訳した20世紀ブラジルを代表する詩人カルロス・ドゥルモン・ヂ・アンドラーヂ(1902〜87)の詩が歌詞になっています。
挾間 カーネギーホールでのニューヨーク初演(2011年5月)を聴きに行ったのですが、本当に名作なんです! もっと再演されるべきだと思っていたので、今回実現できて嬉しいですね。
小室 セントポール室内管弦楽団で2007年から3年間、アーティスティック・パートナーシップを結んでいたソプラノ歌手のドーン・アップショウ(1960〜 )がマリア・シュナイダーとのコラボレーションを望んだことで、このオーケストラが委嘱して生まれた作品なのだそうですね。ちなみにドーン・アップショウは親しい作曲家のオスバルド・ゴリホフから勧められてマリア・シュナイダーを知ったとのこと。
挾間 マリアはもともとミネソタ大学とイーストマン音楽院の大学院でクラシックの作曲を学んでいたんですが、当時を振り返って「セリエリスム(音列主義)と12音技法の時代だったのでクラシカルな旋律は書けず、それが不満で仕方なかった」と語っていました。それが彼女にとって長年のトラウマになっていて、クラシック音楽が好きだったにもかかわらず、近づきたくないと思い続けていたのだと……。周りの人たちに、クラシックの世界も今は変わったと説得されて作曲したそうです。
小室 ヨーロッパやアメリカだけでなく、日本も含めてそういう窮屈な時代が確かにありましたよね。でもアメリカのクラシック音楽は明らかに変わりつつあって、グラミー賞のクラシック音楽関連の部門やピューリッツァー賞の音楽部門で、ジャズに関連する作品が選ばれることも珍しくなくなってきました。このあたりの詳しい話は最近、挾間さんと別の対談(https://ebravo.jp/archives/163869)で、したばかりでしたね(笑)。まさに《カルロス・ドゥルモン・ヂ・アンドラーヂ・ストリーズ》が収録されたアルバム『Winter Morning Walks』(2013)は2014年にグラミー賞の最優秀現代音楽作品部門を獲得しています。
挾間 アルバム・タイトルにもなっている歌曲集《ウィンター・モーニング・ウォークス》もドーン・アップショウのための作品ですけど、ジャズ・ミュージシャンが3人加わるんですよ。一方、先に作曲された《カルロス・ドゥルモン・ヂ・アンドラーヂ・ストリーズ》は即興なしで演奏できる作品です。ブラジルの詩が選ばれていますけど、マリアは1990年代に訪れてからブラジルの音楽に長年感銘を受けているんですよ。〈Hang Gliding〉もブラジルの空を飛んだ経験を音楽にした曲です(笑)。アルバム『Concert in the Garden』(2004)にはブラジルのショーロに影響を受けたその名も〈Choro Dançado〉が収録されています。《カルロス・ドゥルモン・ヂ・アンドラーヂ・ストリーズ》の1曲目〈Prologue〉もショーロですね。そして、この作品を締めくくる第5曲はタンゴを意識したと言っていました。タンゴの抒情性のなかに潜む愛憎劇や皮肉が込められているそうです。それでいて心が清められるような透明感が素晴らしいんですよねえ……。
小室 その透明感を生み出しているオーケストレーションについてはいかがですか? 先ほどの話にもあったように、純粋なクラシックのオーケストラのために作曲したのは(学生時代の習作はあるかもしれませんが)初めてだったわけですよね。
挾間 書くのは苦労しなかったと言っていましたね。弦楽器の使い方はクラウス・オガーマンに影響を受けたような感じなんですけど、そこに重なる管楽器の書き方が非常に上手なんです。マリア・シュナイダー・オーケストラのサックス奏者は他の楽器への持ち替えが多くて、クラリネットやフルートは当たり前。アルトフルート、バスクラリネット、それどころかオーボエとイングリッシュホルンにもかつては持ち替えさせていましたからね! ダブルリード持ち替えはさすがに凄い(笑)。
小室 そうした経験をしていたから、クラシックのオーケストラも問題なく書けたわけですね。
挾間 しかも今までにクラシックのオーケストラからは聴いたことのないような響きになっているんですよ。サウンドの透明感が素晴らしくて、奥底まで全く濁っていないんだろうなってぐらいの清らかさには、本当に驚かされました……。彼女にとってホームグラウンドとはいえない編成にもかかわらずですよ。今までに聴いたことのないような美しさなので是非とも多くの方にお聴きいただきたいです。
小室 アントニオ・カルロス・ジョビンのボサノヴァをアレンジしていたクラウス・オガーマンや、エグベルト・ジスモンチ(1947〜 )といったブラジル音楽の系譜に連なる抒情的な哀愁も《カルロス・ドゥルモン・ヂ・アンドラーヂ・ストリーズ》の魅力ですよね。私の耳で聴くと、ブラジルを代表するクラシックの作曲家エイトル・ヴィラ=ロボスに通じる雰囲気も感じられますし、クラシックの声楽曲という視点でいえばアンドレ・プレヴィン(1929〜2019)とかジャン・カルロ・メノッティ(1911〜2007)といった作曲家によるアメリカの歌曲やオペラアリアとの共通性を見いだせます。第4曲〈Don’t Kill Yourself〉はスティーヴ・ライヒ(1936〜 )の《トリプル・カルテット》のハーモニーを想起させます。
挾間 クラシックのリスナーのなかにもアストル・ピアソラ(1921〜92)のファンって多いと思うんですけど、ピアソラがお好きな方にも薦めたいですね。あ、そうそう。今回の日本初演のためになんとクラシックの指揮のレッスンを受けるぐらい、マリア自身も気合が入っているみたいです(笑)。
公演情報
NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇
マリア・シュナイダー plays マリア・シュナイダー
2024年7月27日(土)17:00
東京芸術劇場 コンサートホール<プログラム>
作曲:マリア・シュナイダー
Carlos Drummond de Andrade Stories *日本初演
Hang Gliding(挾間美帆 編曲)
Dance You Monster to My Soft Song
Sky Blue
ほか<出演>
マリア・シュナイダー(指揮・作曲)
森谷真理(ソプラノ)特別編成チェンバー・オーケストラ
〔斎藤和志、石田彩子(フルート)/最上峰行、大植圭太郎(オーボエ)/中ヒデヒト(クラリネット)/石川晃、竹下未来菜(ファゴット)/谷あかね、豊田実加(ホルン)/東野匡訓、奥村晶(トランペット)/佐藤浩一(ピアノ)/マレー飛鳥、矢野晴子、石井智大、梶谷裕子、岩井真美、黒木薫、吉田篤、沖増菜摘、地行美穂、西原史織、銘苅麻野、杉山由紀(ヴァイオリン)/吉田篤貴、志賀恵子、角谷奈緒子、藤原歌花(ヴィオラ)/多井智紀、島津由美、ロビン・デュプイ、稲本有彩(チェロ)吉野弘志、一本茂樹(コントラバス)〕池本茂貴isles(ラージ・アンサンブル)
〔土井徳浩、デイビッド・ネグレテ、西口明宏、陸悠、宮木謙介(サクソフォン)/ジョー・モッター、広瀬未来、鈴木雄太郎、佐瀬悠輔(トランペット)/池本茂貴、高井天音、和田充弘、笹栗良太(トロンボーン)/海堀弘太(ピアノ)/小川晋平(ベース)/苗代尚寛(ギター)/小田桐和寛(ドラムス)/岡本健太(パーカッション)〕※挾間美帆は出演いたしません
<チケット>
S席8,500円 A席7,000円 B席5,500円
U25(S席)3,000円 高校生以下1,000円