クァルテットと朗読で描く宮沢賢治の世界
加古隆コンサートツアー2024
『銀河の旅びと〜宮沢賢治と私』
text by 片桐卓也
加古隆のことをどう紹介すれば良いだろう? 作曲家、ピアニスト、今風に言えばコンポーザー・ピアニストなどなど、いくらでも肩書きは出てきそうだけれど、実際の加古の活動はもっと豊かで幅広いような気もする。すでに留学中のパリでのピアニストとしてのデビューから50年が経過しているが、音楽への意欲は失われていない。2024年10月からは『加古隆コンサート/銀河の旅びと〜宮沢賢治と私』というタイトルで全国ツアーを展開する。第1部はピアノ・ソロ作品の演奏に加え、2010年からスタートしたクァルテット編成による〈パリは燃えているか〉などの自作を演奏。第2部には朗読も加えた「賢治から聴こえる音楽」が演奏される。そのコンサートの内容について聞いた。
(編注:名前「隆」は、正しくは旧字体。「生」の上に「一」が入ります)
四重奏で聴く〈パリは燃えているか〉
最近でも放送、再放送が続いているが、加古隆の音楽といえば『映像の世紀』(NHK)、特に〈パリは燃えているか〉をあげないわけにはいかないだろう。
「音楽というのはとても不思議でありがたいものですね。作曲家の名前を知らなくても、その音楽を聴いたことがある人はかなりたくさんいるわけです。特にテレビ放送された番組の音楽は聴き覚えがあるという方がたくさんいらっしゃる。だから、例えば地方都市へ行って誰かと出会ったときに、私はあの作品の音楽を書いていますと自己紹介すると、ああ、あの音楽を書いた人ですか、とすぐに反応してくださることが多いのです。そういう経験を重ねることができたという点でも、『映像の世紀』という番組の音楽を担当させてもらったことは、私にとって大きな出来事だったと思います」(加古隆、以下同)
大規模なオーケストラによる『映像の世紀コンサート』も開催されているが、自身が中心となったツアーではピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロという4人編成=クァルテットでの演奏を重ねている。
「すでに結成して10年以上経ちますので、それぞれの音楽性というのもよく掴めていますし、同じ映像のための音楽でも、実際にテレビで放送された印象と、オーケストラ・コンサートで聴く印象と、クァルテット編成で聴く印象は、それぞれ違ったものになると考えていますので、そうした違いも感じていただけると嬉しいです」
ピアノ・ソロの作品としては《水の前奏曲》より〈夜に〉などの作品も演奏されるので、ピアニストとしての加古の魅力も楽しめるコンサートになるだろう。
宮沢賢治との出逢い
第2部の「賢治から聴こえる音楽」は、明治から大正にかけて活躍した作家・詩人・教育者である宮沢賢治の数々の作品に音楽を付けたアルバム『KENJI』(1988年リリース)をもととして、賢治の「ことば」と「音楽」とが結晶してよみがえるステージである。そもそも加古と賢治の出会いはいつ頃だったのだろう?
「じつは、子供のころから宮沢賢治をたくさん読んでいたわけではなく、彼の作品に深い関心があったわけでもなかったのですが、イタリアのフィレンツェに滞在していたときに、偶然、手元に賢治の童話集があったのです。なんとなく手に取ってその一節を読むと、その言葉に急に魅き付けられました。うさぎが自然のいきいきとした草原の光のなかに飛び出し、生きている。その感覚が手に取るように実感できて、なんて素晴らしい作家なのだろうと思ったことがきっかけでした。その後、宮沢賢治の作品を読み続けていったのですが、彼の表現のなかには、とても音楽を想起させるものがたくさんあったのです。例えば“空がキーン、キーンと鳴る”とか。そういうものを音楽にしたらどうなるのだろうというのが出会いでしたね」
パリで活躍後、日本に帰国した当時は、いわゆる前衛的なクラシック曲の作曲だけでなく、フリー・ジャズなどのジャンルでも活躍していた加古。また演劇のための音楽を書くことも多かったという。
「特に、声優として、またラジオのディスクジョッキーとして活躍されていた野沢那智さんの劇団の仕事を手伝うことがありました。野沢さんはなぜか僕のことを気にいってくれたようで、彼の劇団である薔薇座の仕事をよく手伝っていました。今でこそミュージカルは多くの人に愛されていますが、薔薇座が活動していた時代はまだまだ認知度が低く、ミュージカルを広く認めてもらうために大変な努力をしていた時代でした。
野沢さんに宮沢賢治への僕の想いを伝えると、彼が賢治の作品のなかから言葉を選んでくれて、その言葉と音楽の出逢いをプロデュースしてくれました。そうしてアルバム『KENJI』が出来上がり、それをステージとしても作り上げました。そのときは、ピアノとチェロ、それに朗読というかたちのシンプルなステージで、当時も『賢治から聴こえる音楽』として数年間にわたり全国で公演を行っていました」
新たな編成で蘇る「賢治から聴こえる音楽」
今回の2024年版のためのチラシには、1988年当時の野沢那智のブックレットの一節も引用されているのだが、そこには「美しいものと、美しいものが出逢うことほど、すばらしいことはないと思います」と書かれている。加古の音楽と賢治の文章の出会いを野沢はこう表現したのだ。
「そのシンプルなかたちの公演は、最初に野沢さんが朗読を担当してくださった後、花巻出身の役者さんが朗読を担当してくれて、続いていました。“花巻弁”で賢治の言葉を語ると、本当にそこに賢治の世界が浮かび上がってくるような感覚を得るときもありました。しかし、20世紀の終わりとともにその公演は封印しました」
それが長いインターバルを経て、新しいかたちで蘇る。
「以前のピアノとチェロ、朗読ではなく、加古隆クァルテットのために新たに音楽を編曲し、そこに朗読を加えた新しい編成でステージ化することになりました。ひとつには2010年からスタートしたクァルテットの活動がいろいろなところで評価されたということがあります。このクァルテットは、いわゆるクラシック音楽を演奏するときのスタイルとは違って、ヴァイオリンとヴィオラは立って、チェロをはさむかたちで演奏し、ピアノはその奥で演奏するというスタイルを取っていて、それが音楽的にもとても良い結果を生み出していると評価していただきました。もちろん演奏者は素晴らしい方が揃っていますし、緻密な音楽作りの上に演奏家それぞれの個性も光っています。それと賢治の言葉が出逢ったときに、どんな新しい光を発するのだろうかという興味がとてもあったのです」
賢治の有名な詩のひとつ「永訣の朝」や、代表作「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」は、誰もが一度は目にしたことがあり、はまったという経験がある方も多いだろう。第1部では映像と音楽の出逢いを、そして第2部では言葉と音楽の出逢いを楽しむ。その出逢いの広がりの先に、加古隆の音楽の姿が見えてくるのかもしれない。
公演情報
加古隆コンサート
『銀河の旅びと~宮沢賢治と私』2024年10月19日(土)14:00
福岡:FFGホール
キョードー西日本 0570-09-24242024年10月20日(日)14:00
広島:広島市南区⺠文化センター
キャンディープロモーション広島 082-249-83342024年11月4日(月・祝)15:00
大阪:いずみホール
キョードーインフォメーション 0570-200-8882024年11月10日(日)14:00
東京:サントリーホール
キョードー東京 0570-550-7992024年11月20日(水)18:30
愛知:電気文化会館 ザ・コンサートホール
クラシック名古屋 052-678-53102024年11月22日(金)18:30
北海道:札幌コンサートホールKitara 小ホール
オフィス・ワン 011-612-86962024年12月1日(日)14:00
岩手:トーサイクラシックホール岩手(岩手県民会館) 中ホール
キョードー東北 022-217-7788加古隆クァルテット
加古隆(ピアノ)
相川麻里子(ヴァイオリン)
南かおり(ヴィオラ)
植木昭雄(チェロ)※福岡・大阪・東京・岩手公演
奥泉貴圭(チェロ)※広島・愛知・北海道公演
加古臨王(朗読)演奏予定曲:
第1部:ソロ&クァルテット~パリは燃えているか~
NHK『映像の世紀バタフライエフェクト』より
〈パリは燃えているか〉
〈風のリフレイン〉
〈グラン・ボヤージュ〉
《水の前奏曲》より〈夜に〉
ほか第2部:賢治から聴こえる音楽
〈永訣の朝〉
〈風の又三郎〉
〈銀河鉄道の夜〉
ほか
※曲目は変更になる場合がございます。公演詳細(加古隆HP):
https://takashikako.com/concert/202410-takashi-kako-quartet-concert-tour/
CD情報
『KAKO DÉBUT 50』
加古隆のデビュー50周年記念盤。〈棲息分布〉〈パリは燃えているか〉〈黄昏のワルツ〉〈戦争と平和〉〈白い巨塔〉〈博士の愛した数式~愛のテーマ〉など、加古がフランスから帰国した後に手がけてきた数多くの映像作品のための音楽が収録されている。
エイベックス・クラシックス・インターナショナル株式会社
アルバム詳細:
https://takashikako.com/works/discography/cd/kako-debut-50/