マリア・シュナイダー降臨!
挾間美帆と小室敬幸が語るシンフォニック・ジャズと
『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』への期待【前編】
text by 小室敬幸
オーケストラとジャズのコラボレーションで毎年話題を呼んでいる『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』。今年は現代ジャズの最高峰ともいえる存在、マリア・シュナイダーが来日し、ラージ・アンサンブルとチェンバー・オーケストラをみずから指揮して自作を披露する。
ジャズ・ファン、クラシック・ファンどちらも要注目の当公演について、『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』のプロデューサーを務めるジャズ作曲家の挾間美帆と、音楽ライターの小室敬幸に語り合ってもらった。
前編は、シンフォニック・ジャズの歴史を紐解きながら、マリア・シュナイダーに至るまでの道のりを辿る。
シンフォニック・ジャズの新しいレパートリーを
小室 まずは2019年から挾間さんがプロデュースをされている『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』に込められた思いを、あらためて聞かせていただけますか?
挾間 奇しくも今年は《ラプソディー・イン・ブルー》の初演から100周年というタイミングなんですけれど、シンフォニック・ジャズ(オーケストラが演奏するジャズ)といえばジョージ・ガーシュウィンの《ラプソディー・イン・ブルー》(1924)と、レナード・バーンスタインの『ウエスト・サイド・ストーリー』を編曲した《シンフォニック・ダンス》(1960)ばかり……。この100年で他にも素晴らしいシンフォニック・ジャズがいっぱい作曲されているのに、新しいレパートリーが定着していかないことに危機感を感じているんです。
小室 挾間さんは“ジャズ作曲家”という肩書きで活動されていますけど、ビッグバンドの音楽を作曲するときでも、最初に頭に鳴るのはオーケストラのサウンドであることが多いと以前からおっしゃっています。そもそもオーケストラに魅了されたのが、作曲家としての原点でしたよね?
挾間 はい! だからシンフォニック・ジャズは、ライフワークとして取り組んでいきたいと思っているんです。芸劇(東京芸術劇場)の皆さんから声をかけていただいたときは、もの凄く嬉しかったですね。現状を変えていくためには紹介し続けていくしかないですから。
ビッグバンドによるスウィング全盛の時代は傍流に
小室 もともとシンフォニック・ジャズって、《ラプソディー・イン・ブルー》を委嘱・初演したポール・ホワイトマン(1890〜1967)が自分たちの音楽を形容するために広めた言葉でしたよね。でも彼が指揮していたオーケストラはミュージカルでオーケストラピットに入っていた編成なので、ヴァイオリン・セクションこそ含まれていますが、クラシック音楽の管弦楽ではありませんでした。《ラプソディー・イン・ブルー》も1924年の初演時は、その編成だったんです。
挾間 そのオリジナル版の録音もいっぱい出ていますよね。
小室 オーケストレーション(管弦楽編曲)を担当していたファーディ・グローフェ(1892〜1972)が、1926年になってから今度はクラシックのオーケストラに編曲し直しており、それに少し手を加えたバージョンが現在演奏されています。当時のポール・ホワイトマンは“キング・オブ・ジャズ”と呼ばれたぐらい一世を風靡した存在ですが、現在ではジャズの歴史においてあまり重要視されていません。作編曲家としては正直パッとしなくて、どちらかといえばプロデューサータイプだったからでしょうね……。
挾間 そのあと“スウィング”の時代になると、ジャズは踊らせるための音楽になっていくんですよ。そうなると弦楽器(ストリングス)は音量も小さいし、グルーヴもさせづらいので敬遠されてしまって、ラージ・アンサンブル(大編成)のジャズといえば金管楽器とサックスが中心となるビッグバンドという認識が定着したのだと思います。
小室 ビッグバンドによるスウィングの商業的な全盛期が過ぎた1950〜60年代には、“ウィズ・ストリングス”と題された甘いバラードを集めたアルバムがたくさんリリースされました。ジャズを長年聴かれてきた世代にとって弦楽セクションが入ったジャズといえば、シンフォニック・ジャズよりウィズ・ストリングスものをイメージされるという方は、今もけっこう多いんじゃないでしょうか。こうした事情が重なってゆき、ジャズの歴史におけるシンフォニック・ジャズはメインストリームから外れた傍流のようになっていったようです。
挾間 でも、その後もジャズは色々な音楽や他の文化を吸収して、可能性を拡げてきました。その視点で振り返ってみると、シンフォニック・ジャズにはまだまだ出来ることがあるはずなんです。グルーヴしなくたってジャズになりえるし、スウィングしなくてもグルーヴできる方法だってあるし、ドラムスやベースがいなくてもジャズを成り立たせられると思っているんですよ。それこそ、現在は1980年代以降のジャズを先導してきたウィントン・マルサリス(1961〜 )が作曲した協奏曲や交響曲は一流オーケストラで演奏されていますし、テレンス・ブランチャード(1962〜 )が手掛けたオペラを一流の歌劇場が上演したりして、高く評価され、人気を得られる時代になりました。
映画に聴くシンフォニック・ジャズ
小室 まさに挾間さんが最初おっしゃっていたように、ジョージ・ガーシュウィンとレナード・バーンスタイン以降のシンフォニック・ジャズがオーケストラのレパートリーに定着しなかったから、現代とのあいだにミッシング・リンクが生じてしまっているわけですね。それこそ『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』の初回に取り上げられたクラウス・オガーマン(1930〜2016)は、その最たる例といえますよね。彼はボサノヴァの父アントニオ・カルロス・ジョビンの数々の楽曲をアレンジしたことで有名ですが、作曲家としては広く注目されてきませんでした。
挾間 他にもさっき名前が挙がった《ラプソディー・イン・ブルー》をオーケストレーションしたファーディ・グローフェも作曲家としてシンフォニック・ジャズを残していますし、イギリス出身でアメリカにやってきたリチャード・ロドニー・ベネット(1936〜2012)が、スタン・ゲッツのためにサクソフォン協奏曲を書いていたりもしますよ。
小室 リチャード・ロドニー・ベネットは映画『オリエント急行殺人事件』(1974/シドニー・ルメット監督)の音楽がおそらくもっとも有名ですね。それで思い出したんですけど、同じシドニー・ルメット監督の映画『質屋』(1964)はあのクインシー・ジョーンズ(1933〜 )が音楽を担当していて、エンニオ・モリコーネ(1928〜2020)が高く評価したほど出来がいいんですよ。実はその音楽もシンフォニック・ジャズと呼べるもので、1950年代以降は映画音楽の領域で数多くシンフォニック・ジャズが書き続けられていたんです。レナード・バーンスタイン唯一の書き下ろし映画音楽となった『波止場』(1954/エリア・カザン監督)もそうですし、最も有名なのはヘンリー・マンシーニ(1924〜94)でしょうか。
挾間 ヘンリー・マンシーニもちょうど今年が生誕100周年なので、この前ラジオ(『挾間美帆のジャズ・ヴォヤージュ』)で特集したんですけど、彼って(予算とスケジュールの都合で理想的な演奏を追求しづらい)映画用の録音をそのままリリースするのが嫌すぎて、自分が信頼するミュージシャンを集めてサウンドトラック用に新しく録音し直していたんですって!(笑)。
小室 メドレー的に聴けるように曲が並べられた“サウンドトラック組曲 Soundtrack Suite”と題したやつですよね。
挾間 ちなみにヘンリー・マンシーニに信頼されて、彼のレコーディングでよくピアノを弾いていたのが、若い頃にジャズピアニストとしても活動していたジョン・ウィリアムズ(当時はジョニー・ウィリアムズ名義)なんですよ。
小室 ジョン・ウィリアムズ(1932〜 )も映画『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』(2002/スティーヴン・スピルバーグ監督)でシンフォニック・ジャズを作曲していましたし、実は皆さん知らず知らずのうちにシンフォニック・ジャズを聴いてるはずなんです。
挾間 ないがしろにしちゃいけない部分ですよね。でも西海岸のハリウッドから、今度は同時代の東海岸に目を向けてみると、ニューヨークにはクラウス・オガーマン(出身はドイツ)や、ストリングスが入らないのでシンフォニック・ジャズではないですが、現代のラージ・アンサンブルに多大な影響を残したギル・エヴァンス(1912〜1988/マイルス・デイヴィスとコラボレーションしたアルバムが非常に有名)がいて。ギル・エヴァンスの強い影響下にあるヴィンス・メンドーサ(1961〜 )は、間違いなく現代を代表するシンフォニック・ジャズの作曲家です。
小室 ヴィンス・メンドーサはジョニ・ミッチェルのアルバム『Both Sides Now(邦題:ある愛の考察~青春の光と影)』や、ビョークが主演して音楽も担当した映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のアレンジなんかでも知られていますね。クラシック関係だとサイモン・ラトルとベルリン・フィルによる2003年のジルベスター・コンサートで、ジャズ・ヴォーカルのダイアン・リーヴスが出演して話題になりましたけど、このときにジョージ・ガーシュウィンのアレンジをしていたのも彼でした。
ギル・エヴァンスからマリア・シュナイダーへ
小室 そして現代のラージ・アンサンブルを牽引してきたマリア・シュナイダー(1960〜 )は晩年のギル・エヴァンスのアシスタントを3年間務めており、彼女もギル・エヴァンスが切り拓いた可能性を発展させていった作曲家ですね。今年の『NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇』は挾間さんが出演されず、マリア・シュナイダーが指揮をしてご自身の楽曲を披露されるコンサートとなりました。
挾間 もう満を持してですよ(笑)。このシリーズがはじまった当初から、彼女を呼ぶのがひとつの目標でしたから!
小室 彼女はみずからが結成したマリア・シュナイダー・オーケストラのために作曲して、指揮する活動を中心に据えていました。でも今回は初めて、日本の音楽家によって編成されたアンサンブルをマリア・シュナイダーが指揮するんですね。
挾間 彼女にとってオーケストラのメンバーは家族みたいな存在なんですけど、長年活動してきましたから、皆さん様々な事情で長期のツアーに出るのが難しくなったり、長距離の移動が困難なメンバーが出てきたりしているみたいで。そういう事情もあって近年、マリアはひとりで外国を訪れて現地のアンサンブルやオーケストラと共演する機会が増えてきているみたいなんですよ。そういうタイミングだったので、今回のコンサートを実現することが出来ました。
後編へつづく
公演情報
NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇
マリア・シュナイダー plays マリア・シュナイダー
2024年7月27日(土)17:00
東京芸術劇場 コンサートホール<プログラム>
作曲:マリア・シュナイダー
Carlos Drummond de Andrade Stories *日本初演
Hang Gliding(挾間美帆 編曲)
Dance You Monster to My Soft Song
Sky Blue
ほか<出演>
マリア・シュナイダー(指揮・作曲)
森谷真理(ソプラノ)特別編成チェンバー・オーケストラ
〔斎藤和志、石田彩子(フルート)/最上峰行、大植圭太郎(オーボエ)/中ヒデヒト(クラリネット)/石川晃、竹下未来菜(ファゴット)/谷あかね、豊田実加(ホルン)/東野匡訓、奥村晶(トランペット)/佐藤浩一(ピアノ)/マレー飛鳥、矢野晴子、石井智大、梶谷裕子、岩井真美、黒木薫、吉田篤、沖増菜摘、地行美穂、西原史織、銘苅麻野、杉山由紀(ヴァイオリン)/吉田篤貴、志賀恵子、角谷奈緒子、藤原歌花(ヴィオラ)/多井智紀、島津由美、ロビン・デュプイ、稲本有彩(チェロ)吉野弘志、一本茂樹(コントラバス)〕池本茂貴isles(ラージ・アンサンブル)
〔土井徳浩、デイビッド・ネグレテ、西口明宏、陸悠、宮木謙介(サクソフォン)/ジョー・モッター、広瀬未来、鈴木雄太郎、佐瀬悠輔(トランペット)/池本茂貴、高井天音、和田充弘、笹栗良太(トロンボーン)/海堀弘太(ピアノ)/小川晋平(ベース)/苗代尚寛(ギター)/小田桐和寛(ドラムス)/岡本健太(パーカッション)〕※挾間美帆は出演いたしません
<チケット>
S席8,500円 A席7,000円 B席5,500円
U25(S席)3,000円 高校生以下1,000円