愛知室内オーケストラ挑戦の記録
Vol.2 山下一史のタクトで浮かび上がるオーケストラの強い結束

愛知室内オーケストラ挑戦の記録

Vol.2 山下一史のタクトで浮かび上がる
オーケストラの強い結束

text by 池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)
写真提供:愛知室内オーケストラ

「楽員ソリスト」と「次期音楽監督」によるR. シュトラウス

愛知室内オーケストラは山下一史を次期音楽監督(2022年4月から5年間)に内定した。2020年に新田ユリが常任指揮者を退任して以来空白だった〝シェフ〟ポストが復活する。音楽監督のタイトルは山下一史が初めてとなる。還暦を迎え演奏、教育の両分野で数多くの実績を蓄えたマエストロの山下とともに、楽団は歴史の新たな1ページを開く。

2021年7月2日の三井住友海上しらかわホールでは、山下との「お見合い」を兼ねた初共演があった。没後25周年の武満徹の《弦楽のためのレクイエム》、R. シュトラウスのクラリネットとファゴットのための二重小協奏曲、ブラームスのセレナード第1番。かなり凝った選曲を通じ、お互いの様々な可能性を探る目的もあったようだ。シュトラウスは「協奏曲と名乗っているが、実質はコンチェルト・グロッソ(合奏協奏曲)。ソロは対峙せず、オケの中に溶け込むスタイルなので自前=楽員のソリストが望ましいし、それによって、本当の室内楽の味わいが出せると思うのです」という山下の希望に従い、愛知室内オーケストラ所属の芹澤美帆(クラリネット)、野村和代(ファゴット)がソリストを務めた。2人は後半のブラームスでは首席ポジションを吹き、八面六臂の活躍だった。

先ずは当日のゲネプロと本番の間をとらえ、山下にインタビューした。いくつか、印象に残った言葉を記しておく。
「愛知室内オーケストラは原田慶太楼さんとブラームスの交響曲全曲演奏に取り組んでいます。1人の作曲家を色々な指揮者の解釈、スタイルで究める経験はとても大切です。私のブラームスの音には、ヘルベルト・フォン・カラヤン先生とベルリン・フィルの最末期にアシスタントを務めて以来のロマン派音楽の基盤があるといえます。今回はオーケストラ側から提案された曲目で、60歳の未知の指揮者との共演というわけですが、真の成果を出すにはもう少しお互いを知り合う必要があるでしょう。千葉交響楽団では音楽監督を引き受けて6年、5年目に入ったころから格段にコミュニケーションが深まりました」
「《レクイエム》は若書きですが、すでに後の〝武満サウンド〟の萌芽が見られ『栴檀は双葉より芳し』を地でいきます。初めてのオーケストラとの共演に相応しい作品です。セレナード第1番はブラームスが交響曲第1番を20年以上費やして完成する過程で、もっと自由に書いた作品。知名度は低いものの土の香りに富み、お客様が聴き、純粋に楽しいと思われるはずです」
愛知室内オーケストラにとって、しらかわホールは最適のハコです。いつもここを会場にできれば、オーケストラ・アンサンブル金沢に匹敵するアンサンブルの醸成も可能でしょう。私はドイツ時代、それぞれの地域の人々が地元のオーケストラに注ぐ愛情の深さに目をみはった体験を踏まえ、千葉響では『おらが街のオーケストラ』を標榜しています。名古屋では4団体が競う中、このオーケストラだけが『室内』を掲げているのは貴重な個性であり、それを伸ばしていくべきだと考えます」(以上、山下一史)

本番。武満の妖しくロマンティックに響く弦の中からは、血の沸るような感情が現れた。シュトラウスは芹澤、野村が堂々とソロを奏で、トゥッティ(総奏)の高揚感や全体を貫く温かな一体感などを通じ「楽員ソリスト」起用のメリットを存分に味わった。ライヴのスリルも満点、ブラームスでは熱く、ゴージャスな山下のロマン派サウンドをオーケストラが巧みに体現していた。

山下一史指揮愛知室内オーケストラとR. シュトラウスの二重小協奏曲を演奏する芹沢美帆と野村和代

初期メンバーが見つめるオーケストラの20年と「いま」

後日、クラリネットの芹澤とファゴットの野村の話もオンライン形式で聞いた。最初はR. シュトラウスの二重小協奏曲への挑戦を振り返ってもらう。
「自分たちがいつもやっている仲間のオケ、というのが室内楽的演奏に大きく貢献しました。ソリストというより一体の気持ちが強く、すごいサポートを感じます。外部のソリストはリハーサル最終日に来られるのですが、私たちは楽員なので初日から一緒に音楽をつくり、3日間じっくりと仕上げることができました」(芹沢美帆)
「普段の位置とは違う場所に立って演奏する緊張感がありました。リハーサルから本番まで終始、室内楽のように楽しめたのは驚きです。山下さんは私たちが持っている空気感を壊すことなく、自然体の演奏に持っていってくださいました」(野村和代)

それぞれ初期からのメンバーとして、愛知室内オーケストラの現状をどう見るのか?
「20年くらいやっていますが、ここ2年くらいでプログラム、演奏頻度が急激に増えました。ゆっくり成長してきたのが突然、凝縮された形で発揮されたのです。やりたくても出来なかった期間が長くて欲求不満も募り、解散寸前のところでスポンサーが現れました。年齢的にもいいところにきて、お互いにリスペクトしながら、良い演奏への前向きな姿勢を強めています」(野村)
「やっと、オーケストラらしくなってきました。協賛をいただいたことで体制が整い、新しい団員も増え、弦はほぼ固定。全員の見ている方向が揃い、風通しもいい。普通のオーケストラにはない濃いリハーサル、皆で意見を出し合い、休憩時間にも自主的に合わせたりしています。愛知県立芸術大学の学生たちが自主的に始めた団体というのも強みで、結束は固いです」(芹沢)

次期音楽監督の山下一史と愛知室内オーケストラ

最後に山下への期待を聞く。
「千葉交響楽団で蓄積した地元への根付かせ方のノウハウ、楽員一人一人の顔が見える規模での育成手腕は必ず、私たちの助けになります」(野村)
リハーサルを通して導く力、引き出す力、教育的側面のすべてが適確です。音楽監督として来てくださることは、率直にいって嬉しい!」(芹沢)

次回の山下との共演は11月8日、愛知県芸術劇場コンサートホール。12月と2回連続の「ストラヴィンスキー没後50年記念コンサート」のPart1で、弦楽のための協奏曲《バーゼル協奏曲》、八重奏曲、協奏曲《ダンバートン・オークス》、管楽器のための交響曲(1920年版)、3楽章の交響曲を演奏する予定。今後の共同作業の試金石といえる、貴重なコンサートだ。

愛知室内オーケストラ CD発売情報

『ポワンティエ』
イベール:3つの小品
リゲティ:6つのバガテル
ライヒャ:木管五重奏曲 ホ短調 作品88-1
ツェムリンスキー:ユモレスク(ロンド)
タファネル:木管五重奏曲 ト短調
クインテット・ポワンティエ
世良法之(フルート)
熊澤杏実(オーボエ)
芹澤美帆(クラリネット)
野村和代(ファゴット)
向なつき(ホルン)
録音:2021年4月21-23日 トッパンホール(東京)
MClassics
2021年9月17日発売
https://tower.jp/item/5240152/ポワンティエ

『グラン・パルティータ』
モーツァルト:セレナード第10番 変ロ長調《グラン・パルティータ》K. 361
モーツァルト:ディヴェルティメント第2番 変ロ長調 K.Anh. 229
愛知室内オーケストラ
須田聡子、熊澤杏実(オーボエ)
芹澤美帆、西崎智子(クラリネット)
十亀正司、小田美沙紀(バセットホルン)
野村和代、竹内文香(ファゴット)
佐藤由起(コントラファゴット)
向なつき、熊谷直美、山崎瑞季、岡田彩愛(ホルン)
録音:2020年8月 名古屋文理大学文化フォーラム(稲沢市民会館)中ホール
Altus
2020年12月19日発売
https://tower.jp/item/5134088/グラン・パルティータ

【愛知室内オーケストラ 公式ホームページ】
https://www.ac-orchestra.com

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