清水靖晃&サキソフォネッツとヴィキングル・オラフソン
それぞれが誘う《ゴルトベルク変奏曲》への旅

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清水靖晃&サキソフォネッツとヴィキングル・オラフソン

それぞれが誘う《ゴルトベルク変奏曲》への旅

text by 原典子
cover photo by Markus Jans (Víkingur Ólafsson)
Yasuo Konishi (Yasuaki Shimizu)

J.S.バッハの《ゴルトベルク変奏曲》は旅のようだと思う。「アリア」からはじまり、30の変奏を経て、ふたたび「アリア」へと回帰する旅。出発のときに見た風景が、旅から帰ってくると違ったものに見えるように、最後の「アリア」を聴き終えたときのあなたは、冒頭の「アリア」を聴いたときのあなたとは違う――。

12月初頭に東京と大阪で開催される『究極のゴルトベルク』は、そんな旅を1日にして2度も体験できるコンサート。第1部に世界でもっとも熱い注目を集めるアイスランド出身のピアニスト、ヴィキングル・オラフソン、第2部にバッハをライフワークに独自の世界を切り拓いてきた清水靖晃(サキソフォン奏者、作曲家、音楽プロデューサー)率いるサキソフォネッツが登場し、それぞれ《ゴルトベルク変奏曲》全曲を演奏する。この前代未聞の公演を前に、清水に話を聞いた。

身体、サキソフォン、空間が一体となって響き合う

バッハ、サキソフォン、スペース(空間)の三角関係にハマってしまってね」と、いたずらっぽく笑う清水がはじめてバッハに取り組んだのは1990年代後半。《無伴奏チェロ組曲》をテナーサキソフォンのために編曲し、巨大な地下採掘場跡や、イタリアの貴族の館のサロンなど、通常のコンサートホールやスタジオとは異なる響きの空間で録音した。

「人間の身体は筒状にできているから、同じく筒であるサキソフォンと一体化して、さらにその延長線上にある空間も含めて、ひとつの楽器になったようなイメージ。肉体が拡張していく感覚というか。そうやって崇高なバッハの音楽と、世俗の楽器であるサキソフォンを、残響の長い空間で掛け合わせたら面白いのではないかと思って」

清水靖晃 ©︎Yasuo Konishi

もともとサキソフォネッツは清水のソロ・プロジェクトだったが、2007年のアルバム『ペンタトニカ』から、4人のサキソフォン奏者を加え、“実体”をもって生まれ変わる。そして、2010年にすみだトリフォニーホールの委嘱で、5本のサキソフォンと4本のコントラバスによる《ゴルトベルク変奏曲》を初演。5年後の2015年に同曲を録音したアルバムがリリースされた。

「《ゴルトベルク変奏曲》を委嘱されたとき、すぐにサキソフォネッツにコントラバスを加えるアイデアが浮かんだのですが、最初はチェロ2本、コントラバス2本みたいな編成にしてバランスをとった方がいいかなとも考えました。でも、ここはやっぱりコントラバス4本の共鳴を打ち出していこうということで、世にも珍しい編成に」

楽器編成はもちろんのこと、作品の構造はそのままに、新たな旋律を書き加えたり、リズムを変えたりして大胆に編曲された《ゴルトベルク変奏曲》は衝撃的だった。

譜面をMIDIに打ち込んで、その音を何度も再生しながら、自分の旋律を加えたり、自分にはこう聞こえるという音に変えたりしていきました。MIDIファイルにすることで、曲の骨格がシンプルに見えるようになるんです。さらにリズムの捉え方を変えて、ポリリズムやミニマルのように捉えてみたり、アフリカのリズムのような躍動を入れてみたり。

僕はドイツ音楽の原理的な基本というものを深く学んだわけではないので、自分が今までやってきたこと、培ってきたものでアプローチできる。ドイツの正統とは違う、日本人だからこその自由なバッハを尊重してみたいなと思ったんですよね」

それから8年の歳月が過ぎ、このたび《ゴルトベルク変奏曲》を初演したすみだトリフォニーホールに帰ってくる。

「2015〜16年にアルバムのリリースコンサートをやって以来、全曲演奏はしていないので、久しぶりの《ゴルトベルク変奏曲》です。2018年に國本怜さん(ラップトップ、ピアノ)とヨーロッパをツアーして回ったとき、〈アリア〉だけはプログラムに入れましたけれど。

今回は、2015年と同じ譜面で演奏しますが、サキソフォネッツのメンバーがスケジュールの都合で替わっています。もともと江川良子さんのパートは、彼女の表現に合わせて“当て書き”のような形で書いたものなので、それが今回、田中拓也さんになってどう変わるのか、これからのリハーサルが楽しみですね。でも、なにより自分の身体の細胞がこの8年の間に変化しているので、前回とはかなり違う音になるのではないかと」

清水靖晃&サキソノネッツ©︎Momoyo Inoue
※2015年東京・オペラシティ公演(今回の出演メンバーとは異なります)

バッハは作曲家というよりも“御触書”

清水は幼い頃から、ジャズやロック、歌謡曲、クラシック、ワールドミュージックなど、あらゆる音楽に触れて育った。そのなかで、なぜバッハに惹かれたのだろう?

「クラシックの作曲家だと、ドビュッシーやラヴェル、リゲティなども好きですが、僕にとってバッハは作曲家というよりも、“御触書(おふれがき)”という感じなんですよね。あるいは、神の言葉がスラスラ出てくる御神託のような。それでも《ゴルトベルク変奏曲》には人間的な息づかいを感じるけれど、《フーガの技法》や《インヴェンション》などは本当に自然そのもの、川の流れを眺めているような気分になります。

僕はたまにラジオを4台ぐらい同時に鳴らして、その真ん中に座ってサラウンドで聴いたりするんだけど、突然、すべてが合う瞬間があるんです。そういうとき、なんだかすごくグッとくる。バッハの場合は、グッとくる瞬間がわりとしょっちゅう訪れるんですよね。教会に集まる民衆の心を掴んで、神に向けて上らせていく術を体得していたのでしょうね」

近年はNHKドラマ『透明なゆりかご』『空白を満たしなさい』や、ドキュメンタリー番組、映画のための音楽などを多く手がけている清水。映像の仕事も、もっとやりたいと語る。

「作曲に入っちゃうと、なかなか楽器を吹かなくなってしまうので、両立はけっこう大変。とくに今年は、ドラマの音楽の作曲と演奏活動を同時にやっていたので、昼間は練習して、夜に作曲するみたいな生活をしていて、すごくハードでした。それでも映像のための音楽を作り続けていきたいと思うのは、やっぱり音のテキスタイルを紡ぎ上げていく喜びがあるからでしょうね。ストーリーに浮遊する言葉の意味と、音楽と、空間の絡み合い。そこにグッときます。

そんな清水の姿と、毎週の礼拝のためにたくさんのカンタータを書いていた生前のバッハの姿が重なって見えた

「もはや織物みたいなものだよね、職人のように、ひたすらテキスタイルを紡ぎ上げていく。織物は実体として残るけれど、音だと空気に滲んでなくなっていくというところがまたいいですよね」

最後に、同じ舞台に立つオラフソンについても聞いてみた。

「最近リリースされたばかりの《ゴルトベルク変奏曲》のアルバムを聴きましたよ。すごく音の粒立ちが面白いと思いました。タンチョウヅルが水辺から飛び立つときみたい。生で聴けるのを楽しみにしています」

ここまで清水に話を聞いて思ったのは、バッハの音楽を新しい視点で捉え直すという点において、オラフソンと共通しているということ。オラフソンはみずから執筆したアルバムのライナーノーツのなかで、《ゴルトベルク変奏曲》を樫の大木のようだと綴り、理詰めでテンポをあらかじめすべて決めて臨んでも、即興的に弾くよう誘惑してくる予測不可能な音楽だと述べている。清水とオラフソンという新時代のバッハ弾きは、私たちをどこに連れて行ってくれるのだろうか。予測不可能な旅を楽しみたい。

公演情報

究極のゴルトベルク
ヴィキングル・オラフソン+清水靖晃&サキソフォネッツ

【東京】2023年12月3日(日)14:00開演 すみだトリフォニーホール 大ホール
【大阪】2023年12月9日(土)14:00開演 住友生命いずみホール

第1部 バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988(全曲)
ヴィキングル・オラフソン(ピアノ)

第2部  バッハ:ゴルトベルク変奏曲 BWV988(清水靖晃編曲 5サキソフォン 4コントラバス版)
清水靖晃&サキソフォネッツ
〔清水靖晃(テナー・サキソフォン) 、林田祐和、田中拓也、東 涼太、鈴木広志(サキソフォン) 佐々木大輔、中村尚子、高橋直人、出町芽生(コントラバス)〕

全席指定(税込)※未就学児入場不可
東京公演:S席8,000円 A席7,000円 B席6,000円 U25席2,000円
大阪公演:S席8,000円 A席6,000円

公演詳細・総合問い合わせ
https://avex.jp/classics/vikingur2023/

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