愛知室内オーケストラ挑戦の記録
Vol.1「室内オーケストラ」とはなにか

愛知室内オーケストラ挑戦の記録

Vol.1「室内オーケストラ」とはなにか

text by 池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)
photo by Nobuyuki Komada(写真提供:愛知室内オーケストラ)

交響楽団の「縮小版」ではない
室内オーケストラのアイデンティティ

愛知室内オーケストラをしばらくの間、定点観測する連載を引き受けた。中京圏には名古屋フィルハーモニー交響楽団(1966年発足)セントラル愛知交響楽団(1983)、中部フィルハーモニー交響楽団(2000)など複数のフル編成のオーケストラが存在するのに対し、「室内」を名乗るのは2002年に発足した愛知だけ。室内オーケストラの明確な定義はないが、フルートやファゴットの木管楽器、トランペットやホルンの金管楽器をそれぞれ3−4人擁する(3管または4管編成)のが大オーケストラだとすれば、室内オーケストラの管は最大2人、ピリオド(作曲当時の)楽器のジャンルには弦とチェンバロだけで管楽器なし、という編成も数多く見受けられる。

室内オーケストラは決して、交響楽団の「縮小版」ではない。フランス革命(1789)以前まで、宮廷や教会のオーケストラは小編成だった。産業革命も加わり王侯貴族でも農民でもない第3の階層「ブルジョワジー(富裕市民層)」が台頭、豊かな市民たちが自前の劇場やホールを建て大人数で聴くスタイルが広まるとともに、オーケストラの規模も拡大した。ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が1842年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が1882年の発足と、現代に連なる大オーケストラの基本は19世紀の半ばから末にかけてゆっくりと形づくられた。ベートーヴェンやブラームスの交響曲でも、今で言う室内オーケストラ規模の演奏と長い間、共存していた。

室内オーケストラの巻き返しは1950年代から、少なくとも3段階のステップを踏んで進行する。先ずはSPからLP、モノラルからステレオへと音楽の再生手段が飛躍的に改善するなか、バッハ以前のレパートリーにも関心が広がり、ヴィヴァルディやヘンデルなどのバロック音楽を専門に演奏するチームが急増した。次いで彼らがピリオド楽器(古楽器)に向かい「初演当時の響き」への関心が高まった。そして「必要以上に肥大し、過度にロマンティックなサウンド」への反省が古典派からロマン派にかけての作品にも及び、モダン(現代の)楽器の室内オーケストラがベートーヴェンやシューベルト、シューマン、ブラームスの交響曲を当たり前に奏でる時代が訪れた。

1980年代末になるとクラウディオ・アバドがシューベルト、ニコラウス・アーノンクールがベートーヴェンの交響曲全集をヨーロッパ室内管弦楽団と録音するなど、ウィーン・フィルやベルリン・フィルを指揮するランクのマエストロたちがモダン楽器の室内オーケストラとの共演を積極化させた(カラヤンやバーンスタインの時代には考えられない!)。1997年にチャールズ・マッケラス指揮スコットランド室内管弦楽団が録音したブラームス交響曲全集の弦は34人。作曲家自身の指揮で「第4番」を1885年に世界初演したドイツ、マイニンゲン宮廷楽団の編成に近い。大編成で聴き慣れた名曲を室内オーケストラが再現すると、一つ一つの声部(音の線)がくっきりと浮かび上がり、演奏者たちも指揮者とは「別に」互いの音をじっくりと聴き合うので、繊細さと即興性、躍動感を兼ね備えた独特の表現が広がる実態を今や、聴き手の多くが認識している。

愛知室内オーケストラを指揮する原田慶太楼

愛知で体験した「マイニンゲン編成」のブラームス

愛知室内もまた、世界の先端を行く「第3世代の室内オーケストラ」に属する。発足20周年に差しかかる2021/22年のシーズンに気鋭の指揮者、原田慶太楼(1985年生まれ)を初めて招き、ブラームスの交響曲全曲(第1ー4番)と協奏曲2曲の3回シリーズに挑むのは、「満を持して」のプロジェクトに違いない。初回は清水和音をソロに迎えたピアノ協奏曲第2番と交響曲第4番の組み合わせにより2021年5月16日、名古屋市の三井住友海上しらかわホールの第28回定期演奏会の枠で実現した。弦は37人の「マイニンゲン編成」。コンサートマスターはブラームスが生まれた街、ハンブルクの国立歌劇場オーケストラ(ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団)に長く在籍、前音楽総監督シモーネ・ヤングが指揮した『ブラームス:交響曲全集』のCD録音にも加わった塩貝みつるが務め、「ドイツ的な音の強調(Betonung)」などに万全を期していた。

今から10年前、25歳で「ブラームスの交響曲の指揮をいったん封印した」という原田。「再開するには1つのオーケストラで、全曲を指揮したい」と考えていたところにタイミングよく、愛知からの申し出がきた。「とにかく、ブラームスの“中に入りたい”。ブラームスに吸収され、なりきって、その声を蘇らせたいのです」と願う若いマエストロにとって「とても若々しく柔軟、すぐに要求通りの音が出てくる。熟していないところが魅力の2管編成のオーケストラ」は「理想的でした」という。「愛知県立芸術大学出身者が中心ということもあるのでしょうか、とにかく心の一体感がすごくて、すでに“愛知室内のブラームス”になっています」と、折り紙をつけた。

本番ではまず、清水の直球勝負のグランドマナーがオーケストラの隅々に伝わり、原田はボディーランゲージを駆使してピタリと付けていく。客演のチェロ首席、西谷牧人のソロ(第3楽章)も美しい。後半の交響曲は時間の進行とともにどんどん改善する「ワーク・イン・プログレス」の様相を呈し、第1楽章では原田が熱中のあまり指揮棒を飛ばすアクシデントも。まずはぐいぐいと引っ張り、第2楽章では室内楽の側面を最大限に引き出した結果、第3楽章が必要以上に重たくならず、第4楽章の「ブラームスの人生の結末」といえる変奏曲の聴き映えを一段と良くする。奏者個々の思いも伝わり、「室内オーケストラで聴くブラームス」の妙をとことん味わえた。

ブラームスのピアノ協奏曲第2番を演奏する原田慶太楼、清水和音と愛知室内オーケストラ

愛知室内オーケストラ チケット発売情報

第29回定期演奏会 原田慶太楼×ACO ブラームス ツィクルス
2021年9月26日(日)14:00 開演(13:15 開場)
三井住友海上しらかわホール

指揮:原田慶太楼

ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 Op.73
ブラームス:交響曲第3番 へ長調 Op.90

S席:3,500円
A席:3,000円
B席:2,000円​
U25席(25歳以下):1,000円
U25席は愛知芸術文化センタープレイガイド・しらかわホールチケットセンターのみ取り扱い

各プレイガイドにて7月31日よりチケット発売開始
愛知県芸術文化センタープレイガイド:052-972-0430
アイ・チケット:0570-00-5310
しらかわホールチケットセンター:052-222-7117
チケットぴあ:https://t.pia.jp/

詳細は愛知室内オーケストラ公式HP:https://www.ac-orchestra.com/210926第29回定期演奏会

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