高野百合絵&黒田祐貴
歌ではなく、音楽。自分だけの表現を求めて
SEVEN STARS in 王子ホール Vol.4
text by 原典子
cover photo by Masatoshi Yamashiro
クラシックを「今」の時代にアップデートする若き音楽家たちのコンサート・シリーズ『SEVEN STARS』(主催:日本コロムビア)。9月19日の王子ホールには、高野百合絵(メゾ・ソプラノ)と黒田祐貴(バリトン)が登場する。
スラリと長身で並ぶと絵になるふたりは、今年7月に兵庫県立芸術文化センターで開催された佐渡裕プロデュースによるオペレッタ《メリー・ウィドウ》で主役の座を射止め、見事大役を果たしたばかり。今回のデュオ・リサイタルでは、それぞれが大切に歌ってきたソロの作品と、新しい世界を見せてくれるデュオのための作品を披露する。
歌だけにこだわらない広い視野で音楽を捉え、新しい表現を追い求める若いふたりが、これから日本の声楽界に新風を吹き込んでくれると思うとワクワクする。それぞれが歩んできた道を振り返りながら、リサイタルにかける想いを聞いた。
《メリー・ウィドウ》の主役に大抜擢
――《メリー・ウィドウ》はいかがでしたか? ゴージャスな舞台と、宝塚やお笑いも取り入れた関西ならではの演出で話題でしたが。
高野 もう、ひたすらカルチャーショックでした(笑)。あれほど豪華なオペラは人生ではじめて。ダンサーが20人ぐらいいて、ワンちゃんもいて、大きなショーのようでした。私は頭に1メートルほどもある羽根飾りをつけて、観音様みたいなキンピカのドレスを着て、しかも何回も着替えがあって! オペレッタとかいう次元を超えています。
黒田 関西の、あの土地に息づいているものを取り入れた舞台なので、ただオペレッタを上演するというだけではない部分がすごく大きかったですね。僕は両親が関西出身なので、生まれたときからずっと阪神タイガースのファン。桂文枝師匠が演じるニエグシュという役がずっとコッテコテの関西弁でしゃべるので、それを聞いているうちに、僕までつられてコッテコテになりそうでした。
高野 私も黒田さんの影響で阪神を勉強中なんです。あと関西弁もちょっと練習しています。コッテコテのコテぐらい……。
――長い稽古期間中など、お互いをよく知る時間があったかと思います。ここで、お互いを紹介し合ってくださいますか?
黒田 高野さんにはじめて会ったのは、たしか2019年。同級生が企画した富山のオペラ公演に出たとき、富山出身の彼女が聴きにきていたのでした。僕の身長だと同じ高さで目線の合う女性ってあまりいないのですが、高野さんは背が高くてカッコイイ! というのが第一印象です。
でも、その後《メリー・ウィドウ》の稽古場などで話をしていると、アルバムのジャケット写真のようなシャープなイメージとは違う、かわいらしい感じで、そのギャップが魅力的だなと思いました。稽古場では僕らがいちばん若くて、僕なんか右も左も分からないところからのスタートでしたが、高野さんはいろいろなことに貪欲に、どうやったら良くなるかをつねに考えて取り組んでいて、そういうところは尊敬しますし、刺激を受けています。
高野 その富山のオペラで黒田さんの舞台姿を見たとき、輝くようなオーラを放っていて、「舞台人なんだな、この人」と思いました。歳がひとつしか違わないと知って、これから一緒にいろいろなことができたらいいなと。歌が素晴らしいのはもちろんですが、いろいろな引き出しを持っているところが黒田さんの魅力だと思います。とても真面目だけれど、ユーモアがあって。《メリー・ウィドウ》で黒田さん演じるダニロも、真面目な部分や、ちょっと遊び心のある部分、ときにダラっとした部分など、いろいろな顔を見せてくれます。
スペイン歌曲との出会い
――王子ホールでのリサイタルは、前半にそれぞれのソロがありますが、おふたりとも「Opus One」レーベルから出されたアルバムを中心とした選曲ですね。高野さんはスペイン歌曲が並んでいます。
高野 昔からスペインの文化が大好きで、趣味でフラメンコもやっていました。大学院のときにスペイン歌曲に出会って、歌ってみたら、自分の感情がすべて前に出せるような感じがして、「なんでこんなにフィーリングが合うんだろう?」と思いました。それまでは「ここはこう」と考えて歌っていたけれど、「こう歌いたい」というのが自然に出てくるような。それからはスペインの研究をしている先生に教えていただいたり、スペインに行ってマスタークラスを受けたりしました。自分を見てほしいと思うときは、スペインの曲を選ぶようにしています。
私は原色が大好きなのですが、スペイン歌曲も赤、白、黄色、青といったように色彩がはっきりしています。今回のリサイタルで歌うオブラドルス作曲の《スペイン古典歌曲集》は、そういったスペインらしさをいちばん感じられる作品。この歌曲集から、フラメンコの足音が聞こえてくるような「エル・ビト」と、ロマンティックな雰囲気の「2つの民謡(お前の一番細い髪の毛で)」という2曲を選びましたが、同じ作曲家とは思えないほどまったく違う曲調なんですよね。変化を好むスペインの国民性が表れていると思います。
――ほかにも、スペインの舞台芸術であるサルスエラの曲や、20世紀ドイツ出身のクルト・ヴァイルの曲なども歌われますね。
高野 ヴァイルの《ヴィーナスの接吻》はミュージカル作品なのですが、これも私にとってはとても歌いやすい曲。どんな作品を歌うときも、作品によって歌い方を変えるというよりも、表現を変える、その世界へ行くといったアプローチで歌っています。私のなかには枠にはめられたくないといった気持ちが強くあって、たとえば「メゾ・ソプラノ」とか「ソプラノ」、「オペラ歌手」とか「ミュージカル歌手」といったカテゴリ分けに違和感を覚えるんです。あくまで私は私。今、私が表現したい、こうありたいという自分を引き出してくれるような曲を選びました。
オケマンになるのが夢だった
――一方、黒田さんの選曲は、R.シュトラウス、ブラームス、ヴォルフ、コルンゴルトといった作品が並びます。
黒田 僕は小学生の頃からクラシック音楽を聴くのがすごく好きで、中学生のときから吹奏楽部でトロンボーンを吹き、将来はオーケストラのトロンボーン奏者になるのが夢でした。藝大をトロンボーンで受験したのですが箸にも棒にも引っかからず落ちたとき、先生から「いろいろな可能性を探してみたら?」と言われ、ほかの楽器を触ってみたり、指揮者や作曲家の仕事について調べてみたりするなかで、父が声楽家だったこともあり、ふと「声楽ってなにやるの?」と聞いてみたんです。
そうしたら父に楽譜を渡され、「とりあえずこの曲を1週間勉強してこい」と言われたので、まったくの見よう見まねで歌いました。発声法どころか、歌を歌うのでさえ中学校の《ドナドナ》以来という状態でしたが、「僕、声楽を目指したら何かになりそうですか?」と聞いたら、「わからないけど、なんとかなるかもね」と。それで声楽の先生について、次の年に藝大を受験して入ったという。大学に入った時点では「三大テノール」も知らないぐらいでした(笑)。
前置きが長くなりましたが、そんなわけでブラームスの交響曲やシュトラウスの交響詩などは昔から大好きでたくさん聴いていましたが、声楽をはじめるまで彼らの歌曲というものをまったく知らなかったのです。
――なるほど、声楽以前にクラシック好きだったのですね。そこから考えると、このドイツ・ロマン派の選曲はとても分かる気がします。
黒田 大学に入るまでは、とりあえず受験に必要なイタリア歌曲を重点的に歌っていたのですが、大学2年のときに勝部太先生というドイツ・リートに造詣の深い先生についたときに、はじめてドイツ・リートを歌ったらハマりました。ロマン派が極限まで沸騰して、調性崩壊の方に向かったあと、もう一度古典に立ち返った時代の音楽というのがとても好きなんですよね。破裂寸前のあの和声感、とめどなく転調を繰り返していくあのバランス感覚がたまらないです。
――リサイタル後半は、バーンスタインの《アリアと舟歌》。録音も少なく、あまり知られていない作品ですよね。
黒田 全部で8つの曲からなる30分以上の連作歌曲集で、ソロで歌う曲と、ふたりで歌う曲がありつつ進んでいきます。ある夫婦の何気ない会話、またある夫婦の寝室での会話、結婚式の様子など、「家庭」というものがテーマになった作品です。
高野 この作品って、あまり知られていないぶん、まだ決まったイメージがないと思うんです。私たちにとってもまだ真っ白なカンバスなので、ふたりで最初から最後まで作り上げられるのが魅力だなと。私たちだけの世界を作り上げて、皆さまをご招待したいです。
――では最後に、おふたりの今後の抱負をお聞かせください。
高野 先ほど「枠にはめられたくない」と話しましたが、究極の目標は「ジャンルは高野百合絵、職業は高野百合絵です」と自信を持っているようになること。大きすぎる目標かもしれませんが、つねに自分のなかに持っていたいスタンスです。
黒田 僕の夢は猫と犬を飼って縁側で静かに暮らすことなのですが(笑)、それはともかく、トロンボーンをやっていたときからアンサンブルが好きで、ハーモニーの一部になることに喜びを感じていました。歌うときも、ピアニストと一緒に一期一会の、その瞬間にしかない音楽を作っていくがとにかく楽しくて。そうやって一瞬一瞬を作りながら、音楽に埋もれていたいです。
――今後のおふたりのご活躍を心から楽しみにしています!
公演情報
高野百合絵&黒田祐貴デュオ・リサイタル
《The Players》
2021年9月19日(日)14:00開演
東京・王子ホール共演:石野真穂・中西亮[p]
[第1部] ※順不同
<高野百合絵>
チャピ:サルスエラ《セベデオの娘たち》より「囚われ人の歌」
オブラドルス:《スペイン古典歌曲集》より「エル・ビト」「2つの民謡」
モンサルバーチェ:《5つの黒い歌》より「黒人の坊やの子守唄」「黒い歌」
ヴァイル:ミュージカル《ヴィーナスの接吻》より「私自分が他人みたい」<黒田祐貴>
R.シュトラウス:秘やかな誘い、君を愛す
ブラームス:ことづて、私の歌
ヴォルフ:お別れ
コルンゴルト:《死の都》より「私の憧れ、私の空想」[第2部]
<高野百合絵&黒田祐貴>
バーンスタイン:アリアと舟歌
Ⅰ. Prelude
Ⅱ. Love Duet
Ⅲ. Littele Smary
Ⅳ. The Love of My Life
Ⅴ. Greeting
Ⅵ. Oif Mayn Khas’neh
Ⅶ. Mr.and Mrs.Webb Say Goodnight
Ⅷ. Nachspiele主催:日本コロムビア
問い合わせ先:Mitt Tel.03-6265-3201(平日12:00~17:00)
https://www.columbiaclassics.jp/20210919-yurietakano高野百合絵&黒田祐貴デュオ・リサイタル
2022年1月10日(月・祝)
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
主催:兵庫県、兵庫県立芸術文化センター
発売日ほか詳細は後日発表
https://www1.gcenter-hyogo.jp/■日本コロムビア エグゼクティブ・プロデューサー岡野博行氏より
高野百合絵と黒田祐貴の二人に共通しているのは、一言でいうと、天性の舞台人だということです。まだ、キャリアをスタートしたばかりであるにもかかわらず、舞台に現れた瞬間、その場の空気を支配するオーラがあるのです。
それぞれ、スペインもの、ドイツものと、得意にしているジャンルは違いますが、二人の持っている、聴衆を夢の世界へ導く力が合わさったとき、素晴らしいエンタテインメントが生まれることは間違いありません。
この7月、兵庫県立芸術文化センターでの《メリー・ウィドウ》の主役に抜擢され、オペラ界の期待を集める二人の初の本格的な共演を、是非お聴き逃しなく!
高野百合絵 Yurie Takano
富山県出身。東京音楽大学、及び大学院を首席で修了。在学中ボストンへ1年間留学。第65回全日本学生音楽コンクール全国大会第1位、併せて日本放送協会賞受賞。第21回日本クラシック音楽コンクール全国大会第1位、併せてグランプリ賞受賞。第84回選抜高校野球大会開会式での国歌独唱、2015、17年天皇皇后両陛下御臨席のもと御前演奏のほか、第九、宗教曲などのソロを務め、国内外主要オーケストラと共演。NISSAY OPERA 2018《コジ・ファン・トゥッテ》ドラベッラ役を在学中にオーディションで射止め、華のある存在感で注目される。最近では、浦安音楽ホール主催ニューイヤーコンサート《カルメン(田尾下哲構成演出)》タイトルロール、神奈川フィル定期演奏会《レ・ミゼラブル(演奏会形式)》エポニーヌを歌い、圧倒的な歌唱で観客を魅了。また、佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2021《メリー・ウィドウ》主役ハンナ・グラヴァリを見事に演じ、華麗な舞台姿と確かな歌唱力で喝采を浴びた。2020年デビュー・アルバム『CANTARES』をリリース(日本コロムビア)。
黒田祐貴 Yuki Kuroda
東京藝術大学声楽科卒業、同大学院音楽研究科修士課程オペラ専攻修了。公益財団法人青山財団奨学生。学部在籍中に安宅賞、卒業時に大賀典雄賞・松田トシ賞・アカンサス音楽賞・同声会賞受賞。第86回読売新人演奏会出演。宗次德二特待奨学生。大学院在籍中に藝大フィルハーモニア管弦楽団合唱定期演奏会(藝大定期第379回・384回)や第66回藝大メサイアのソリストを務め、修了時に大学院アカンサス音楽賞受賞。武藤舞奨学金を受け渡伊、シエナのキジアーナ音楽院で声楽のディプロマを取得。第87回日本音楽コンクール声楽部門第2位、併せて岩谷賞(聴衆賞)受賞。YouTubeにて「鬼のパンツ20万回再生のオペラ歌手が【アベノマスク】を熱唱!!!」が34万再生回数となり話題となる。2021年7月佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2021《メリー・ウィドウ》にて主役ダニロ・ダニロヴィッチ伯爵で出演し、聴衆を魅了し、各方面より絶賛をされた。2022年6月NISSAY OPERA 2022《セビリアの理髪師》フィガロ役で出演予定。2021年デビュー・アルバム『Meine Lieder』をリリース(日本コロムビア)。