オンド・マルトノと出会う
横浜みなとみらいホール Just Composed 2022
山本哲也新曲初演《目に見えない天使達の囁き》
text by 八木宏之
唯一無二の音色と響きを持つオンド・マルトノ
FREUDE読者の皆様はオンド・マルトノという楽器をご存じだろうか。オリヴィエ・メシアンの《トゥランガリラ交響曲》の独奏楽器とお答えになった方は、近現代音楽の熱心な愛好家に違いない。1928年にフランスのエンジニア、モーリス・マルトノによって発明されたオンド・マルトノは、最も古い電子楽器のひとつとして知られている。1920年にロシアの発明家、レフ・テルミンによって発明されたテルミンとよく似ているが、テルミンが楽器に触れることなく(まるで魔法のように)音程をコントロールするのに対して、オンド・マルトノは鍵盤もしくはその手前に設置されたワイヤーと指輪を用いて演奏を行う。鍵盤を持つが単音のみを発する楽器であり、鍵盤によって音程の揺らぎを作り出すことができるほか、ワイヤーと指輪による音程の自由な行き来を特徴としている。言葉による説明では伝わりきらないので、こちらの映像をご覧いただきたい。
さて本題である。なぜここでオンド・マルトノを話題にしているかというと、このユニークな楽器にスポットをあてた演奏会が2022年2月26日、神奈川県民ホール(小ホール)で開催されるのだ。『オンド・マルトノ〜魂の詩〜』と題するこのコンサートは、(公財)横浜市芸術文化振興財団が1999年から続けている現代作曲家シリーズ Just Composedの23回目にあたる(今年度は横浜みなとみらいホールが長期改修工事による休館のため神奈川県民ホールで開催)。Just Composedでは毎年テーマとなる楽器を定めて、その楽器のための新曲を気鋭の作曲家に委嘱する伝統がある。初演された委嘱作品はJust Composedのなかで再演されるという決まりがあるのもこの企画の特徴のひとつだ。
探究した「室内楽のなかのオンド・マルトノ」の可能性
2022年のテーマ楽器、オンド・マルトノのソリストを務めるのは先ほどのビデオにも登場した大矢素子である。大矢とJust Composed2022選定委員の池辺晋一郎(作曲家)、白石美雪(音楽学者)が審査のうえ委嘱作曲家に選んだのは山本哲也だった。FREUDE読者のなかには2021年7月に行われた《イン・ザ・サークル》日本初演の記事を通して山本の名前を知った方もいらっしゃるだろう。山本は提示された編成(オンド・マルトノ、ヴィオラ、ピアノ)の全てを用いて、三重奏作品《目に見えない天使達の囁き―オンド・マルトノ、ヴィオラとピアノのための》を作曲した。山本からJust Composedの委嘱を受けてオンド・マルトノのための作品を書くと聞かされたとき、それは山本にピタリとハマる仕事だと思った。というのも山本はオリヴィエ・メシアンの熱狂的な崇拝者であり、とりわけ偏愛する《トゥランガリラ交響曲》はスコアの隅から隅まで知り尽くしているほどの作曲家なのだ。だが意外にも、山本がオンド・マルトノのために作品を書くのは今回が初めてだという。
「オンド・マルトノはメシアンの作品を通して関心は持っていましたが、奏者も少なく、触れる機会もなかなかないので、作品を書くのは今回が初めてです。母校の国立音楽大学にはオンド・マルトノが1台展示されていたのですが、手で触れることはできませんでした。今回作曲するにあたり、大矢さんのご自宅へ伺って、オンド・マルトノをじっくりと触らせていただいたのが、この楽器を直に触れる最初の機会となりました。資料を通して楽器研究は重ねていましたが、実際に楽器に触れて初めてわかることもたくさんあり、作曲前に大きなインスピレーションを得ることができました」(山本哲也、以下同)
今回作曲されたのは、オンド・マルトノ、ヴィオラ、ピアノの三重奏作品だが、山本哲也はオンド・マルトノをソロ楽器として扱うのではなく、3つの楽器をできる限り並列に扱って、「室内楽のなかのオンド・マルトノ」の可能性を探求した。
「《目に見えない天使達の囁き》というタイトルは、中高音域の冷たい響きのイメージから付けました。オンド・マルトノもピアノも非常に広い音域を持つ楽器ですが、この作品では中音域より上を中心に用いています。ヴィオラも低音域の太くあたたかい音色よりも、中高音域の独特の柔らかさのあるくぐもった音色を多用して、オンドマルトノの響きと混ぜ合わせました。近年私が関心を持っている高音域の密集した倍音とそれがもたらす豊かな響き、キラキラと光を反射するダイヤモンドダストのような冷たいテクスチャを感じていただける作品になったと思います」
日本を代表するオンド・マルトノ奏者のひとりである大矢と、安達真理(ヴィオラ)、松本望(ピアノ)というコンテンポラリーを得意とする名手たちによる世界初演では、山本の思い描いた冷たく透明感のある世界がホールを満たすだろう。今年活動拠点をパリからベルギーのモンスへと移し、作曲活動と並行して指揮も学んでいる山本は、間違いなく今後のコンテンポラリーのキーパーソンとなっていくアーティストだ。大管弦楽のための《イン・ザ・サークル》とはまた違った、山本の繊細な室内楽のエクリチュールをぜひ横浜で体験して欲しい。
Just Composed 2022 Spring in Yokohama ー現代作曲家シリーズー
オンド・マルトノ〜魂の詩〜2022年2月26日(土)
神奈川県民ホール 小ホール
開演:16:00(開場:15:30)大矢素子(オンド・マルトノ)
安達真理(ヴィオラ)
松本 望(ピアノ)メシアン:未刊の音楽帖 オンド・マルトノとピアノのための4つの作品
坂本龍一:Rebirth 2(映画『レヴェナント:蘇えりしもの』劇中音楽)
薮田翔一:祈りの情景(Just Composed 2018 委嘱作品/2022 Spring 編曲委嘱|初演)
池辺晋一郎:瑠璃色の靄――冷たい朝に
山本哲也:目に見えない天使達の囁き―オンド・マルトノ、ヴィオラとピアノのための(Just Composed 2022 Spring 委嘱作品|初演)
ミュライユ:ガラスの虎【公演詳細はこちら】
https://mmh.yafjp.org/mmh/recommend/2022/02/JC2022spring.php山本哲也 Tetsuya Yamamoto
1989年長野県生まれ。国立音楽大学大学院修士課程作曲専攻を修了後に渡仏、マルセイユ地方音楽院作曲科上級課程、リヨン国立高等音楽院作曲科修士課程を修了。これまでに作曲を川島素晴、北爪道夫、R. カンポ、P. ユレル、M. マタロンの各氏に師事。 イル=ド=フランス国立管弦楽団主催の作曲コンクール「Île de créations 2018」優勝、第38回/第40回V. ブッキ賞国際作曲コンテストファイナリスト(2017/19)、 第4回E. デニソフ国際作曲コンクール第2位(2016)、第6回A. ドヴォルザーク国際作曲コンクール第1位および特別賞(2015)、日本現代音楽協会第27回現音作曲新人賞(2010)、第8回弘前桜の園作曲コンクール第1位(2010)など、国内外のコンクールや作品公募において受賞・入選を重ねている。2021年10月にパリからベルギーのモンスに拠点を移す。
WEB: http://www.tetsuyayamamoto.net