愛知室内オーケストラ挑戦の記録
Vol.5 川本嘉子が次世代へ伝える合奏の真髄

愛知室内オーケストラ挑戦の記録

Vol.5 川本嘉子が次世代へ伝える合奏の真髄

text by 池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)
写真提供:愛知室内オーケストラ

ヴィオラ奏者、川本嘉子が「弦楽器アドヴァイザー」に就任

 日本を代表するヴィオラ奏者の1人、川本嘉子が2021年7月1日、愛知室内オーケストラ(ACO)の「弦楽器アドヴァイザー」に就いた。名古屋の出身だが、愛知県立芸術大学ではなく、桐朋学園大学音楽学部の卒業。東京都交響楽団首席奏者、NHK交響楽団首席客演奏者など在京オーケストラでの活動と並行し、小澤征爾が情熱を注ぐ若手奏者育成の場(小澤征爾音楽塾、小澤国際室内楽アカデミー奥志賀など)で長く指導に当たってきた。「私が素晴らしい演奏家たちと一緒に音楽をやり、そこで得たものを次の世代にちゃんと繋げていかなければ、との気持ちで愛知室内オーケストラの弦楽器アドヴァイザーをお引き受けしました」(川本嘉子)

2021年9月20日、名古屋市の三井住友海上しらかわホール。『加藤昌則プロデュースwith 川本嘉子 弦楽はかくも語らう!〜加藤昌則が誘う、驚愕の弦楽オーケストラの多彩な世界〜』と題したACO演奏会は、アドヴァイザー川本の実質的な「お披露目公演」となった。作曲家の加藤が指揮も引き受け、気鋭のヴァイオリニスト成田達輝が「学生時代を除けば人生初」のコンサートマスター(ゲスト)に招かれ、川本がヴィオラのトップに座るとともに、ヒンデミットのヴィオラと弦楽オーケストラのための《葬送音楽》のソロも担った。

愛知室内オーケストラを指揮する加藤昌則

川本、加藤、成田の3人は2021年6月、キングレコード関口台第1スタジオで行われたカウンターテナー藤木大地の新譜『いのちの歌』(キングインターナショナル)のレコーディングで出会い、川本が加藤の作曲と編曲に「本物」を感じ、加藤と川本が成田の腕に惚れ込み、名古屋での共演につながった。3人のチームワークと音楽性は確実に、ACOに新たな輝きを与えた。

曲目は前半にニールセンの《若い芸術家の棺の傍らで》とライネッケの《弦楽のためのセレナーデ》、後半に川本独奏のヒンデミットと加藤の自作《サウス・ヒルズ・パッセンジャーズ》。アンコールがチャイコフスキー《弦楽セレナード》第2楽章のワルツ。ニールセンとヒンデミットが追悼音楽、ライネッケと加藤が嬉遊曲(ディヴェルティメント)の性格を共有、全体として機会音楽(式典やイヴェントなど何らかの機会に合わせて作曲した音楽)の様々なパターンをみせる優れたプログラミングであった。加藤はMC(司会進行)も兼ねて「指揮者というよりディレクターの立場から個々のメンバーの主張を引き出し、珍しい作品も楽しく奏で、楽しく聴く場の設定に力を注いだ」という。アンサンブルを整えるうえでも、指揮が専門ではない加藤を補佐する川本の存在は大きかった。

本番直前、音楽に集中する愛知室内オーケストラのメンバーたち

ヴィオラ奏者だからわかる真理

ACOの魅力、可能性などについて、川本の話を改めて聞いた。
「名古屋フィルハーモニー交響楽団や東京のオーケストラへのステップアップの通過点ではなく、みなが“オーケストラをやりたい、音楽をここでやりたい”という想いで結びついています。エキストラに至るまで愛知県立芸大出身者が多く、オーケストラと音楽への純粋な気持ちで集まってくるから、次のステップの見通しも立てやすいといえます。
偉大な小澤征爾さんが実践してきた若い世代の支援、弦楽四重奏に始まる合奏の訓練を通じたオーケストラ奏者の育成といった理念を、いちヴィオラ奏者の立場で担うのは、かなり大変です。こうした仕事は、普通はコンサートマスターを努めるヴァイオリン奏者の仕事と考えられています。私はコンサートマスターとしてオーケストラ全体をリードする位置にいませんが、ヴィオラ奏者だからわかる真理も多いのではないか、と考えるようにしています。
実際にACOの中に入って演奏すると、若々しい響きの中に、ほのかに音が香ります。母体となる愛知県立芸大のオーケストラを25年間にわたり厳しく指導した外山雄三先生(現在は名誉教授)が指揮者として植え付けたアンサンブルの基本、ディシプリン(規律)などは、確実に残っていると思います」(川本)

ヒンデミットのヴィオラと弦楽オーケストラのための《葬送音楽》を演奏する川本嘉子

演奏会本番。川本によるヒンデミットのソロはやはり素晴らしく、彫り込みの深さ、演奏にかけるパッションの強さなどを通じ、第一人者の貫禄を示した。加藤の自作《サウス・ヒルズ・パッセンジャーズ》は「南ケ丘の旅人」という意味で、母校の横浜市立南高校弦楽部のために書いた4楽章構成の弦楽合奏曲。現在は中高一貫校となり「弦楽部にも6年間在籍することが可能」なので、開放弦と第1ポジションだけの初級パート、中級パート、一切制約のないプロ級パートを織り交ぜ、最後は全力投球でぶつかるしかないように書かれている。これを成田や川本がトップに座ったACOが作曲家自身の指揮で奏でる。楽器を初めて手にした幼少期、練習に悪戦苦闘した学生時代、プロ・デビューを果たした瞬間など、舞台で演奏する全員の思い出の走馬灯の渦に巻き込まれ、不思議な感動が客席に広がっていった。

愛知室内オーケストラ 次回公演情報

ソリスト川本嘉子シリーズ 第2回〜ヒンデミット〜

2022年1月23日(日)15:00 開演(14:00 開場)
愛知県芸術劇場コンサートホール

指揮:坂入健司郎
ヴィオラ:川本嘉子

バッハ/ストコフスキー編:平均律クラヴィーア曲集 第1巻 – 第24番 前奏曲
ヒンデミット:《白鳥を焼く男》
ブルックナー:交響曲第4番《ロマンティック》
※新ブルックナー全集 コーストヴェット校訂 第​2稿(日本初演)

公演詳細:https://www.ac-orchestra.com/220123川本嘉子シリーズ第2回ヒンデミット

S席:3,500円
A席:3,000円
B席:2,000円​
U25席(25歳以下):1,000円
U25席は愛知芸術文化センタープレイガイドのみ取り扱い

愛知県芸術文化センタープレイガイド:052-972-0430
アイ・チケット:0570-00-5310
チケットぴあ:https://t.pia.jp/

愛知室内オーケストラ公式HP:https://www.ac-orchestra.com

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