石上真由子が語る
ミュージックダイアログ・アンサンブルのブルックナー
Ensemble Amoibe vol.61へ向けて

石上真由子が語る
ミュージックダイアログ・アンサンブルのブルックナー
Ensemble Amoibe vol.61へ向けて

text by 本田裕暉
cover photo ©Taira Tairadate

幅広い世代の音楽家たちが、室内楽の演奏を通じて多彩な対話を繰り広げ、ともに「真の音楽創り」を学んでゆくMusic Dialogue(ミュージックダイアログ)。ヴィオリスト・指揮者の大山平一郎を中心に2014年から活動を続ける同団体は、創立10周年を迎えた今年、初のCDアルバムをリリースした。

アルバムに収められたのは、2024年が記念年にあたる2人の作曲家の作品。生誕200年を迎えたアントン・ブルックナー(1824~96)の《弦楽五重奏曲 ヘ長調》と、没後50年を迎えたダリウス・ミヨー(1892~1974)のバレエ音楽《世界の創造》による演奏会用組曲op.81bである。

このうちブルックナーの五重奏曲は、ヴァイオリニスト石上真由子が主宰するEnsemble Amoibe(アンサンブル アモイベ)の第61回公演にて、録音時と同じメンバーによって演奏される予定だ(京都公演=12月25日、京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ/東京公演=12月26日、Hakuju Hall)。石上は、かねてよりMusic Dialogueアーティストの1人として大山と共演を重ねており、本録音プロジェクトにも構想段階から携わっていた。そこで今回は、10周年記念アルバムと12月のCDリリース記念公演について、石上にじっくりと語ってもらった。

石上真由子 ©Taira Tairadate

異色のカップリング

オーストリアの巨匠ブルックナーの弦楽五重奏曲と、「フランス六人組」のミヨーのバレエ音楽という対照的な作品が収められた本盤。このカップリングは大山の発案によって決まったのだという。

「ブルックナーの五重奏曲に何を組み合わせるかはなかなか決まらなかったのですが、あるとき大山さんから“ミヨーはどうかな”と電話がかかってきたんです。じつは私と大山さんはこの2曲のプログラムを2022年12月にもMusic Dialogueで演奏していて、お客様からも面白かったというお声をたくさんいただいていました。後々調べてみるとブルックナーとミヨーは誕生日も同じで(9月4日)、その点でもいい組み合わせじゃない、という話になったんです」(石上真由子、以下同)

ブルックナーの五重奏曲は石上にとってとりわけ思い入れの深い作品だった。

「これまでに8回くらい演奏しているんです。最初に弾いたのは2017年10月、京都のカフェ・モンタージュでの演奏会に出演したときのことでした。私がまだ室内楽にあまり触れていなくて右も左もわからないときに、大山さんにゼロから教えていただきながら演奏したんです」

それ以来、石上は多彩なメンバーとともに本番を重ねてきた。

自分の音楽家としての歩みのなかに常にひっそりといた特別な作品で。ほとんどの場合は大山さんと共演しているのですが、若手だけで弾いたこともありました。その間に坂入健司郎さんの指揮で《交響曲第3番》を演奏する機会もあって、ああこれがブルックナーの響きなんだと理解しました。そして再び室内楽に立ち戻ったときに、その響きを引き出すためには、弦楽四重奏にもう1本ヴィオラを追加する必要があったのだなということも実感できました」

ヴァイオリン2本、ヴィオラ2本、チェロ1本という編成の弦楽五重奏曲にはモーツァルトやメンデルスゾーン、ブラームスらが遺した傑作もあるが、やはりブルックナー作品ならではの面白さや難しさがあるのだという。

「モーツァルトやブラームスの作品は、基本的には楽章を通じて滑らかに音楽が進んでいきますよね。それに対して、ブルックナーの場合は突然ズバッと断ち切られて、また新しい音楽が始まっていくような箇所がたくさんあるんです。そうした切れ目の後の部分を、どういった心持ちで弾きはじめるべきか、皆でディスカッションを重ねました」

ディスカッションを重ね、音楽に磨きをかけていく ©Taira Tairadate

一方、併録のミヨー作品は、作曲家が1922年にアメリカを訪れてホワイトマン楽団や黒人霊歌の響きに接した後、1923年にジャズの要素を取り入れつつ書いたバレエ音楽からの編曲。リスナーとして耳にする分にはなんとも楽しい作品だが、演奏・録音する上では一筋縄ではいかないところもあったようだ。

「弾いていても楽しい作品ではあるのですが、やはり録音するとなると“多少ファジーになってもいいや”というライヴ感覚ではいけませんよね。とくに最後の第5曲は、割とうまくいったと感じていても、いざ録音を聴いてみたら全然揃っていないなんてこともあって、皆苦しい思いをしました。セッション録音に必要な“厳密さ”とライヴの“ワクワク感”のちょうどいい塩梅を見つけるのは大変でしたね。でも、レコーディング自体はすごく楽しかったです」

ミヨー作品でピアノを奏でている吉見友貴は、今年5月にデビュー・アルバムをリリースしたばかりの新進気鋭のピアニスト。ボストンのニューイングランド音楽院で学ぶ吉見は、自身のCDをガーシュウィン〈エンブレイサブル・ユー〉の瀟洒な演奏で締めくくっていたが、そうした“アメリカの空気”に接しているピアニストならではの響きを随所で堪能できる点も本録音の魅力の一つだ。

「友貴くんは今回のメンバーのなかでもダントツで年下(2000年生まれ)ということもあって、皆から“ここはこうじゃない?”と言われたら“そうですよね”って返してくれることが多かったのですが、いざ演奏してみると、ものすごく色々主張してくれるタイプなんです。だから、ディスカッションの成果も反映されつつ、彼ならではの色も失われることなくきっちりと出ている録音になったと思います。今回のミヨーは2022年に弾いたときよりもずっとアメリカンになったね、という感じでした(笑)。第3曲なんかはとくに前回と比べてよくなったなと……!」

吉見友貴と大山平一郎、53歳差の対話 ©Taira Tairadate

強みを調和させて

今回のブルックナーの録音ではMusic Dialogueの理事長兼芸術監督である大山(第2ヴィオラ)を筆頭に、オーケストラでの演奏経験が豊かなメンバーが集まった。第2ヴァイオリンは水谷晃(東京都交響楽団コンサートマスター)、第1ヴィオラは村上淳一郎(NHK交響楽団首席)、そしてチェロは金子鈴太郎(響ホール室内合奏団首席)が担当。ブルックナーの管弦楽作品についても熟知した演奏家たちの手によって、解像度の高い明晰な響きが実現されている。

「チェロのりんちゃん(金子)はやっぱり“支え”がうまくて、音楽に推進力を与えてくれました。立体感のある音でハーモニー全体を支えながら、弾いているときの呼吸感の共有などもしっかりやってくれるので、私たちも自然にそこに乗っていけるんです」

金子鈴太郎 ©Taira Tairadate

村上さんは“抑揚”のつけ方がすごい。主旋律を担当するときもそうでないときも、彼の歌い方には必ず抑揚があるのですが、それがとても自然で嫌味がないんです。自由に歌いつつ音楽に生命を吹き込んでくれるんですよね。
水谷さんは究極の“バランサー”。奏者が5人集まると、やはり音程感の調整が大切になってくるのですが、セカンドの水谷さんがそうしたバランスも巧みにとってくださって。ここぞという部分では音楽の中心をしっかりと掴みにきつつ、皆が気づかないような部分で色々な気配りをしてくれているところが本当にすごいなと思います」

目配りを欠かさないバランサー、水谷晃 ©Taira Tairadate

「そして大山さんは、一緒に室内楽を弾いていると彼が指揮者をされていたことがすごくよくわかるんです。音楽の全体を俯瞰しつつ、どういう風にストーリーを組み立てていくのか、あるいはアンサンブルをいかにうまく操縦するのか。それを私たち若い音楽家に見せてくださっているのですよね」

そこに、石上の “厚み”を感じさせる凛とした音色が加わり、ブルックナーの音楽はいよいよ雄弁に聴き手の心に語りかけてくる――。

皆それぞれに“切り札”を持っていて、でも決してソリストの集まりのようにはならずに自身の強みを調和させる能力も兼ね備えている。その上で、色々な言葉での“対話”を重ねていくことができるメンバーが揃っていたので、今回のレコーディングは本当に充実していました。今までで一番ブルックナーに迫った感じがしましたね」

スタジオでの一コマ。楽器を置いても対話は続く ©Taira Tairadate

創立10周年を記念して録音された本盤だが、ヴィオラの村上はこれがMusic Dialogue初参加のメンバーだった。じつは今回、村上をアンサンブルに迎えたのは石上だった。

「りんちゃんや水谷さんは私よりもずっと長く大山さんと共演されていたので、Music Dialogueの理念や精神についてもよく理解していらっしゃって。楽譜の指示記号の読み方一つとっても、共通認識がある状態からのスタートでしたから安心感がありました。
でも、それだけで固めてしまうのは違うんじゃないかって思ったんです。今回レコーディングをするにあたって、せっかくならばもう一歩違うところに行ってみたいなと。それで大山さんに、1人は普段と違うメンバーを入れたい、ぜひ村上さんを呼びたいとお伝えしました」

自らが主宰する団体にギリシャ語の「αμοιβη=変化」に由来する名前(Ensemble Amoibe)をつけている石上らしいアプローチだ。彼女に村上を紹介したのは金子だった。

「以前、私がクァルテットをやりたがっていたときに、りんちゃんが“村上さんがいいと思うな”って教えてくださって。村上さんがヨーロッパから帰国されて、NHK交響楽団の公演で弾いている姿を見たときに、りんちゃんが言っていることの意味がわかりました。ものすごく頑張ってリードしようとしているわけではないのに、皆がその背中を追っていく。ヴィオラ・パート全員が一体となって音楽をする方向に持っていける彼の“自由さ”にほれ込みました」

村上淳一郎 ©Taira Tairadate

新たな発見を楽しみに

12月には京都と東京でアルバム発売記念公演「Ensemble Amoibe vol.61」が開催される。そこでは録音と同じメンバーによるブルックナーの五重奏曲と、ベートーヴェンの《弦楽五重奏曲 ハ長調》op.29を聴くことができる。5人にとってブルックナーは、今年3月に行われたクラウドファンディング支援者のための非公開公演以来のステージだ。

「3月のコンサートに向けてのリハーサルも、1回1回がすごく濃密でした。音楽の濃度をリハーサルを通じてどんどん高めていきましたし、そのなかで私たち自身のからだにもブルックナーの音楽が染み込んだという実感がありました。その後3月末に録音に臨み、皆で細部まで突き詰めて、一つひとつの部分に対するお互いの認識の“画素数”を上げていったので、本当はその直後にコンサートをできたらよかったかもしれません。
でも、レコーディング後も全員嫌になるくらい録音を聴きましたし、意識せずともブルックナーについて考えた時間があったと思うのですよね。そういう時間に浮かんできた新しいアイディアもあるかもしれませんし、逆にいい具合に忘れていることもきっとあるはずで。そうした変化を楽しんで享受できる、新たな発見を愉しめるメンバーが集まっていますから、12月の公演もリハーサルからすごく楽しい時間になるだろうなと思っています

クラウドファンディング支援者のためのコンサートより ©Taira Tairadate

前半に演奏されるベートーヴェン《弦楽五重奏曲 ハ長調》(1800~01)もまた、同ジャンル屈指の名曲だ。

「はじめはブラームスやメンデルスゾーンをやろうかという話もあったのですが、Ensemble Amoibeの第60回公演でベートーヴェンの《七重奏曲 変ホ長調》(1799)を取り上げていたので、その流れも踏まえて《弦楽五重奏曲 ハ長調》を演奏することにしました。ベートーヴェンのウィーン時代の作品ですから、ブルックナーがウィーンで書いた五重奏曲と並べてみるのもよいかなと」

《弦楽五重奏曲 ハ長調》はベートーヴェンの五重奏曲のなかで唯一、当初から弦楽五重奏編成のために書かれた作品。バレエ音楽《プロメテウスの創造物》(1800~01)や「月光」ソナタ(1801)などと同時期に手掛けられた作曲家の“実験期”の所産である。

「大山さんが好きな時期の作品なんですよね。この時期のベートーヴェンの音楽からは“世界創造”のような精神性を感じるということをいつも仰っていて。そうしたお話を聞くのは私も大好きなので、どんなリハーサルと本番になるのか、今からとても楽しみです!」

Music Dialogueの要、大山平一郎 ©Taira Tairadate

Ensemble AmoibeやMusic Dialogueをはじめ、様々な場で室内楽の演奏に取り組んでいる石上。そんな彼女に、室内楽に取り組むうえで大切にしていることについて問うと、次のように語ってくれた。

「やはり室内楽は奏者の人数が少ない分、それぞれのキャラクターがよく見える分野ですよね。だからこそ、Ensemble Amoibeで演奏するときには“この曲いいな、好きだな”という気持ちを共有できる人と弾くことを大事にしています。この人だったら私が思いつかないアイディアをくれるだろうな、この人はきっとこの曲にすごく愛情を持って接してくれるだろうな、といったことをイメージしながら、奏者の組み合わせを考えているんです。誰が演奏するのかによって、同じ曲でもアプローチの仕方が変わりますし、聞こえ方もガラッと変わります。だから本当にその曲に合ったメンバーで、作品の魅力を自信を持って提供できるようにしていくことが、室内楽の面白さを伝えるための一番の近道だと思っています」

石上と仲間たちが織り成す“対話”と、その先に訪れる“変化”から目が離せない。

ミュージックダイアログ・アンサンブル ©Taira Tairadate

公演情報

〈ブルックナー弦楽五重奏曲〉 アルバム発売記念公演
『Ensemble Amoibe vol.61』

2024年12月25日(水)19:00
京都:京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ(小ホール)
https://teket.jp/1013/37549

2024年12月26日(木)19:00
東京:Hakuju Hall
https://teket.jp/1013/28531

石上真由子(ヴァイオリン)
水谷晃(ヴァイオリン)
大山平一郎(ヴィオラ)
村上淳一郞(ヴィオラ)
金子鈴太郎(チェロ)

小室敬幸(プレトーク・司会)

演奏予定曲:
ベートーヴェン:弦楽五重奏曲 ハ長調 作品29
ブルックナー:弦楽五重奏曲 ヘ長調 WAB112

お問い合わせ:Ensemble Amoibe(アンサンブル アモイべ)
mail@ensembleamoibe.com

Ensemble Amoibe公式HP:
https://www.ensembleamoibe.com/

 

CD情報

『ブルックナー&ミヨー』

ミヨー:バレエ《世界の創造》によるピアノと弦楽四重奏のための演奏会用組曲 作品81b
ブルックナー:弦楽五重奏曲 ヘ長調 WAB112

ミュージックダイアログ・アンサンブル
石上真由子(ヴァイオリン)
水谷晃(ヴァイオリン)
大山平一郎(ヴィオラ)
村上淳一郞(ヴィオラ)
金子鈴太郎(チェロ)

録音:2024年3月29~31日 キング関口台スタジオ 第2スタジオ
キングレコード株式会社

アルバム詳細:https://www.kingrecords.co.jp/cs/g/gKICC-1619/

※この記事は、これからの時代に活躍してほしい音楽評論家やライターを広くご紹介する、FREUDEの「執筆者応援プロジェクト」の一環として、一般社団法人ビトゥイン・ミュージック・タイズの助成を受けて制作されています。

執筆者:本田裕暉
1995年生まれ。青山学院大学大学院文学研究科比較芸術学専攻博士前期課程修了。主な研究対象は19世紀ドイツの音楽史、とくにヨハネス・ブラームス、マックス・ブルッフらの器楽作品。2018年より音楽之友社『レコード芸術』誌に定期的に寄稿。CDライナーノーツ、演奏会プログラム等に多数執筆している。

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