箕面市立メイプルホール(大阪府)
坂入健司郎×大阪交響楽団『ブラームス交響曲全曲演奏』 完結
指揮者の飛翔を目撃する【後編】

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箕面市立メイプルホール(大阪府)

坂入健司郎×大阪交響楽団『ブラームス交響曲全曲演奏』完結

指揮者の飛翔を目撃する【後編】

text by 八木宏之
photo by 樋川智昭

3年にわたる『ブラームス交響曲全曲演奏』を指揮者の坂入健司郎と振り返るインタビュー。後編では、ブラームス・ツィクルスを終えた坂入がこれから目指していく道や、箕面の音楽ファンへの想いなどを掘り下げる。

ローカルな魅力を持ったオーケストラ

――『ブラームス交響曲全曲演奏』を終えて、ブラームスの交響曲は坂入さんのレパートリーになったのでしょうか?

ブラームスの交響曲を指揮するのは怖かったですし、実際に演奏したあとも、その思いが変わることはありません。ブラームスの音楽はいつだってやっかいで難しい。ツィクルスを終えたいまも、ブラームスの交響曲を完全に手中に収めたとは言えませんが、今後も取り組み続けていきたいですね。

今回、同じオーケストラ、同じコンサートマスターとブラームスの交響曲4曲を続けて演奏できたことは、とても勉強になりました。リハーサルと演奏会では常に、コンサートマスターの林七奈さんの「坂入を育てるんだ!」という熱意がバンバン伝わってきて、本当に嬉しかったです。林さんだけでなく、オーケストラ全体に「4回の演奏会を充実したものにしよう」「今回は前回よりもさらに良い演奏にしよう」という気持ちが溢れていました。

――今回のブラームス・ツィクルスでは、ブラームスに関連したさまざまな作曲家の作品も取り上げられました。ブラームスに続いて、今後集中的に取り上げていきたい作曲家などはいますか?

「自分の得意な作品はこれだ!」と決め込んで、レパートリーを絞りたくはないので、これからもいろいろな作曲家の作品に取り組んでいきたいと思っています。第4回演奏会でヴァイオリニストの石上真由子さんと共演したドヴォルザークは、長らく苦手意識のあった作曲家でしたが、プロになってから、交響曲第7番、第8番、第9番を短い期間に連続して指揮する機会を経て、すっかり好きになりました。今回のヴァイオリン協奏曲もとても楽しかったですね。ドヴォルザークのように、演奏するなかで作品の魅力に気づくこともありますから、とにかくトライしてみることが大切です。オペラにも挑戦していきたいですが、オペラについてはシンフォニーとは反対にレパートリーを絞って、台本、セリフからしっかりと研究したうえで、指揮をしたいと思っています。

――ブラームス・ツィクルスを経てひとまわり成長した坂入さんが、外国のオーケストラと共演するのもぜひ聴いてみたいですね。

海外のオーケストラももちろんチャンスがあれば指揮してみたいです。いろいろな国や地域のオーケストラと共演したいですね。私はオーケストラのローカルなサウンドにとても興味を持っています。リハーサルの言語は英語だったとしても、オーケストラから出てくる音は地域色があるような、そんな演奏にとても惹かれるんです。国際都市のグローバルなオーケストラだけでなく、地方都市のローカルな魅力を持ったオーケストラとじっくりと向き合える機会を待ち望んでいます。

――大阪交響楽団もローカルな魅力を持ったオーケストラのひとつですね。

まさしく! 大阪響は大阪の人情を感じさせるローカルな魅力を持ったオーケストラで、人間的なあたたかみが演奏に滲み出ています。

地域の色を尊重してプログラムを考える

――ブラームス・ツィクルスでは、お客さんとの交流イベント「マエストロ・サロン」も大変好評だったと伺いました。箕面のお客さんと直接言葉を交わして、どのような印象を持たれましたか?

「マエストロ・サロン」に参加してくださったお客様は、クラシック音楽に詳しい方、熱心な方がとても多くて、その内容は回を重ねるごとにどんどん濃いものになっていきました。講義や講演が成功したときは聴衆からたくさんの質問が出るものですが、第4回の「マエストロ・サロン」はほとんどの時間を質疑応答に費やすほど、大いに盛り上がりました。参加者の皆さまと充実した対話を交わすことができましたし、箕面の音楽ファンに自分のことを知っていただける貴重な機会にもなりました。

――いまや坂入さんは箕面のスターですね!

スターかはわかりませんが、ブラームス・ツィクルスを通して、少しずつ声をかけてくださるお客様も増えていきました。リハーサルでうっかり指揮棒を忘れてしまい、「ピッコロ」という箕面駅近くの楽器店に指揮棒を買いに行ったことがあったのですが、お店の方がブラームス・ツィクルスを聴きに来てくださっていて、指揮者のひとだ!と気がついてくださったんです。演奏会や「マエストロ・サロン」を通して、箕面の人々に顔を覚えていただき、ツィクルスを地域で支えていただけたのは、本当に幸せなことでした。

――箕面でのブラームス・ツィクルスの成功は、地域ホールの自主企画が日本中の音楽ファンから注目され得ることを示しました。地方から全国へ、オリジナリティ溢れる公演を発信し続ける箕面市立メイプルホールの取り組みは、これからの地域ホールのあり方のひとつのモデルケースとなるのでしょうか?

箕面は文化的に豊かな土地ですし、大阪のなかでもクラシック音楽ファンが多い地域だと思います。ブラームス・ツィクルスの成功は、箕面のそういった土壌に助けられたところもありました。一方で、クラシック音楽に触れるチャンスが少ない地域では、取り上げるレパートリーをしっかりと吟味する必要があったり、吹奏楽のクリニックを開催するなど、関心を持ってもらうためのきっかけづくりが必要だったりします。地域ごとに事情は異なるので、「地方」と一括りにすることには慎重になるべきです。

私がいつも感じているのは、皆がロールモデルを探し過ぎているということです。メイプルホールのプロデューサー、和田大資さんのように、地方の文化についてリーダーシップを持って考える人がいることは重要です。演奏家も地域ごとの特質にあわせて、いろいろな工夫をすべきだと思います。しかし、誰もが成功した地域のモデルケースを追いかけ、模倣するのではなく、ドイツのように地方ごとの個性を活かし、その地方にふさわしい音楽文化を培っていくことがなにより大切なのではないでしょうか?それには必ずしもクラシック音楽だけが選択肢ではないと思います。これからも、地域の色を尊重してプログラムを考え、地域の人々に心から喜んでもらえる演奏会を作っていきたいですね。

――坂入さんがおっしゃるように、他所の成功例をただ真似するのではなく、地方ごとの個性を活かし、そこに暮らす人々の顔を思い浮かべながら企画に取り組むことが大切ですね。坂入さんの全国各地でのご活躍、そして箕面への再登場、楽しみにしております!

『ブラームス交響曲全曲演奏』の完結を出演者と聴衆でともに祝った。

『ブラームス交響曲全曲演奏』を振り返るロング・インタビューは、プロ・デビューから快進撃を続ける坂入が、その影で七転八倒しながら指揮者修行に励んでいることを明らかにした。大学の経済学部を卒業後、サラリーマンとして働きながら、仲間たちとオーケストラを組織して指揮活動を展開し、満を持してプロの指揮者となった坂入は、デビューの時点ですでに自らのスタイルを持っていた。しかし、ブラームス・ツィクルスの指揮台に立った坂入は、そういった自身の流儀を一旦すべて捨て去り、謙虚な姿勢で大阪交響楽団と向き合って、プロの指揮者の基礎を修めた。若き指揮者の誠実な態度にオーケストラも全力で応え、ブラームス・ツィクルスは大阪響にとっても忘れ難い演奏体験となったのだった。

大阪響も坂入との再共演を熱望し、このインタビューのあと、ブラームス・ツィクルスのスピンオフ企画『みんなのリクエスト・コンサート』の開催が決定した。2025年3月26日にメイプルホールで開催される『みんなのリクエスト・コンサート』は、インタビューでも話題にのぼった「マエストロ・サロン」における坂入と聴衆の対話をヒントに企画されたもので、演奏する作品はすべて、音楽ファンの投票によって決められる。投票期間は10月1日から10月31日の1ヶ月間。ソリストとしてヴァイオリニストの石上真由子の出演も予定されており、石上が演奏するコンチェルトも同様にリクエスト可能だ。坂入と大阪響のブラームスの名演に接した人は、是非とも投票して、メイプルホールに再び集って欲しい。またブラームス・ツィクルスを聴くことができなかった人も、今度こそ、このコンビの伝説をメイプルホールで体験してもらいたい。FREUDEも引き続き、箕面の事件を追い続けていく。

公演情報

箕面市立メイプルホール
坂入健司郎×石上真由子×大阪交響楽団
『みんなのリクエスト・コンサート』

2025年3月26日(水)19:00開演
※18:45〜音楽評論家の奥田佳道によるプレトークあり

坂入健司郎(指揮)
石上真由子(ヴァイオリン)
大阪交響楽団(管弦楽)

演奏曲目は投票により決定(投票期間は10月1日 9:00〜10月31日 23:59まで)

投票の詳細:https://minoh-bunka.com/r_concert2024/

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