FREUDE試写室 Vol.6
『クレッシェンド 音楽の架け橋』

FREUDE試写室 Vol.6

『クレッシェンド』

text by 有馬慶

これからの「音楽」の担い手に求められる覚悟

現代を代表する指揮者、ピアニストのダニエル・バレンボイムと著書『オリエンタリズム』で西洋文明を鋭く批判した人文研究者のエドワード・サイード。それぞれユダヤ系とパレスチナ系の出身であるふたりは多くの対話を重ね、1999年に中東の壁を打ち破るべく「ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団」を創設した。このオーケストラにインスパイアされた映画『クレッシェンド 音楽の架け橋』が公開される。

本作のあらすじは以下の通り。世界的指揮者エドゥアルト・スポルクは、パレスチナとイスラエルの若者たちによるオーケストラを編成し、平和のためのコンサートを開くプロジェクトを引き受ける。当初からふたつに分かれ、激しくいがみ合う若者たち。スポルクは彼らを和解させるべく合宿を行うが、果たしてコンサートは無事に成功するのか?

『クレッシェンド 音楽の架け橋』© CCC Filmkunst GmbH

「音楽は世界を救う」「音楽に国境はない」「音楽で平和を」……本作は意外にも、こうした理想がいかに非現実的であり、机上の空論であるかということを容赦なく突きつける。

例えば、序盤で示されるのはパレスチナ系のレイラとユダヤ系のロンによるヴァイオリンの練習風景である。前者は爆撃の音に何度も弓を止め、ついには玉ねぎで涙を流して苛立ちを発散する。一方、後者は明るく清潔な室内で落ち着いて弓を動かし続ける。このふたりの姿がカットバックで対比されるのだ。そんな両者がそう簡単に分かり合えるはずもない

事実、彼らが歩み寄るのは「音楽」ではなく、「言葉」による直接的な対話である。中盤でのグループワークのシーンは実際に行われているセラピー方法を取り入れており、極めてリアルである。まずは理性により相互理解を十分に行ったうえで、初めて音楽が可能になる。これは奏者と聴き手の関係にも言えることではないだろうか。

『クレッシェンド 音楽の架け橋』© CCC Filmkunst GmbH

ドイツの哲学者、テオドール・アドルノは「アウシュビッツの後で詩を書くのは野蛮だ」と言った。西洋文明は高度な技術革新を生み出したが、同時に多くの大量虐殺も可能にした。ユダヤ人を救うはずの国家イスラエルも誕生以来、争いとともにある。その根源はイギリスによる三枚舌外交であり、世界恐慌であり、バルカン半島であり……人類の歴史とは戦争の歴史であるという暗い事実に直面せざるを得ない。

本作のラストも決して明るい希望に満ちたものではない。たしかにアドルノは正しいのかもしれない。しかし、それでもなお「音楽を奏でたい」「音楽を信じたい」「音楽を好きでいたい」という覚悟を持つ者だけが、これからの「音楽」の担い手である――そのような重いメッセージを私は本作から受け取った。

『クレッシェンド 音楽の架け橋』© CCC Filmkunst GmbH

『クレッシェンド 音楽の架け橋』
2022年1月28日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

監督:ドロール・ザハヴィ
脚本:ヨハネス・ロッター、ドロール・ザハヴィ
出演:ペーター・シモニシェック、ダニエル・ドンスコイ、サブリナ・アマーリ
2019年/ドイツ/英語・ドイツ語・ヘブライ語・アラビア語/112分/スコープ/カラー/5.1ch/原題:CRESCENDO #makemusicnotwar/日本語字幕:牧野琴子/字幕監修:細田和江
© CCC Filmkunst GmbH
配給:松竹
宣伝:ロングライド
https://movies.shochiku.co.jp/crescendo/

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