映画『ウエスト・サイド・ストーリー』
監督・製作:スティーブン・スピルバーグ

<Cross Review>
映画『ウエスト・サイド・ストーリー』

監督・製作:スティーブン・スピルバーグ

『ウエスト・サイド・ストーリー』
2022年2月11日(金・祝)劇場公開
© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

監督・製作:スティーブン・スピルバーグ
脚本:トニー・クシュナー
出演:アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー、
アリアナ・デボーズ、マイク・ファイスト​、
デヴィッド・アルヴァレス、リタ・モレノ

『ウエスト・サイド・ストーリー』公式サイト
Movies.co.jp/WestSideStory

第79回ゴールデングローブ賞 作品賞含む最多3部門受賞
第94回アカデミー賞 7部門にノミネート

脱『ロメオとジュリエット』
上演史から読み解くスピルバーグ版の意義

小室敬幸

『ウエスト・サイド・ストーリー』を語る上で重要なのが、『ロメオとジュリエット』を翻案するというのは振付家のジェローム・ロビンスによるアイデアであり、ロビンスこそがこの作品における最高権力者だったという事実だ。1957年のブロードウェイ初演でも彼が演出を担い、1961年の旧映画版では撮影開始から45日で――完璧主義者のロビンスのせいでスケジュールが24日押し、予算も超過したことから――撮影現場から追い出されてしまったが、監督のクレジットにはロバート・ワイズと連名で名を残した。そして1980年のブロードウェイ・リバイバルでもロビンスが演出を務めている(この時はマリア役をプエルトリコ系の俳優が演じた)。

ところがこの後、作品がロビンスの手から離れてゆく。1984年にはレコード会社の企画により、作曲者レナード・バーンスタイン自身が初めて、『ウエスト・サイド・ストーリー』の全編を振るというレコーディングが行われた。収録された演奏は抜群に素晴らしいのだが、マリアを歌うキリ・テ・カナワは(イギリス英語に近いニュージーランド)英語が母語で、トニーを歌うホセ・カレーラスはスペイン語が母語……と本来の設定とはちぐはぐな状態に。さらにマリアとトニーが台詞で対話する場面で、バーンスタインは自らの娘と息子を起用して、あくまでも綺麗な(アメリカ)英語発音にこだわった。バーンスタインは本作の古典化を狙っていたのであろうが、現在の感覚からすれば「ホワイトウォッシュ」とみなされても仕方ない。

それとは真逆の方向をとったのが2009年のブロードウェイ・リバイバルで、この時は脚本を書いたアーサー・ローレンツが演出を担った。最大の特徴はマリア、アニータ、ベルナルドを中南米の血筋を引く俳優に演じさせ、さらにマリアとアニータがそれぞれ感情を爆発させる《アイ・フィール・プリティ》と《ア・ボーイ・ライク・ザット》などの歌詞をリン・マニュエル・ミランダに翻訳させたり、台詞に変更を加えたりすることで、オリジナルの台本や歌詞では一部だけだったスペイン語を増やしたことだ。プエルトリコ出身の彼らに、よりリアルな存在感をもたせた。

この方向性を踏襲したのが2022年2月11日に日本で公開されるスティーブン・スピルバーグ監督版だ。作詞をしたスティーブン・ソンドハイムがスピルバーグと30年来の友人であったこともあり、撮影の一部とすべてのレコーディングに立ち会っている。前述した2曲はオリジナルの英語のままだが、映画をご覧になれば分かるように、スペイン語を耳にする割合が著しく増えたのは明らか。そして各所で報じられているように、アメリカでの上映ではこのスペイン語の部分に英語字幕を付けないことで、2つの言語を対等な関係にあることを示した(日本では両方を訳しているのでご安心を!)。また指揮者にベネズエラ出身の若き大スターであるグスターボ・ドゥダメルを起用し、ひとつひとつの音の密度が高く、雄弁であるにもかかわらず、リズムは腰が重くならないという絶妙なバランスを実現。作曲者へのリスペクトが感じられるデヴィッド・ニューマンの編曲も相まって、より現代的な音楽として聴かせてくれる。

© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

加えてスピルバーグと今回の脚本を書いたトニー・クシュナーは、主要登場人物にこれまでなかったリアルな背景を与え、何故そのような行動を起こすのか必然性を生み出していく。特に顕著なのは人物造形上で『ロメオとジュリエット』との繋がりが弱いシュランク警部補(大公に相当)や、チノ(パリスに相当)といった役柄で、その心のうちが分かるように描いていることに驚かされた。これは作劇の必然性を『ロメオとジュリエット』に頼らないという宣言であり、『ウエスト・サイド・ストーリー』という作品はそれ自体が単独で古典になり得るものだ……スピルバーグがそう主張しているかのような映画である。

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「ミュージカルらしさ」を特徴とした旧作
ダイナミックな「映画らしさ」を追求した新作

有馬慶

『ウエスト・サイド・ストーリー』は、1957年に初演されたブロードウェイ・ミュージカルの代表作である。1961年に公開された映画は、作品賞や監督賞など10部門でアカデミー賞を受賞という歴史的な快挙を成し遂げている。それ以来、「アメリカ映画ベスト」や「ミュージカル映画ベスト」といったランキングには必ず挙がるタイトルとなった。

このようにすでに評価の安定した名作をリメイクすることは非常に難しい。大胆な改変を行えば、「原作への冒涜」と容赦ない批判に晒される。逆に原作に忠実でも、「単なるコピー」と切り捨てられる。いわば「2世タレント」のような運命を背負うことになるのだ。

したがって、『ウエスト・サイド・ストーリー』のリメイクは、たとえ巨匠スティーブン・スピルバーグが監督しようと無謀にしか思えない。しかし、結論から言えば本作は圧倒的な傑作である。ミュージカル版と旧映画版の良いところを取り入れつつ、現代の観客が観てもアクチュアルに感じられるように細やかなアップデートをしている。あらゆる面で非の打ちどころのない恐るべき完成度である。

© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

まず、1950年代のニューヨーク、ウエスト・サイド・マンハッタンを上空から捉えた映像で始まる。リンカーン・センター(ご存じメトロポリタン歌劇場やジュリアード音楽院などを含む総合芸術施設)開発のため、建物の取り壊しが行われている。その工事現場からひょっこりと顔を出すのが、ポーランド系白人の不良少年グループ「ジェッツ」。彼らはビルの狭間で(まさにネズミのように)生き延びてきたが、その居場所すらも奪われそうになっているのだ。だから、部外者のくせにシマを荒らすプエルトリコ系移民の不良少年グループ「シャークス」が憎くてたまらない。工事現場からくすねてきたペンキでプエルトリコの旗を汚す「ジェッツ」、自分たちの誇りに傷をつける彼らを攻撃する「シャークス」、銃をちらつかせ横柄な態度で割って入る警察、遠巻きに見守る一般市民……口笛と指パッチンによる「プロローグ」とともに、これだけの情報が台詞なしにおよそ5分で端的に示される手際の良さ! この冒頭の一連のシークエンスだけで、すでに傑作と呼ぶに値する。

このように、本作は空撮やロケによるダイナミックな「映画らしさ」を特徴としている。旧作ではスタジオ・セットによるミニマムな「ミュージカルらしさ」を特徴としていたのとは対照的である。上記のシーン以外にも、移民の理想と現実をラテン系の陽気さで笑い飛ばしてしまう《アメリカ》のシーン。旧作では夜の屋上で完結していたが、街に繰り出してダイナミックに歌い踊る(トレイラーで参照可)。トニーとマリアのつかの間のデートも、旧作ではマリアの仕事場で済ませていたところを、ちゃんと地下鉄に乗って美術館まで出かける。

 

こうしたリアリズムばかりでなく、繊細な演出も冴えわたる。例えば、有名な「バルコニー」のシーン。初めから抱き合っていた旧作に対して、本作では最後まで柵越しに見つめ合い手を重ねるだけである。ふたりを断絶する「見えない壁」が見事に可視化されているではないか。私は思わず「これだ!」と膝を打った。

キャストやキャラクターにも触れておこう。アンセル・エルゴート演じるトニーは、まったく不良っぽくなく本当は優しい性格であることがよく出ている。決して上手くはないが、ささやくような歌い方にそれがよく表現されている。レイチェル・ゼグラー演じるマリアは、初めからグイグイと来るところが非常に現代的。歌声も直線的によく伸びる。チノ(ジョシュ・アンドレス)の設定の掘り下げには「なるほど、だからベルナルドはマリアと結婚させたがったのね!」と納得できること請け合い。原作では男性であるドラッグストアの店長ドクはバレンティーナという女性に変更されているのだが、旧作のアニータ役でアカデミー助演女優賞を受賞したリタ・モレノが演じる! ちなみに製作総指揮も彼女。

© 2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

そして、レナード・バーンスタイン作曲の音楽についても忘れてはならない。デヴィッド・ニューマンのアレンジとグスターボ・ドゥダメル指揮ロサンジェルス・フィルの演奏によって、オリジナルのミュージカルが当時の人々に与えたであろうアクチュアリティが蘇った。分厚く立派なシンフォニック・サウンドではなく、軽快で飾らない「現在進行形」の響きである。キリ・テ・カナワやホセ・カレーラスといったオペラ歌手達が歌う自作自演盤(1984年)を聴き慣れた耳には新鮮に響くはずだ。

せっかくのミュージカル映画である。ぜひ音響の良い劇場で観てほしい。

『ウエスト・サイド・ストーリー オリジナル・サウンドトラック』

スティーブン・スピルバーグ監督作品
作曲:レナード・バーンスタイン
作詞:スティーブン・ソンドハイム
指揮:グスターボ・ドゥダメル
サウンドトラック・アルバム プロデューサー:
デヴィッド・ニューマン、マット・サリヴァン&ジェニン・テソリ
エグゼクティブ・サウンドトラック・プロデューサー:
スティーブン・スピルバーグ、クリスティ・マコスコ・クリーガー
音楽編曲:デヴィッド・ニューマン
音楽監督:マット・サリヴァン
ボーカル監修・指導:ジェニン・テソリ
発売・販売:ユニバーサル ミュージック合同会社 パートナー・レーベルズ

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