ジャズ・ピアニスト、大西順子の現在(いま)
カルテットとラージ・アンサンブルによる
プレミアムコンサート
text by 細田成嗣
すみだトリフォニーホールに
初めて登場したジャズ・ミュージシャン
すみだトリフォニーホールが今年でオープン25周年を迎える。新日本フィルハーモニー交響楽団の活動拠点として知られるクラシックがメインのコンサートホールだが、これまで様々なジャズ・ミュージシャンも公演を行ってきた。ハンク・ジョーンズやトゥーツ・シールマンスといった巨匠からパット・メセニーやブラッド・メルドーら当代きっての名手、さらにジェイコブ・コリアーのような新しい才能まで、顔ぶれは実に多彩である。そんなすみだトリフォニーホールでジャズ・ミュージシャンとして初めてライヴを行ったのが、国内外の第一線で活躍してきたピアニストの大西順子。来たる3月8日には同ホールの25周年特別企画として、彼女がカルテットとラージ・アンサンブルという2種類の編成でプレミアムコンサートを開催する。
大西順子は名門バークリー音楽大学を首席で卒業後、1989年より活動を開始。1994年にはジャズの殿堂ヴィレッジ・ヴァンガードに日本人として初めて自らのグループで出演し、その模様を収録したライヴ盤『JUNKO ONISHI LIVE AT THE VILLAGE VANGUARD』は高い評価を獲得する。その後、2度の長期休養期間を挟みつつ、2015年に演奏活動を再開。2016年にはプロデューサーに菊地成孔を迎えたアルバム『Tea Times』で復活を遂げた。近年はベーシストの井上陽介とドラマーの吉良創太を率いるレギュラー・トリオのほか、サックス奏者の吉本章紘やトランペット奏者の広瀬未来らメンバーの作編曲にフォーカスしたセクステット・プロジェクトなど複数の編成で精力的な音楽活動を展開している。
昨年はレギュラー・トリオにパーカッショニストの大儀見元を迎え、新たにカルテットでの活動もスタート。12月にはアルバム『Grand Voyage』を完成させた。またセクステット・プロジェクトを発展させたラージ・アンサンブルも結成し、昨年6月にアルバム『out of the DAWN』を発表している。このたび開催されるすみだトリフォニーホールの公演では、こうした彼女の現在進行形の2種類の側面に立ち会うことができるというわけだ。
レギュラー・トリオに
大儀見元を加えたカルテット
トリオからカルテットへの編成拡大は、グループに強烈なリズム・アプローチをもたらした。大西はカルテットについてこのように語る。
「大儀見元さんが加入して初めて一緒に演奏した時から、ボトムが安定してとても自由にピアノを弾くことができるようになりました。バンドのカラーも当然増えましたし、まるでエンジンを2個搭載しているような感覚です。いわば“大儀見マジック”とでも言えばいいでしょうか(笑)。リズムの幅が一気に広がりましたね。カルテットを結成したばかりの頃は私の昔のオリジナル曲やチャールズ・ミンガスの曲など、トリオ時代にやっていたレパートリーが中心だったんですけど、ふとジェリ・アレンの《Printmakers》という曲を思い出して。色々なリズム・パターンが出てくるからどうだろうと思って提案したらみんな気に入ってくれて、大変面白く演奏することができました。そのままレコーディングして『Grand Voyage』に収録しています。
アルバムでは小野リサさんに作詞と歌で参加していただいているんですが、彼女へのアンサー・ソングとして《I Love Music》という曲もレコーディングしました。アーマッド・ジャマルの演奏で有名な曲で、若い頃からずっと聴き込んできた思い入れのある曲でもあります。それとダラー・ブランドの《Kippy》も昔から“いつかやりたい!”と思っていた曲でした。名盤『アフリカン・ピアノ』の最後の方に収録されていて、ソロ・ピアノのライヴ盤なので組曲のように全曲が繋がっているんですが、《Kippy》になるとパッと雰囲気が変わる。コード進行がセロニアス・モンクっぽいところもあるし、デューク・エリントンの《Come Sunday》のようでもあって、レパートリーに加えたいとずっと思っていたところ、今回カルテットでようやくレコーディングが実現しました」
メンバーの作曲能力を最大限に生かす
ラージ・アンサンブル
一方、セクステット・プロジェクトをラージ・アンサンブルへと拡大したのは、「参加メンバーの作曲能力を最大限に生かしたい」という思いがあったようだ。
「セクステット・プロジェクトの時は、ベースの井上陽介さんとサックスの吉本章紘くん、トランペットの広瀬未来くんと、セクステット編成を基本にしてオリジナル曲をたくさん書くというコンセプトで活動していたんですね。そしたら3人の作曲能力が大変素晴らしいということがわかった。なので彼らにもっと色々な曲を書いて欲しい、できれば大編成で、しかも若いミュージシャンも巻き込みながらやりたいと考えて始めたのが、ラージ・アンサンブルのプロジェクトでした。
日本はビッグ・バンドがとても人気ですよね。けれど多くのビッグ・バンドでは書き譜の部分が大半を占めている。みんな譜面から決して目を逸らさずに演奏しているんです。けれど譜面が全てではないような、ジャズ・ミュージシャンだからこそ可能なビッグ・バンド(ラージ・アンサンブル)をやりたいと思って。それでインプロヴィゼーションに長けたメンバーを集めることにしました。ジャズの大きな魅力の一つは“譜面通りにいかない”というところにあると思っています。今では色々な音楽が譜面化されていますけど、それを取り上げて演奏しても決して元の音楽とは同じようにならない不思議さがあるんです。そういった“演奏するたびに変化する”という部分を強調していきたいと思っています」
ラージ・アンサンブルのプロジェクトを始動するにあたって、どのような音楽が大西にインスピレーションを与えることになったのだろうか。
「やっぱりマリア・シュナイダーが出てきた時は“ジャズ・ミュージシャンをわかっているな”と思いました。それとスティーヴ・コールマンが大編成で取り組んでいる音楽も面白いと思いました。尖ったジャズ・ミュージシャンでなければやらないですし、普通は誰も真似しようと思わないような音になっている。真似しようとしてもなかなかできないアプローチも多々あって、そういう部分はかっこいいなと思いましたね。
それと私が以前在籍していたミンガス・ビッグ・バンドも同じように尖ったところがありました。ただ単に譜面を追っているだけではなくて、それぞれのミュージシャンがインプロヴィゼーションで対応しなければならない箇所がたくさんある。それはいわゆるブラス・バンドとは異なる、ジャズ・ミュージシャンならではの音楽だと思います。
あとはディジー・ガレスピーのラテン・ビッグ・バンドに参加していた時期があって、その時の体験も強く胸に刻まれています。リライトされていない古いスコアをそのまま使っている場合でも、メンバー全員が歌うように演奏して、まるで弾丸のような音が響いていました。他にも、直接参加したわけではないですが、デューク・エリントンがリハーサルしている映像を見ると、バンドに指示を出すときに譜面ではなくて口頭でいわゆるヘッド・アレンジをしていくんですね。そういうのを見ても、やっぱり譜面以外の部分を大事にしていきたいなと」
「ビューティフル・ミステイク」は
新しい何かが始まる瞬間
音楽における譜面化し得ない要素。その一つがインプロヴィゼーションである。とりわけライヴとなると、一回的で予期し得ない演奏は観客にスリリングな体験をもたらすことになる。それはカルテットであってもラージ・アンサンブルであっても共通している。とはいえ想定外の事態を呼び込むこともあるはずだ。インプロヴィゼーションが「失敗」に陥ることはないのだろうか。
「私たちはそもそも“覚えたことが飛んじゃったらどうしよう”とか“間違えたらどうしよう”と躊躇することはないです。もちろん“思っていたことと違うように弾いてしまった”となることはあります。けれどそれが生む奇跡的な音というのが存在している。“あ、これもアリなんだ”という発見があるんです。そしてそれをきっかけに新しい何かが始まることもある。私たちは“ビューティフル・ミステイク”と呼んでいるんですが、そういったことが起きるようなライヴを続けられるといいなと思っています。
特に今回のすみだトリフォニーホールは、いわゆるジャズのライヴハウスでは絶対に得られない響きがあるので、それを上手く使うことができるかどうか。そうしたことも気にしています」
1998年の初出演以来、実に24年ぶりとなるすみだトリフォニーホールでの大西順子のライヴ。彼女がどのような「ビューティフル・ミステイク」を生み落とすのか要注目だ。
公演情報
開館25周年特別企画
大西順子プレミアムコンサート
2022年3月8日(火)19:00開演【第1部】大西順子 QUARTET
大西順子[ピアノ]
井上陽介[ベース]
吉良創太[ドラムス]
大儀見元[パーカッション]【第2部】大西順子 presents THE ORCHESTRA
※大西順子の演奏・指揮での参加はありません。井上陽介[ベース]
吉本章紘[サックス、フルート、クラリネット]
広瀬未来[トランペット]
佐瀬悠輔[トランペット]
和田充弘[トロンボーン]
池本茂貴[トロンボーン]
笹栗良太[バストロンボーン]
曽我部泰紀[サックス、フルート、クラリネット]
デイビッド・ネグレテ[サックス、フルート]
陸悠[バリントンサックス、クラリネット]
鈴木孝紀[バスクラリネット]
若井優也[ピアノ]
吉良創太[ドラムス]
岡本健太[パーカッション]
スガダイロー[ゲスト ピアノ]
松永敦[チューバ]
中澤幸宏[ホルン]
本間州[オーボエ]
馬場孝喜[ギター]
大西順子[プロデュース]料金:S¥5,000 A¥4,000 学生券¥1,000(小中高生・学生)
すみだ区割(区在住在勤)¥2,500
すみだ学割(区在住在学の小中高生・学生)¥1,000主催:公益財団法人墨田区文化振興財団(すみだトリフォニーホール指定管理者)
【公演詳細はこちら】
https://www.triphony.com/concert/detail/2021-10-005300.html