沼尻竜典が提示する新しい日本のオペラのかたち
びわ湖ホール 歌劇《竹取物語》

<Review>
沼尻竜典が提示する新しい日本のオペラのかたち

びわ湖ホール 歌劇《竹取物語》

text by 八木宏之
cover photo ©栗山主税 写真提供:びわ湖ホール

帰りに口ずさめるオペラ

2022年1月22日、23日に滋賀県大津市のびわ湖ホールにて、沼尻竜典の歌劇《竹取物語》が沼尻自身の指揮のもと、セミ・ステージ形式で上演された。私は本公演に先立って行われた1月20日の公開ゲネプロを鑑賞した。この日はどんよりとした曇り空で、大津駅から琵琶湖へ向かって歩いていると、目の前が白く染まるほどの雪が降ってきた。公開ゲネプロにはびわ湖ホール友の会の会員のほか、滋賀県内の学校に通う小学生たちが招待された。

《竹取物語》は2014年1月18日に横浜みなとみらいホールで世界初演されたあと、ベトナムのハノイでも上演されるなど、各地で成功を収めてきた。びわ湖ホールでこのオペラが上演されるのは2015年8月に続いて2回目となる。当初2020年に予定されていたびわ湖ホールでの再演は中止となったが、今回コロナ禍に即したセミ・ステージ形式での上演が実現した。2015年にびわ湖ホールで上演された栗山昌良演出の舞台を中村敬一がセミ・ステージ形式にリメイク。ステージの中央にオーケストラが配置され、その周囲に設けられた舞台の上で歌手たちが歌い演じていく。

©栗山主税 写真提供:びわ湖ホール

沼尻は《竹取物語》を作曲するにあたり、「帰りに口ずさめるオペラ」を目指した。日本人なら誰もが知っているかぐや姫の物語に、昭和のコントと歌謡曲のエッセンスを織り込んで、これまでになかった日本のオペラを実現した。作者不詳の原作では淡々と描かれる求婚者たちにも、それぞれに魅力的なキャラクターが与えられ、ザ・ドリフターズやクレイジーキャッツのコントのスタイルで観客を引き込んでいく。その日の公演を鑑賞していた小学生たちはもちろんのこと、これを書いている私自身も『8時だョ!全員集合!』のコントや歌謡曲の世界を体験していないけれど、それでもなんだか懐かしく楽しめてしまうのは、このオペラの不思議な魅力のひとつである。子供たちも集中してオペラの世界に浸っているようだ。求婚者たちが繰り広げるコミカルな場面の数々を観ながら、以前沼尻がインタビューで、「親子向けの公演は子供だけでなく、親(大人)も一緒に楽しめるものを目指すべきだ」と語っていたことを思い出した。《竹取物語》はそうした沼尻の考えを反映したものであり、世代を問わず、日本人なら誰もが理屈抜きに楽しめるオペラなのだ。

©栗山主税 写真提供:びわ湖ホール

沼尻が築き上げたびわ湖ホールのアンサンブル

《竹取物語》のもうひとつの魅力は、オペラ指揮者である沼尻ならではのモチーフの扱いやオーケストレーションである。第3景の終わりごろ、5人の求婚者が全て散ったあとに、翁がもうひとり候補がいると仄めかすシーン。そこで静かに《君が代》の断片がラヴェル風のハーモニーに乗って聴こえてきて、帝の存在を暗示する。この《君が代》の断片は帝を象徴するものとして、形を変えてほかの場面でも登場する。こうしたモチーフの扱いは、沼尻が得意とするワーグナーの楽劇におけるライトモチーフを思い起こさせるものだ。また石作皇子が天竺へ行ってきたと嘘を語る場面では、ハープがシタールの響きで聴くものをインドへと誘う。ときに狂言回しのような役割を担うオーケストラは、このオペラの影の主役と言えるだろう。

本公演では幸田浩子と砂川涼子がダブルキャストでかぐや姫を演じた。私は砂川のかぐや姫に接したが、砂川はかぐや姫に人間的な温かみを与えて、感情の揺らぎを繊細に描き出した。かぐや姫はときに冷たい印象を与えうる人物だが、砂川はその神秘性を強調するのではなく、誰もが感情移入できるひとりの女性としてこの役を演じきった。そうした砂川のかぐや姫だからこそ、最後に帝へ手紙を書く場面は真に迫るものとなる。

©栗山主税 写真提供:びわ湖ホール

本公演では翁の迎肇聡、媼の森季子、帝の松森治など、びわ湖ホール声楽アンサンブルのメンバーたちの充実した歌唱と演技が強く印象に残った。劇場に軸足を置いた歌手たちによる「アンサンブルとしてのオペラ」の実現こそが、沼尻が芸術監督として15年かけてびわ湖ホールで成し遂げた成果なのである。また京都市交響楽団とともにびわ湖ホールのオペラ上演を支えてきた日本センチュリー交響楽団も、アンサンブルの一員として歌手に寄り添いながら、沼尻の色彩豊かなオーケストレーションを巧みに響かせていた。

FREUDEでは2021年10月に東京芸術劇場で上演された岡田利規の新演出による歌劇《夕鶴》(執筆:池田卓夫)を取り上げた。これまで長い間、團伊玖磨の《夕鶴》は日本人によるオペラの代表として再演を重ねてきたが、これからは沼尻の《竹取物語》も日本の優れたオペラのひとつとして上演され続けていくだろう。このオペラの魅力を発信し続けるためにも、室内オペラ版や管弦楽組曲版といったさまざまなバリエーションが沼尻の手で作られて、より多くの人が《竹取物語》に触れる機会を得ることを期待したい。

©栗山主税 写真提供:びわ湖ホール

 

【びわ湖ホール 歌劇《竹取物語》Webページ】
https://www.biwako-hall.or.jp/performance/taketori2021

【びわ湖ホールの次なるオペラ公演はワーグナーの《パルジファル》詳細はこちらから】
https://www.biwako-hall.or.jp/performance/parsifal2022

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