湯山昭の音楽
稀代のメロディメーカーの知られざる魅力

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湯山昭の音楽

稀代のメロディメーカーの知られざる魅力

text by 原典子

湯山昭という作曲家に、皆さんはどのようなイメージをお持ちだろうか? 合唱で湯山作品を歌ったことがある方も多いだろう。ピアノを習っていた方なら《お菓子の世界》を弾いたことがあるかもしれない。「この指パパ♪」のメロディでおなじみの童謡《おはなしゆびさん》も湯山の作曲だ。

教育音楽や合唱の分野で数々の名曲を残し、大衆に愛された作曲家。しかし、それだけではない。ラヴェルやフォーレなどフランス音楽の影響を感じさせる洒脱な和声、ときに無調も用いたアヴァンギャルドな音響、ジャジィな躍動とソリッドなグルーヴ、そして日本語にぴたりとはまるキャッチーなメロディ……。色とりどりの輝きを放つ湯山昭の音楽は、少しも色褪せることなく「今」に生きる私たちの感性と響き合う。

3月27日(日)​東京オペラシティ コンサートホールにて開催される『湯山昭の音楽』では、そんな作曲家の知られざる魅力をたっぷり味わうことができる。プロデュースは氏の娘で著述家・プロデューサーの湯山玲子。注目の公演を前に、湯山邸で行なわれたふたりへのインタビューをお届けする。

<湯山玲子インタビュー>
天才であり職人
日本語をいかに自然にメロディに乗せるか

――湯山昭先生は1932年のお生まれですが、どのような経緯で作曲家になられたのでしょう?

湯山玲子 父は平塚(神奈川県)に生まれ、海軍の軍人だったお父さんを幼い頃に病気で亡くし、教師だったお母さんに育てられました。いわゆる鍵っ子だったのですが、クラシックとの出会いはドラマティック。ある日、庭の木に登っていたら、隣のお金持ちの家からレコードの音が流れてきて、「なんだこれは!」と衝撃を受けた。その曲はシャブリエの狂詩曲《スペイン》だったそうで、それ以来クラシックに夢中になったという。

――バッハでもベートーヴェンでもなく、シャブリエというところが先生らしいですね。その後、東京藝術大学に進み、作曲科在学中に《ヴァイオリンとピアノのための小奏鳴曲》(1953年)が第22回日本音楽コンクール第1位次席に輝いて頭角を現した。この作品は今回演奏されますが、フランス音楽の香り漂う優美な曲です。

湯山玲子 湘南高校では石原慎太郎氏と同級生だったそうですが、父は長男で勉強もできるタイプだったのでしょう。結局、音楽の道を目指すのであれば藝大に行かない限りは不良とみなされるような時代でした。そこで藝大に行って、真面目に勉強しちゃったもんだから、クラシックの道で生きていくことになったのだと思います。
そして幸いなことに、藝大を卒業してからもすぐに仕事がたくさんあったから、クラシックの作曲家を続けてこられた。今回演奏する歌曲集《子供のために》(1960年)は父が最初に作った歌曲ですが、メロディがとても豊かですよね。その才能にいち早く着目したのが教育業界。敗戦から高度経済成長期へと向かう世の中では、音楽熱のすべてが子どもの教育に注がれていました。「子どもの情操教育には音楽」「一家に一台ピアノ」といった大きなムーヴメントにいちばんヒットした作曲家が湯山昭だったというわけです。

――必ずしもクラシックの作曲家を目指していたわけではなく、時代の流れによるところも大きかったと。

湯山玲子 そうですね。私たち親子にはバート・バカラックの音楽が大好きという共通項があるのですが、以前、父に「もしアメリカに生まれていたら、クラシックやってた?」と聞いてみたら「やるわけないじゃん」って。1960~70年代のアメリカで活動していたら、バカラックのように映画音楽やポップスを通して自分のメロディを自由自在に大衆に届ける……そういうことができたかもしれません。

――バカラックといえば、玲子さんがもっとも愛する作曲家ですよね?

湯山玲子 そう、私はバカラックに惹かれてこの世界に入ったようなものです。でも、そもそものきっかけは、小学校3年ぐらいの頃、父の友人の作曲家が「これ、湯山くんの音楽に似ているから」といってバカラックのレコードを送ってきてくれたことでした。よく父の仕事場に上がりこんでレコードを片っ端からかけていた私は、そのバカラックのレコードを聴いた瞬間に心を鷲掴みにされまして、そこから洋楽にハマっていったんです。
バカラックのお洒落なメロディラインやダイナミックな転調は、父の音楽にも共通するものがありますし、私が好きな音楽を並べていくと、そのベースにはやはり父の音楽があったのだと、今あらためて思います。

――玲子さんのなかで、湯山先生の音楽に連なるものとして、バカラック以外にはどんな音楽がありますか?

湯山玲子 たとえば、ポール・マッカートニー、フレディ・マーキュリー、プリンス、ジョニ・ミッチェル、トッド・ラングレン、ミシェル・ルグラン、アンドリュー・ロイド・ウェバー。ジャズだとビル・エヴァンス、ブラジル音楽だとアントニオ・カルロス・ジョビン、カエターノ・ヴェローゾ、テクノで言えば、ススム・ヨコタ、Masaki Sakamoto、ヒップホップだとNujabes。日本の音楽だったら渋谷系、Suchmos、坂本龍一、YOASOBI。あとユーミンや井上陽水が好きだったら、湯山昭の音楽も好きなはず。今、世界でバズっているシティ・ポップと湯山昭は同じ沼のセンスですよ。

――おお、すごい幅広いコレクション!

湯山玲子 はっぴいえんどが「日本語のロックを確立した」と言われますが、湯山昭はそれより前からクラシックでやっていましたからね。父の声楽曲は詩が先にあるわけですが、言葉をどう音楽に置き換えていくか、西洋音階に乗りにくい日本語を、いかに自然にメロディに乗せるか、つねにそこを徹底して追求していました。よく、お茶の間のテレビから流れてくるフォークソングを耳にしては「なんだあれは!」と激怒していましたよ(笑)。日本語の自然なアクセントやリズムに反するメロディはダメだと。

――詩人とのコラボレーションという面でも、1960~70年代の声楽曲は貴重ですよね。

湯山玲子 今回のプログラムのなかで私がいちばん気に入っている、男声合唱とピアノのための《ゆうやけの歌》(1976年)の歌詞がとにかく強烈! これが合唱コンクールのために書かれた曲だなんて、昭和のアヴァンギャルドはものすごいなと。今回は合唱を男声8声に編曲して、THE LEGENDの皆さんが歌ってくださいますので、ご期待ください。

――あらためて、玲子さんから見て、湯山先生はどんな作曲家ですか?

湯山玲子 日本の戦後作曲家のメインストリームは、武満徹をはじめとした現代音楽にありますよね。聞いた話ですが、藝大の作曲科でもまず最初に「今まで習ってきた調性音楽は忘れろ」という洗礼を受けるらしい。しかし、湯山昭の音楽はその調性を信頼し、そのなかに表現の花を開かせた。調性音楽の最後の可能性を追求したフランス六人組のように。吉松隆氏の反現代音楽論を紐解くと、父がよく夕食の時間にぶち上げていた「オレの音楽」の自画自賛に通じるものを感じます(笑)。

――孤高の存在ですね。

湯山玲子 群れることは一切ありませんでしたね。昭和一桁生まれの芸術家は、戦後の日本で「なぜ自分は西洋のクラシック音楽をやらなければならないのか?」という葛藤を抱えていた世代。そこで調性から逃れてコンセプチュアルな現代音楽の方へ向かった作曲家もいました。けれど、父はそこに疑念を抱かず、あるいはそれを表には一切出さずに、あくまで調性音楽のなかで自分の表現を貫いた作曲家です。「そんなことより音楽で人を楽しませる、自分の音楽が人々の間に広まることが俺の使命じゃないか」って。メロディが次々と湧き出てくる天才であり、よき職人でもあったと思います。

<湯山昭インタビュー>
メロディが出てこなくなったら作曲家はヤメだね

――影響を受けた作曲家は?

湯山昭 やっぱりラヴェルだね。あとはフォーレ。ドビュッシーも悪くないけど、ラヴェルの方が知的で、ドビュッシーは情緒的。あと大好きなのはモーツァルト。メロディもハーモニーも素晴らしくて、天才的だよ。

――先生は童謡や校歌などをたくさんお書きになる一方で、アヴァンギャルドな作品もお書きになりました。ご自身のなかでは分けて考えていらっしゃるのでしょうか?

湯山昭 アヴァンギャルド? 自分ではそうは思わないけど、そうかね。でもやっぱり、校歌なんていうのは広く歌われなければ意味がないでしょ。そこは歌う人のことをちゃんと考えて、高度で自分勝手な表現を校歌で使ったりはしませんよ。実用作品の場合はセーブして書かなくちゃ。

――今回演奏される《マリンバとアルトサクソフォーンのためのディヴェルティメント》(1968年)は楽器の組み合わせからして斬新ですね。

湯山昭 アルトサックスもマリンバも倍音が豊かな楽器ですね。1本の旋律が豊かに響くときは、倍音が豊かなんですよ。逆に倍音が少ないときは、痩せた音になっちゃう。痩せた旋律は一般に広まらない。豊かな旋律は人からへと伝播していく。やっぱり曲を書くならば、豊かな倍音を持って生まれてほしいわけよ。

――詩からどういうインスピレーションを得て曲を書くのですか?

湯山昭 詩が持っている非常に豊かな言葉の世界、そこからどれだけ広くて、大きな音楽を描き出せるかというのは作曲家の腕だよね。作曲家がダメだったら、いくらいい詩があったって死んじゃう。言葉のリズム、抑揚、色合い、そういうものをよくよく作曲家は考えるのよ。

――どんなときにメロディが浮かんできますか?

湯山昭 そりゃあ、作曲するときでしょ。道を歩いていて、メロディが浮かんできたから書き留めるなんて、そんなことはしませんね。そんなことばっかり考えてたら、自動車事故に遭っちゃうでしょ。

――曲が出てこなくて苦しいことはありましたか?

湯山昭 苦労するようになったら作曲家はヤメだね。メロディがどんどん出てくるのが作曲家だから。それが出てこなかったら商売にならないじゃない。

――貴重なお話をありがとうございました。

 

公演情報

湯山昭の音楽
What The World Needs Akira Yuyama

2022年3月27日(日)15:00開演
東京オペラシティ コンサートホール

ヴァイオリンとピアノのための小奏鳴曲
演奏:福田廉之介(ヴァイオリン)、ロー磨秀(ピアノ)

愛の主題による三章(詞:保富康午)
電話(詞:薩摩忠)
演奏:THE LEGEND メンバー(歌唱)、西尾周祐(ピアノ)

ピアノ曲集《お菓子の世界》より
演奏:新垣隆(ピアノ)

歌曲集《子供のために》より(詞:清水ちとせ)
歌曲集「カレンダー」(詞:薩摩忠)
演奏:林正子(ソプラノ)、石野真穂(ピアノ)

マリンバとアルトサクソフォーンのためのディヴェルティメント
演奏:上野耕平(アルトサクソフォーン)、池上英樹(マリンバ)

男声合唱とピアノのための「ゆうやけの歌」(詞:川崎洋)
演奏:THE LEGEND(歌唱)、西尾周祐(ピアノ)

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