FREUDE試写室 Vol.4
『スターダスト』
text by 有馬慶
スター誕生前夜の物語に見るデヴィッド・ボウイの素顔
1972年、デヴィッド・ボウイはアルバム『ジギー・スターダスト』によって、世界的な名声を確立する。その音楽はもちろん、異星からやってきたロックスター「ジギー・スターダスト」という彼が演じる設定の奇抜さが注目された。山本寛斎がデザインした個性的な衣装はこの時期のものである。結局、「ジギー・スターダスト」としての活動はわずか1年ほどであったが、デヴィッド・ボウイはそれ以降も音楽スタイルを変えるたびに、その「人格(ペルソナ)」をも変えていくようになる。まるで衣装を着替えるように。
さて、歴史上の偉人や有名人など実在の人物を題材に、その人生を描く「伝記映画」というジャンルがある。なかでもミュージシャンを主人公にしたものには多くの傑作があり、大衆的な人気を得てきた。例えば、2018年の『ボヘミアン・ラプソディ』は記憶に新しい。既存のファン以外に、これを観てクイーンやフレディ・マーキュリーに興味を持った者も多い(かく言う筆者もそう)。また、1985年の第57回アカデミー賞で多くの賞を獲得した『アマデウス』。そこで描かれた奔放なモーツァルト像は当時の人々に驚きを与えたという(残念ながら、筆者はまだ生まれていない)。
ガブリエル・レンジ監督の映画『スターダスト』は、そうした華やかな「伝記映画」とは一線を画す。特別な存在感を持ったスーパー・スター、つまり一般的によく知られたデヴィッド・ボウイの姿はほとんど出てこない。有名なナンバーの数々が全編を彩り、サントラ盤がそのまま彼のベスト・アルバムになるというわけでもない。では、一体どのような映画なのか。
時は1971年、イギリス国外ではまだ無名の彼はアメリカへ渡り、マーキュリー・レコードのロン・オバーマンと共にプロモーション・ツアーを行う。道中で出会う人々や出来事をきっかけに、それまでの経緯も挟まれ、最終的に彼が「ジギー・スターダスト」という「人格」を獲得するまでを描く。つまり、一種の「ロードムービー」である。
冒頭、いきなり宇宙空間の映像が繰り広げられる。もろにキューブリックの映画『2001年宇宙の旅』(1968年公開)の引用だが、すぐにこれはボウイが飛行機の中で見ていた夢だとわかる。この映画は直接的には1969年のアルバム『スペイス・オディティ』(宇宙飛行士が宇宙で漂流するという内容)に影響を与えている。それと同時に、ジギー・スターダストを含めた「人格」の萌芽をも示しているのだ。
その希望と不安の入り混じったシーンの直後、空港の税関における尋問に繋がるのが切ない。荷物を広げられながら「女ものの服じゃないか」と屈辱的な言葉をかけられるが、彼の知名度がまだ低いことのみならず、世間が彼に向ける奇異の眼差しも表している。こうした扱いへのカウンターとして「人格」を形成していったとも言える。
本作はデヴィッド・ボウイの端的な魅力やその生涯を、誰にでもわかりやすく伝えてくれるものではない。けれども、人間らしさ溢れた生身の彼の姿をよく伝えている。「仮面(ペルソナ)」の下に隠された素顔のボウイをぜひ観てほしい。
『スターダスト』
TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中監督:ガブリエル・レンジ
プロデューサー:ポール・ヴァン・カーター/ニック・タウシグ/マット・コード
脚本:クリストファー・ベル/ガブリエル・レンジ
出演:ジョニー・フリン/ジェナ・マローン/デレク・モラン/アーロン・プール/マーク・マロン
2020年/イギリス・カナダ/109分/原題:STARDUST/PG12
©COPYRIGHT 2019 SALON BOWIE LIMITED, WILD WONDERLAND FILMS LLC
配給:リージェンツ
提供:カルチュア・パブリッシャーズ/リージェンツ