<Review>
ウラディミール・フェドセーエフ指揮チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ
チャイコフスキー:交響曲第6番《悲愴》
チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 作品74《悲愴》
ウラディミール・フェドセーエフ指揮チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ(旧モスクワ放送交響楽団)
録音:2019年12月16日〜17日 モスフィルム・スタジオ1、モスクワ
エイベックス・クラシックス・インターナショナル株式会社
text by 坂入健司郎
変化し続けるマエストロの気高き《悲愴》
世界最高峰の音楽家たちはいくつになっても「変化」を恐れない。凝り固まった、手慣れた表現に固執せず、常に表現をアップデートしていくものだ。今回はそんな現代最高の指揮者のひとり、ウラディミール・フェドセーエフが突如発表したチャイコフスキー《悲愴》の最新録音の話。
マエストロ・フェドセーエフは今年89歳を迎える。47年間も続くパートナー、チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ(旧モスクワ放送交響楽団)と演奏会を月1〜2回のペースで開催するなど、今なお精力的な音楽活動を続けているロシア最高齢の現役指揮者である。昨年12月にはコロナ禍の最中に来日、広島交響楽団に客演してチャイコフスキーとショスタコーヴィチの壮絶なる名演奏を披露したばかりだ。
そんなフェドセーエフが最も得意とするチャイコフスキーの交響曲第6番《悲愴》を再録音した。現在手に入るものだけでも録音では6種、映像でも2種、と度重なるレコーディングをしてきた同曲だが、この最新録音では、これまで披露していた音楽表現とはまったく異なるアプローチをして「変化」し続けていることに驚く。さらには、マエストロの枯淡の境地を垣間見ることもできる注目の新録音と言えるだろう。
かつて、フェドセーエフは《悲愴》の第1楽章中盤と第4楽章の終結部でのコントラバスのピツィカートを「死者を納棺したあと、棺に釘を打ち込む音である」と表現し、本来なら静かに演奏されるところを情け容赦なく強靭に打ちつけるようなピツィカートを求めたり、第4楽章のテンポ指示に関しては自筆譜を研究したうえで、「Adagio(ゆるやかに)」ではなく「Andante(歩くような速さで)」 であると説き、感傷的なテンポの緩みを取り除いたり、極めて硬派な解釈者で知られていた。
今回の録音では、当時の圧倒的な構築感や引き締まった音楽を求める往年のリスナーからは正直、緩さ、物足りなさを感じる部分があるかもしれないし、録音状態も近接気味でダイナミックレンジが狭めだ。しかしながら、ひとつひとつのパッセージをゆっくりと立ち止まって愛でるような風情は、ほかのどんな演奏からも味わえない気高さがあって、第4楽章もAdagioのテンポを採用してゆったりとしたものになっているが、悲劇性を強調した粘着質な音楽とは一線を画しており、まったく押しつけがましくない。現在のフェドセーエフからしか紡ぎ出せない尊い音楽表現に身を委ね、我々の音楽の聴き方も「変化」し続けよう。きっと心に沁みる、かけがえのない音楽体験が待っているはず。