秋田勇魚
クラシック・ギターの多様さ、自由さ、ひそやかさ
SEVEN STARS in 王子ホール Vol.5

PR

秋田勇魚

クラシック・ギターの多様さ、自由さ、ひそやかさ

SEVEN STARS in 王子ホール Vol.5

text by 原典子
cover photo by Takafumi Ueno

クラシックを「今」の時代にアップデートする音楽家たちのコンサート・シリーズ『SEVEN STARS』(主催:日本コロムビア)。11月19日の王子ホールには、ギタリストの秋田勇魚(あきたいさな)が登場する。

秋田のギターをはじめて聴いたのは、2019年にスタートした若手発掘レーベル「Opus One」の第1期生が集まったコンサートのときだった。すらりとした長身にふわりと白いブラウスを纏い、アルカスの《椿姫の主題による幻想曲》を奏でる秋田のやわらかな音色は今でも印象に残っている。今回のリサイタルでは、そのときに同じく第1期生としてデビューしたチェロの笹沼樹をゲストに迎え、ソロとデュオでたっぷりクラシック・ギターの魅力を届ける。

自身で企画するL’atelier ISANA

ISANA AKITAのYouTubeチャンネルで公開中の「旅ギター」より

2017年からパリに留学し、パリ地方音楽院で学びながらヨーロッパのコンクールを受けたりと武者修行をしていた秋田。留学前は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で4年間学び、ミスター慶應SFCファイナリストに選ばれたことも。卒業を目前に休学し、パリへと留学を決めた理由が彼らしい。

「ギターがうまくなりたいというよりも、フランスという国の文化や芸術全般、ライフスタイルに惹かれて留学先に決めました。どういう環境に身を置くかというのはとても大事だと思ったので。SFCは本当に自由な大学で、学部に関わらず芸術や語学などどんな授業も受けることができました。そこでフランス語を勉強するなかで、フランスの詩を読むのが好きになったのも理由のひとつです。そういう基準で留学先を選ぶ人って、音楽の世界ではあまりいないですよね」(秋田勇魚、以下同)

そして2020年秋に帰国し、本格的に日本での演奏活動をスタートした秋田が、自身の企画として開催しているのが、「L’atelier ISANA(勇魚のアトリエ)」と題したコンサート・シリーズだ。

自分にとっての実験の場として、クラシック・ギターという楽器の新たな可能性、コンサートの新たな形を探っていけたらと思っています。前回のL’atelier ISANAでは、光をテーマにライティングや演出にこだわったコンサートを開きました。僕は家でもよくキャンドルを焚いて、その光だけで過ごしたりしているのですが、純粋にその空間がとても落ち着きますし、そういう空間のなかに生演奏の音楽があったら、聴いている人もリラックスできるのでは。ただ音楽を聴くだけでなく、自分に向き合う瞑想のような時間であったり、その時間に意味を持たせるようなことができたらいいなと思います」

L’atelier ISANAの第3弾となる今回の王子ホールでのリサイタルはチェロの笹沼を迎え、室内楽の楽器としてのクラシック・ギターの可能性を追求する。

「笹沼さんとは、Opus Oneのお披露目コンサートのときにアンコールとして共演したのがはじめてでした。単純な言葉ですが1+1が3にも4にもなるような、予想していたのとは違う、お互いまったく知らなかった音楽の表現が出てきたように感じて、とても魅力的でした。まさに未知との遭遇! その後、笹沼さんが企画するコンサートにゲストで呼んでいただく機会があり、今回は僕の企画に来ていただいたという経緯です」

笹沼樹のチェロと交わす会話

チェロの笹沼樹(左)と

ギターとチェロ。この2つの楽器のために書かれたオリジナル作品こそ少ないが、近年はデュオでの演奏もよく見るようになってきた。ギターの繊細な歌い回しと、チェロの息の長いフレーズが心地よい組み合わせである。

「クラシック・ギターがソロでの演奏だけにこだわらず、ほかの楽器とのアンサンブルの場を開拓していった結果ではないでしょうか。はじめからギターとチェロのために書かれたオリジナル作品やアレンジ譜があることは少ないので、チェロとピアノの楽譜のピアノ・パートをギター用にアレンジしたり、ギターとフルートの楽譜のフルート・パートをチェロ用にアレンジしたりしています。このデュオの特徴は、どちらかがメロディで、どちらかが伴奏というように立場が固定されず、さっと入れ替わることができるところ。対等な関係性で、会話をしているような感覚になるのが面白いですね」

スケールの大きな、懐の深い音楽を奏でる笹沼と、どのような会話が繰り広げられるのだろうか。

「パワフルな勢いがありながら、そこにこまやかな歌心もある笹沼さんのチェロに、ギターでどう応えられるかを考えています。たとえばピアソラを演奏するときは、ギターのアルペジオの音型に、チェロでゆったりとしたメロディラインが重なってくることによって、より立体感が増すのではないかと。お互いに自分の楽器にはない特色、自分の楽器では絶対に出せない音を持っていますから、それをうまく活かし合えればと思います」

デュオでのプログラムとしては、ピアソラの《オブリビオン》のほかに、ニャタリの《チェロとギターとのためのソナタ》、フォーレの《パヴァーヌ》などが予定されている。

「それに加えてローラン・ディアンスの《タンゴ・アン・スカイ》をギターとチェロのヴァージョンで演奏します。ギタリストなら知らない人はいないほど大ヒットしたギター独奏曲ですが、今回はそこにチェロとの掛け合いや、レイヤーが重なっていくような感じが加わることでどう聞こえるか。これまではギタリストが外の世界に出張して、ギターのオリジナルではない曲をアレンジして弾くことが多かったのですが、今度は逆に、ほかの楽器にギターの世界に来てもらうことで、新しい発見があるのではないでしょうか」

クラシック・ギターにしかない魅力

「旅ギター」より

一方、ギター・ソロのプログラムにもドメニコーニの《トッカータ・イン・ブルー》、ブローウェルの《黒いデカメロン》、ポンセの《主題と変奏と終曲》、横尾幸弘の《「さくら」による主題と変奏曲》など、さまざまな国の作曲家による、色とりどりの作品が並ぶ。

「ひとつの国や地域に焦点を当ててプログラムを組むこともありますが、多様性があって自由度が高いところもギターの魅力だと思うので、今回はひとつのコンサートのなかにイタリア、南米、日本などいろいろな国の曲を並べました。それが自然にできるのもギターならではかなと。クラシック・ギターの魅力を発揮できる曲、そのなかでも僕の求める新しさにつなげられる曲を選びました」

秋田が追い求める「新しさ」とは、具体的にどのような音楽なのだろう?

「たとえば最初に演奏する《トッカータ・イン・ブルー》という曲は、僕が学生時代に受けたコンクールで優勝したときに演奏した曲なのですが、鮮烈な和音からはじまり、ブルーノート調の音階や、異国情緒漂うフレーズが登場します。クラシック・ギターだけれど激しい要素がある、そういう曲からはじめたいなと思いました。
また、《「さくら」による主題と変奏曲》では、ヤマハのトランスアコースティック™ギターという楽器を使って新しい体験をしていただきたいと考えています。このギターは内部に振動をコントロールする機械がついていて、アンプを使わずに自然な響きのなかで音量を上げたり、リバーブをかけたりすることができます。これまではクラシック・ギターはマイクで音量を上げる際にもノイズを拾ってしまったりと難しい課題があったのですが、この楽器を使うことで、全身をギターの音に包まれるような感覚を味わっていただけるかと」

最後に、クラシック・ギターにしかない魅力をどう伝えてきたいか? という問いに、秋田は次のように答えてくれた。

「クラシック・ギターは弾けるようになるまでが圧倒的に大変な楽器のひとつだと僕は思います。それなのに、やっと音を出せるようになったと思ったら、10人ぐらいにしか聞こえないみたいな(笑)。たしかに音量がそれほど出ないため、生音の魅力を余さず届けるのが難しい場面もあります。けれど、ギターの響きに適した会場で聴いたときの、指が弦をはじいた音が飛んでくる体感、会場の全員が“ああ、この音色だよね”と感じる空気、そういったものがクラシック・ギターの魅力ではないでしょうか。それをお客さまにしっかり伝えていくことが僕の目指す活動です」

公演情報

秋田勇魚ギター・リサイタル
《L’atelier ISANA -合縁奇縁-》
2021年11月19日(金)19:00開演
東京・王子ホール

ゲスト:笹沼樹(チェロ)

ドメニコーニ:トッカータ・イン・ブルー
ブローウェル:黒いデカメロン
横尾幸弘:「さくら」による主題と変奏曲
ポンセ:主題と変奏と終曲
トゥリーナ:セビリア風幻想曲
フォーレ:パヴァーヌ *
ピアソラ:オブリビオン *
ニャタリ:チェロとギターとのためのソナタ *
ディアンス:タンゴ・アン・スカイ * ほか
* with笹沼樹

主催:日本コロムビア
問い合わせ先:Mitt Tel.03-6265-3201(平日12:00~17:00)
https://columbia.jp/artist-info/akitaisana/live/76129.html

■日本コロムビア エグゼクティブ・プロデューサー岡野博行氏より
ギターは、クラシックの中では、元々、他のジャンルとの壁を越えやすい自由な楽器です。
その中でも、秋田勇魚の音楽を聴いたときに感じる開放感や心地よい風のような自由さはちょっと特別な気がします。彼がコロナ禍で始めた「旅ギター」からも感じますが、秋田勇魚の奏でるギターは、楽曲だけではなく、周りの景色や空気を含めた空間を全て音楽にしている感覚があるのです。
今回は、ヨーロッパから中南米、そして日本まで、様々な国に作品がプログラムされていますが、それを王子ホールの空間を使って彼がどのような音楽体験に仕上げてくれるのか、是非ご期待いただければと思います。

秋田勇魚 Isana Akita
7歳よりギターを村治昇、高田元太郎、ジェレミー・ジューヴに師事。同時に大萩康司、福田進一ら国内外多数のギタリストにマスタークラスを受講。
国内主要ギターコンクールで優勝した後に、アルビ国際ギターコンクールにおいて優勝。台湾国際ギターコンクール審査員特別賞、イーストエンド国際ギターコンクール第2位及び聴衆賞受賞。2016年ミスター慶應SFCファイナリスト。2017年より慶應義塾大学を休学し、活動拠点をフランスのパリに移す。パリ地方音楽院にてジェラール・アビトンに師事。2020年秋に帰国、日本での本格的な演奏活動をスタートさせた。

最新情報をチェックしよう!