FREUDE試写室 Vol.11
『ふたりのマエストロ』
text by 有馬慶
cover photo ©2022 VENDÔME FILMS – ORANGE STUDIO – APOLLO FILMS
同じ世界を生きる父と子の葛藤
父フランソワ・デュマールと子ドニ・デュマールはふたりとも世界的に活躍する指揮者。ある日、フランソワのもとへミラノ・スカラ座から音楽監督就任依頼の電話が来る。しかし、それはドニへの依頼の誤りであり、彼は父に真実を伝える役目を負わされてしまう。
主人公ドニを演じるのはイヴァン・アタル、監督は俳優としても活躍するブリュノ・シッシュ、プロデューサーにはアカデミー賞作品賞を受賞した『コーダ あいのうた』のフィリップ・ルスレらが参加した。
荒唐無稽な話である。世界的な指揮者本人に、劇場からいきなり連絡が行くであろうか。普通はマネジメント会社を通すなり、事前に十分な根回しを行うはずだ。そもそもいくら親子だからと言って、重要な人事の連絡を誤るだろうか。さらに、その尻拭いをドニに押し付けてしまうのもお粗末すぎる。
このようにツッコミどころは多々あるのだが、同じ世界を生きる父と子の葛藤は本物だ。
本作はドニがヴィクトワール賞(フランスのグラミー賞)を受賞するシーンから始まる。その授賞式に父の姿はなく、祝いの言葉もない。かわりに自宅でレコードを聴きながら寛ぐフランソワの様子が挟まれる。翌日、練習会場に向かうフランソワは「自慢の息子さんですね!」とたびたび声をかけられ、イライラを募らせる。
また、スカラ座の音楽監督就任のオファーを受けて、「スカラ座に乾杯!」とはしゃぐ父を見る息子の表情は険しい。あちらを立てればこちらが立たず。表立って対立するわけではないが、腹の中ではお互いを疎ましく思っている。そんなジクジクとした、嫌な関係性は妙にリアルである。
そこに風穴を開けるのが、音楽監督就任の依頼が誤りだったという件。しかも、よりによってこの微妙な関係の父と子を間違えるというミス。当然、ドニは大いに狼狽え、父への引け目と重責へのプレッシャーからこのオファーを辞退しようと考える。
ここから先の展開はネタバレになるので細述は避けたいが、一点だけ印象的なシーンについて紹介しよう。それは最後にドニがスカラ座でコンサートを指揮するシーン。このときもやはり父の姿は会場にないのだが、その意味は冒頭とは全く異なる。ある仰天の展開(これはぜひ実際に観て仰天してください)の後、彼がタクトを振り上げたところで映画は終わる。父に背中を押された彼の顔にはもはや迷いはない。このラストの一瞬の切れ味は抜群だ。
なお、本作は小澤征爾と村上春樹の対談集『小澤征爾さんと、音楽について話をする』(新潮社)に影響を受けているという。小澤征爾がスカラ座でブーイングを受けたエピソードや、彼がスカラ座で指揮する映像が挟まれるあたりは、クラシック・ファンをニヤリとさせる。
『ふたりのマエストロ』
8月18日(⾦)ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamura ル・シネマ 渋⾕宮下、シネ・リーブル池袋 ほか全国順次公開監督:ブリュノ・シッシュ
出演:イヴァン・アタル、ピエール・アルディティ
ミュウ=ミュウ、キャロリーヌ・アングラーデ、パスカル・アルビロ、ニルス・オトナン=ジラール
配給:ギャガ
宣伝協⼒:ミラクルヴォイス
2022/フランス/原題:MAESTRO(S)/88分/シネスコ/5.1chデジタル/字幕翻訳:松岡葉⼦
<PG12>
公式HP:https://gaga.ne.jp/MAESTROS/
©2022 VENDÔME FILMS – ORANGE STUDIO – APOLLO FILMS