FREUDE試写室 Vol.8
『パリ13区』

FREUDE試写室 Vol.8

『パリ13区』

text by 有馬慶

モノクロで描かれる生きたパリの空気

台湾系移民のエミリー、高校教師のカミーユ、ソルボンヌ大学に復学してきたノラ、元ポルノ女優のアンバー・スウィート。パリで暮らす4人による群像劇が洗練されたモノクロの画面で描き出される。監督・脚本は『予言者』『ディーパンの闘い』『ゴールデン・リバー』などで知られるジャック・オディアール。共同脚本は『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマと気鋭のレア・ミシウスが担当している。

さて、「パリ」と聞いてどのような風景を思い浮かべるだろうか? 凱旋門から延びるシャンゼリゼ、セーヌ川に浮かぶシテ島、芸術家の街モンマルトル、あるいはオペラ座やルーヴル美術館、エッフェル塔……しかし、本作にはこうした「おしゃれなパリ」の風景は出てこない

『パリ13区』©PAGE 114 – France 2 Cinéma

まずゴダールを思わせるクレジットとともに映し出されるのは、近代的な高層ビル群の夜景。その一室で睦言を交わす東洋系の女性とアフリカ系の男性の姿(エミリーとカミーユであることがあとでわかる)。やがて電子音によるリズムが高まり、昼間の風景をバックに本作の原題『Les Olympiades』が現れる。これはパリ13区にある一角のことで、1968年のグルノーブル・オリンピックを記念して生まれた新しい街である。そこにある建物や通りにはオリンピック開催都市や競技にちなんだ名称がつけられているという。

監督はインタビューで「アジアの大都市のように撮影」した「ウディ・アレンの『マンハッタン』に対する映像的なオマージュ」と述べている。つまり、本作の舞台は現代のグローバルで均質な「どこにでもある大都市」であり、それがこのアヴァンタイトルで端的に示されているのだ。

パリのこうした側面を捉えることで、観光地らしくない生活感を表現するとともに、常に革新性を追求してきたこの街の特徴を提示している。そもそも「おしゃれなパリ」の風景も19世紀のジョルジュ・オスマン(第2帝政期にパリを含むセーヌ県の知事を務めた)による「大改造」でできたもので、決して古くからある保守的なものではない。

『パリ13区』 ©PAGE 114 – France 2 Cinéma

本作の主要登場人物4人はバックボーンこそ異なるが、みなアイデンティティを喪失している。エミリーは家族や既定の進路へ反発し、不安定な生活を送る。カミーユは教師としてのキャリアに疑問を持ち、一時的に不動産屋として働く。ノラは環境に馴染めず、自己否定的になる。アンバーはセックス・ワーカーに対する社会的な偏見を感じている。

エミリーとカミーユは刹那的なセックス、ノラとアンバーはオンラインによる交流という表面的な関係である。それが互いに抱える苦しみを共有することで打ち解けていき、やがて「愛」に結実する。カミーユとノラは職場の同僚として順調に関係を深めていくが、最終的に破綻してしまうのとは対照的だ。パンデミックと分断に苦しむ私たちにとって、極めて切実ではないか。

気軽に海外へ行くことが難しくなってしまった。せっかくなら本作を通じて、観光では決して味わえない生々しいパリの空気を感じ取ってほしい。

映画『パリ13区』
2022年422日(金)新宿ピカデリーほか全国公開

監督:ジャック・オディアール
脚本:ジャック・オディアール、セリーヌ・シアマ、レア・ミシウス
出演:ルーシー・チャン、マキタ・サンバ、ノエミ・メルラン、ジェニー・ベス
原作:エイドリアン・トミネ『アンバー・スウィート』『キリング・アンド・ダイング』『バカンスはハワイへ』
2021年/フランス/仏語・中国語/105分/モノクロ・カラー/4K 1.85ビスタ/5.1ch/原題:Les Olympiades 英題:Paris, 13th District/日本語字幕:丸山垂穂/R18+
©PAGE 114 – France 2 Cinéma
提供:松竹、ロングライド 配給:ロングライド
https://longride.jp/paris13/

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