FREUDE試写室 Vol.7
『TITANE チタン』
text by 有馬慶
《マタイ受難曲》が鳴り響く衝撃のラスト
幼少期、父親が運転する車の事故により頭部にチタンプレートを埋め込まれたアレクシア。10年前に行方不明となった息子の帰りを待つ消防士のヴァンサン。ふたりの奇妙な共同生活とその顛末が描かれる。ジュリア・デュクルノーは長編映画2作目となる本作で2021年カンヌ国際映画祭の最高賞(パルムドール)を受賞した。女性監督としてはジェーン・カンピオン(1993年『ピアノ・レッスン』)に続く、2人目の快挙である。
――と、このように概要を述べたが、こうした説明はまったく無意味かもしれない。少なくとも、ストーリーを追うことや製作背景を知ることに本質的な価値がある作品ではない。「自動車と性的快楽」というモチーフからは、映画好きならすぐにデヴィッド・クローネンバーグの怪作『クラッシュ』を思い出すだろう。しかし、せっかくの「FREUDE試写室」である。ここでは本作に用いられた「音楽」から語ってみたい。
まずは、予告編でも用いられているThe Zombiesの《She’s not there》。1960年代にイギリスで活躍したロックバンドのデビュー・シングルであり、女性への未練を歌う甘酸っぱい雰囲気の曲だ。それが前半の最も陰惨な暴力が発動するシーンで唐突に流れ出す。一種の「異化効果」ではあるのだが、その突拍子のなさも相まって不謹慎な笑いを誘う。スタンリー・キューブリックの名作『時計仕掛けのオレンジ』におけるロッシーニ、あるいは初期の北野武の映画におけるバイオレンス描写のようだ。
もうひとつは、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの《マタイ受難曲》から〈来なさい、娘たちよ、ともに嘆こう〉。冒頭で2組の合唱が対話形式で掛け合いを行いながら、これから起こるイエス・キリストの受難を予告する重厚な曲だ。言うまでもなく、The Zombiesとはまったく逆の雰囲気である。この曲が登場するのはラスト。互いの失われた部分を埋めるように暮らしてきたアレクシアとヴァンサンだが、いよいよ破綻が訪れる。中盤でヴァンサンは自らを神に、その子をキリストに喩えていた。それに倣うならば、このラストでアレクシアは「“母”・子・聖霊」の三位一体となり、代わりに「原罪」を象徴するような存在が残ったと言える。
現代における「原罪」とは「文明」だと私は考える。人類は文明による豊かさと引き換えに、大量虐殺や環境破壊といった多くのおぞましいものを生み出してきた。しかし、その罪を一身に背負い、すべてを救ってくれる存在などいない。現代とは、ひとりひとりがその罪と向き合う時代である。
あれこれ述べたが、まずは虚心坦懐に観ていただきたい。衝撃度ということで言えば、今年ナンバーワンであることは間違ないだろう。
映画『TITANE チタン』
2022年4月1日(金)新宿バルト9ほか全国ロードショー
監督・脚本:ジュリア・デュクルノー
出演:ヴァンサン・ランドン、アガト・ルセル、ギャランス・マリリエ、ライ・サラメ
制作:ジャン・クリストフ・レイモン
音楽:ジム・ウィリアムズ
原題:TITANE/2021年/フランス/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/108分/字幕翻訳:松崎広幸/R-15+
© KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020
提供:ギャガ ロングライド
配給:ギャガ
公式サイト:https://gaga.ne.jp/titane/