原田慶太楼
クラシックのニューフロンティアを切り拓く【前編】

<Artist Interview>
原田慶太楼

クラシックのニューフロンティアを切り拓く【前編】

text by 八木宏之
cover photo by Claudia Hershner

 

飛ぶ鳥を落とす勢いとは、まさに原田慶太楼のためにある言葉だろう。その才能は以前より音楽ファンの間で評判となっていたが、新型コロナウイルスの状況下で行われたNHK交響楽団との4回の共演と放送で、原田の才能は日本全国に知れ渡った。2020年11月に行われた南北アメリカ・プログラムは日本コロムビアよりすぐにCD化されたことからも、音楽界の原田への期待の大きさが窺い知れる。2021年4月からは東京交響楽団の正指揮者にも就任し、これまでアメリカを中心に海外で力を蓄えていた原田の日本でのさらなる活躍が期待されている。

私は2021年5月に立て続けに原田慶太楼の演奏に触れる機会を持ったが、その才能に圧倒されただけでなく、原田の持つ引き出しの多さにも驚かされた。原田と年齢の近いメンバーも多い愛知室内オーケストラとのブラームスの交響曲第4番では、オーケストラと一体となって突き進む、アゴーギク、デュナーミクに満ちた豊かな音楽に強く心を揺さぶられた。原田と愛知室内オーケストラのブラームスを聴いて、私はカルロス・クライバーとベルリン・フィルの血がほとばしるライブを思い起こした。

愛知室内オーケストラとの熱演から1週間後には、グアルニエーリ、ピアソラ、ヒナステラ、ファリャのラテン・プログラムでNHK交響楽団に再登場したが、そこでは百戦錬磨の名門オーケストラから繊細で色彩感に満ちた音楽を立ち上らせて、愛知のブラームスとは性格の異なる名演を聴かせてくれた。1週間の間に1人の指揮者からこれほど多彩な音楽が放たれるのを聴いて、すぐにインタビューをしたいと思った。 原田慶太楼から語られる言葉は、田原綾子、コハーン・イシュトヴァーンもそうであったように、私が魅了された演奏を裏付けていくような、深い信念に基づくものだった。

 

Keitaro Harada ©Shin Yamagishi

ミュージカルが開いたクラシック音楽への道

――原田さんが音楽に出会われたのはどんなきっかけだったのでしょう?

僕は東京都世田谷区にあるセント・メリーズという小中高一貫の男子校のインターナショナル・スクールに通っていたのですが、そこでは高校生たちが姉妹校の清泉や聖心のインターナショナル・スクールと合同で毎年ミュージカルを上演する伝統があって、小学生の時に観たバーンスタインの《ウエスト・サイド・ストーリー》にすごく感激したのが最初の音楽原体験でした。ミュージカルの世界に惹き込まれて、ブロードウェイの舞台で歌って踊りたいなと思ったのを覚えています。
楽器との出会いでは、小学5年生の時に須川展也さんのCDを聴いて衝撃を受けて、サックスに興味を持ちました。《ウエスト・サイド・ストーリー》にはサックスの印象的なソロがたくさん出てくるのですが、須川さんのCDをきっかけにサックスと出会い、「あのメロディを吹いていたのはサックスだったのか!」と繋がって、学校のブラス・バンドで自分も演奏するようになりました。

――ミュージカルとサックスが原田さんの音楽原体験だったのですね。

ブラス・バンドでサックスを吹き始めて、レッスンを受け始めてからもブロードウェイへの夢は強くあって、ブロードウェイのピット・ミュージシャンになりたいと思っていました。それで高校2年生の時、アメリカミシガン州のインターローケン芸術高校を受験して、渡米しました。

――高校2年生での音楽留学は大きな決断ですね。

自分の中では子供の頃から、ライフ・プランとして大学はアメリカへ行こうと決めていたし、それが2年早くなっただけだったので、難しい決断ではありませんでした。高校2年で編入学して、ブロードウェイで仕事をしたくてサックスを勉強していたのですが、卒業する時には指揮者になろうと決めていました。

――それにはフレデリック・フェネル先生との出会いが大きかった?

入学してすぐにフェネル先生と会って、そのオーラに圧倒されたのを覚えています。それまでの17年の人生ではあれほどのオーラを持った人、音楽に満たされている人には出会ったことがなかった。率直に、指揮者ってすごいな、と思いました。それで、サックスだけでなく指揮の勉強も頑張ろうと決めたんです。

――イリノイ大学では指揮科に進まれたのですか?

アメリカの大学では、指揮を勉強できるのは大学院からなので、大学でもサックスの勉強を続けました。僕はこのアメリカのシステムはとても良いと思っています。指揮者になりたいと思っている人も大学学部生まではしっかりと楽器の勉強をして、演奏家としてプロフェッショナルな技術を身につけるのは、指揮者になるうえでも大切なことだからです。
とはいえ、僕は高校生からフェネル先生のもとで指揮の勉強を始めていたし、4年間指揮の勉強と活動が中断するのは嫌だったので、学部生時代は春休み、夏休みなどにロシアの指揮のマスタークラスやレッスンをたくさん受講していました。ロシアやヨーロッパには指揮のマスタークラスがたくさんあるので、普段はイリノイ大学でサックスの勉強をして、休みになるとロシアやヨーロッパへ行って指揮の勉強を続けるという生活をしていました。

――指揮の勉強をロシアでしようと思われたのはなぜでしょう?

僕は、ヴァレリー・ゲルギエフ、ユーリ・テミルカーノフ、セミヨン・ビショコフといったロシアの指揮者が好きだったので、ロシアへ行って勉強したら彼らのような指揮者になれるのではないか、と思ってロシアを選びました。

Keitaro Harada ©Atsushi Yokota

アメリカでの修行時代

――その後、様々なオーケストラや音楽祭でロリン・マゼール、ファビオ・ルイージ、ファンホ・メナといった名匠たちのアシスタントを務められていますね。

指揮者としての最初のキャリアは、大学2年生の時、ジョージア州のメイコン交響楽団のアシスタント・コンダクターになったことです。この時はオーケストラの音楽監督に声をかけられて行ったのですが、アシスタントのチャンスは自分から電話をして掴むこともあるし、オーディションを突破して掴むこともあります。マゼールは電話をしてアシスタントとして勉強したいと話したら呼んでくれましたし、ルイージの場合はPMFのコンダクティング・アカデミーのオーディションを合格して彼に学ぶ事ができました。ファンホ(・メナ)は、シンシナティ5月音楽祭の首席指揮者だったので、僕がシンシナティ交響楽団のアソシエイト・コンダクターを5年間務めていた時にたくさんの仕事を一緒にしました。アメリカのトップオーケストラのアソシエイト・コンダクターをやっていると、毎週のように違う指揮者が来るので、人脈も経験も色々な広がりが生まれます。

――アメリカにはオーケストラが若い指揮者を育てていく文化があるのですね。

アメリカで経験を積んでから出てくる指揮者のレベルが高いのは、まさにこの文化に寄るところが大きいと思います。アメリカのトップクラスのオーケストラは年間200公演近くあって、そのなかでスタッフ指揮者は本当に大忙しで大変なのですが、客演指揮者、ソリスト、そして彼らのマネージメントなどと多くの交流を持てることは若い指揮者にとって重要な意味を持ちます。

――日本にもオーケストラがアシスタント指揮者を育てたり、経験の場を提供したりするシステムはありますし、近年そうしたなかから若い指揮者が羽ばたいていますが、コンクールが指揮者の登竜門という文化も強いように感じます。お話をうかがっていると、アメリカは日本以上にオーケストラが若い指揮者に経験の場を提供するシステムが整備されているのですね。

コンクールもとても良いきっかけですし、自分もチャレンジしていました。優勝はできなくても、審査員のなかに自分を評価してくれる人がいれば、その人が個人的にチャンスをくれたりして、そういった広がりがあると思います。でも、やはりプロのオーケストラを指揮する経験やたくさんのレパートリーを勉強する機会はアシスタント指揮者だからこそ得られるものです。今こうして自分が急な代役でも指揮することができるのは、その時の経験があるからだと思います。

 

絶えず学び続けること

――アメリカのアシスタント・コンダクター時代に出会った多くのマエストロたちのなかで、特に印象に残っている方はどなたでしょう?

本当にたくさんあるのですが、とりわけラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスのリハーサルは印象的でした。彼はリハーサルに来るとオケのライブラリアンにスコアを貸して欲しいと言って、オケから貸し出された全く書き込みのないスコアを使ってリハーサルをするんです。休憩になって指揮者室に戻ると、自分のポケットスコアを見ているのですが、そこには本当にたくさんの書き込みがしてあって、ドビュッシーの《海》のスコアなんてボロボロになるまで使い込まれている。でもリハーサルではその勉強を重ねたスコアは見ずに、新しいスコアで臨むのは、常に新しい発見と気付きを大切にしたいからだと彼は言っていました。数え切れないほど指揮をしてきた作品でも勉強することを決してやめないその姿勢には感銘を受けたのを覚えています

――先日愛知室内オーケストラと一緒にブラームスを演奏された時も、原田さんは新しいスコアを準備してリハーサルに臨まれていました。

オーケストラとのリハーサルは人間同士の対話であるべきだし、フレキシビリティを大事にすべきだと思うんです。書き込みのあるスコアで、書き込みをなぞるようなリハーサルはしたくないといつも思っているし、オーケストラとの対話のなかで、新しいアイデアを共に発見していくというプロセスを大事にしています。どんなオーケストラを前にしても、同じ小節で同じことを言うようなリハーサルはしたくない。リハーサルの時に大切にしていることは、まずはオーケストラのみんながどんな音楽を作りたいのかを感じ取ることです。指揮者だけではなくて、オーケストラのメンバーひとりひとりにも各々のアイデアがあるのだから、指揮者がこうでなくちゃいけない、と押し付けてはいけないのです。指揮者とオーケストラのみんなが、こういう演奏をしたら魅力的だな、という方向性を定めて、みんなでそこへ向かっていくことが理想なんだと思います
人間は進歩するものだし、例えばドヴォルザークの《新世界》でも、20代の時と今とでは全然違う演奏になるわけで、だから昔使ったスコアはもう見ないし、常に新鮮な気持ちで作品に向き合いたいと思っています。もう充分に勉強したからこの作品は勉強しなくて良い、ということはないのです。

――ブラームスの交響曲も長い時間をかけて熟成させて、愛知室内オーケストラとツィクルスで取り組む機会が訪れて、満を持して指揮されるとおっしゃっていましたね。

今回の愛知室内オーケストラとのツィクルスが終わったら、10年、少なくとも5年はブラームスのシンフォニーから距離を置きたいと思っています。これはブラームスに限らず、同じ作品を繰り返し演奏することにならないよう、いつも気をつけてスケジュールを組んでいます。

――原田さんのお話をうかがっていて、作品に対する真摯で誠実な姿勢は素晴らしいなと思うと同時に、原田さんのような若い指揮者がブラームスのようなレパートリーに対して5年、10年というスパンで慎重に取り組むのはある意味勇気のいることだな、と思いました。

ありがとうございます。でも、素晴らしい作品はたくさんあるのです。レパートリーは本当にたくさんある。もちろんお客さんに人気のある作品があるのはわかります。でも人気曲ばかりを繰り返していくなかでオーケストラが疲弊してしまう恐れもあるし、なにより、いつでもどこでもお湯をさせば食べられるインスタントラーメンのようにレパートリーを扱いたくはないんです
ブラームスを10年前に指揮した時の映像を見返してみると、自分の成長を感じることができるし、10年間封印していたからこそ、そうした変化、進化に気付くことができるのだと思います。

――先日発売された原田さんとNHK交響楽団の新録音も、5月のNHK交響楽団とのコンサートも原田さんのそうした考えが反映されたプログラムだったのですね。

世界中にこれだけたくさんの作品があって、歴史上にこれだけたくさんのレパートリーがあるのに、ほんの一部しか演奏しないのはもったいないじゃないですか。

 

インタビュー前編では、原田慶太楼の音楽原体験やアメリカでの修行時代を掘り下げて、原田が指揮者として何を大切にしながらスコアやオーケストラと向き合っているのかが語られた。その言葉には常にブレない強靭な芯があった。常に表現者でありたいというその芯は、ミュージカルとサックスで音楽の世界へと入り、アメリカで指揮者を志した青年時代から一貫したものであることがわかる。後編では、指揮者として、サヴァンナ・フィルハーモニック音楽&芸術監督、東京交響楽団正指揮者として、原田が見据えるビジョンと未来について、さらに迫っていく。

後編へつづく

 

原田慶太楼 Keitaro Harada
現在、アメリカ、ヨーロッパ、アジアを中心に目覚しい活躍を続けている期待の俊英。
シンシナティ交響楽団およびシンシナティ・ポップス・オーケストラ、アリゾナ・オペラ、リッチモンド交響楽団のアソシエイト・コンダクターを経て、2020年シーズンから、アメリカジョージア州サヴァンナ・フィルハーモニックの音楽&芸術監督に就任。
オペラ指揮者としても実績が多く、アリゾナ・オペラやノースカロライナ・オペラに定期的に出演、シンシナティ・オペラ、ブルガリア国立歌劇場でも活躍。
10年タングルウッド音楽祭で小澤征爾フェロー賞、13年ブルーノ・ワルター指揮者プレビュー賞、14・15・16・20・21年米国ショルティ財団キャリア支援賞受賞。09年ロリン・マゼール主催の音楽祭「キャッソルトン・フェスティバル」にマゼール本人の招待を受けて参加。11年には芸術監督ファビオ・ルイージの招聘によりPMFにも参加。
85年東京生まれ。インターロッケン芸術高校音楽科において、指揮をF.フェネルに師事。
オーケストラやオペラのほか、室内楽、バレエ、ポップスやジャズ、そして教育的プログラムにも積極的に携わっている。
2021年4月東京交響楽団正指揮者に就任。
オフィシャル・ホームページ: kharada.com/ @KHconductor

公演情報
東京交響楽団 名曲全集 第169回<前期>
9月18日(土)14:00 開演
ミューザ川崎シンフォニーホール
小林沙羅[ソプラノ]*
大西宇宙[バリトン]*
東響コーラス[合唱]*
東京交響楽団[管弦楽]
原田慶太楼[指揮]
ヴォーン・ウィリアムズ:グリーンスリーヴスによる幻想曲
ヴォーン・ウィリアムズ(ジェイコブ編):イギリス民謡組曲
ヴォーン・ウィリアムズ:海の交響曲 *
【公演情報ページ】
https://tokyosymphony.jp/pc/concerts/detail?p_id=yan76ewiWRw%3D

フレッシュ名曲コンサート 原田慶太楼/東京交響楽団の響き
9月20日(月)15:00 開演
J:COMホール八王子ホール
三浦謙司[ピアノ]*
東京交響楽団[管弦楽]
原田慶太楼[指揮]
エルガー:弦楽セレナード ホ短調
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調*
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調
【公演情報ページ】
https://tokyosymphony.jp/pc/concerts/detail?p_id=kDuj5cTC%2Byg%3D

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