<Artist Interview>
アンソニー・ロマニウク
常に問い続け、常に挑み続ける【前編】
text by 布施砂丘彦
interpreted by 久野理恵子
cover photo ©︎maruszak.photo
「誤った」楽器選択による演奏がもたらすもの
数多の鍵盤楽器を用いて、古楽から現代音楽までのクラシック音楽、即興、そしてインディ・ロックやアンビエント・ミュージック、電子音楽など幅広いジャンルで活躍する音楽家、アンソニー・ロマニウク。あまりに豊かなこの音楽経験を活かし、近年の彼は、演奏家という立場でありながらジャンルを超えた音楽体験を創り出している。
本稿は2024年5月のふたつの来日公演のあいだに行なったインタビューであるが、本文に入る前に彼の活動について簡単に述べたい。
2020年にAlpha Classicsからリリースされたソロ・デビュー・アルバム『BELLS(鐘)』は衝撃的なものであった(国内盤は2022年)。10年もの期間をかけて準備したというこのアルバムは、チェンバロ、フォルテピアノ(ヴァルター)、ピアノ(ファツィオリ)、そして電気ピアノ(フェンダー・ローズ)を用いて、「鐘」をテーマに、中世の写本やバード、パーセル、ラモー、バッハといういわゆる「古楽」の領域からモーツァルト、ベートーヴェン、そしてドビュッシーやバルトーク、ショスタコーヴィチ、モンポウ、リゲティ、クラム、さらにはチック・コリアにいたるまでの音楽を即興も交えながら収録。それぞれの楽曲に使用する楽器は、その楽曲が作られた時代にふさわしい、いわば「正しい」選択もあれば、たとえばフェンダー・ローズによるバッハなど、あえて「正しさ」からずらした選択もなされた。
2023年のセカンド・アルバム『PERPETUUM(無窮動)』では、さらにヴァージナルとシンセサイザーを増やした6種類の楽器を用いて、「無窮動」をテーマに、やはり古楽から19世紀音楽、近現代音楽にクラシック外の音楽までを演奏。楽器の選択はさらに自由なものとなり、フォルテピアノ(グラーフ)によるサティや、ピアノ(ファツィオリ)とシンセサイザーの多重録音によるカプスベルガー(初期バロックの作曲家)などが、一方で「正しい」楽器選択による演奏と並ぶ。「誤った」楽器選択による演奏が、その楽器が持つ身体性によってその楽曲に潜む音楽性を新たに引き出し、あるときには純粋に美しいサウンドによって演奏されることで、その楽器にとっての「正しい」作品の演奏となめらかに結びつく。
ロマニウクは2022年には『東京・春・音楽祭』に登場し、フルートおよびフラウト・トルヴェルソの柴田俊幸と共に、それぞれがさまざまな時代の楽器を用いて、さまざまな時代の楽曲を、やはりさまざまな視点から演奏した。2024年5月2日に柴田と共に行なった『違う、コガクじゃない』(三鷹市芸術文化センター 風のホール)は、『東京・春・音楽祭』での公演がさらに発展したものであった。
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昨今の潮流とは一線を画す「コンセプト・アルバム」
ロマニウクの2枚のソロ・アルバム、そして柴田と共に東京で行なったこれらの公演は、「時代やジャンルが異なるなど、通常なら組み合わされることのない複数の楽曲を新しい視点によって紡いでいる」という点で、近年クラシック音楽の世界で流行している「コンセプト・アルバム」の流れのひとつだと考えられるだろう。特に古楽から現代までの作品を散りばめて演奏するという点では、ヴァイオリンのパトリツィア・コパチンスカヤやピアノのイゴール・レヴィットらがすでに素晴らしいアルバムを発表している(ちなみにロマニウクはコパチンスカヤの『TAKE TWO』[2015年、Alpha Classics]というコンセプト・アルバムにも参加している)。時代を横断するだけでなくクラシック音楽以外のジャンルも加わるという点では、ソプラノのアンナ・プロハスカによる『CELEBRATION OF LIFE IN DEATH(死の中にありて生を讃えよ)』(2022年、Alpha Classics)や、メゾ・ソプラノのレア・デザンドレによる『IDYLLE』(2023年、ERATO)などいくつか例がある。
いまあげたコパチンスカヤ、レヴィット、プロハスカ、デザンドレらの「コンセプト・アルバム」は、まるで異なる時代の作品が次々と演奏されるにも関わらず、最初から最後までがひとつの連なりを持っている。多くの作品を並べてキュレーションすることによって、作曲家を超えた作者(ここでは演奏家)によるドラマトゥルギーが感じ取れるだろう。
翻ってロマニウクのアルバムやコンサートでは、それぞれの作品の関連性を見つけることはできても、全体を通してのドラマトゥルギーを見つけることは難しいかもしれない。分裂的とも言えるその構成は、「コンセプト・アルバム」の潮流のなかで一線を画すものである。ロマン派的な喩えは歓迎されないかもしれないが、クラシック音楽への造詣が深い読者に対してあえてこういった言葉を用いるならば、現代の大きな潮流である前者がワーグナー的な構築であるのに対して、ロマニウクはマーラー的な分裂であると言えるのではないだろうか。
クラシック音楽における最先端の流れのひとつにいながら、他とは一線を画すその存在。ロマニウクは何を考え、どのようにしていまのスタイルを創り出したのか。それを聞いていきたい。
マイルス、メシアン、そして古楽へ
――まず、ロマニウクさんの音楽遍歴について伺いたいと思います。子供の頃からクラシック音楽のピアノを学ばれ、その後、ジャズが好きになったそうですね。そして、さらにチェンバロなど古楽の分野も学ばれました。なぜ、このようにさまざまなジャンルを経験されたのでしょうか。ロマニウクさんの思いを変えるような出会いなどがあったのでしょうか。
「意図的に違うものを選んできたのではなく、自然の流れで、自らが興味を持ったものに次々と関わってきました。私は5歳からピアノを始めましたが、最初はあくまでお稽古の領域で、学校から帰ってきてピアノを練習するというようなものでした。
しかし11歳のとき、マイルス・デイヴィスのアルバム『スティーミン』と出会い、大きな影響を受けました。強くジャズに惹かれたのです。そして、ジャズを演奏者としてやりたいと思い、即興演奏の術も身につけていきました。16歳になり、メシアンの《世の終わりのための四重奏曲》に出会いました。今度は現代音楽への興味を抱き、そのスキルを身につけていきました。その後に、古楽ですね。古楽ではチェンバロとフォルテピアノを学び、さらには電気ピアノも演奏するようになりました。
このようにさまざまなジャンルや楽器を習得してきたことは、ある意味で言語を学び続けてきたようなことだとも言えるでしょう。最初にフランス語を学び、一生懸命学んで、それを喋れるようにする。そして、ドイツ語を学び、それをよく喋れるようになろうとする。そこで習得した異なる言語、さまざまな言葉を用いて、いろいろな物語を語っていくように、私の音楽もかたち創られてきました。ですから、楽器もまたこの言語の一部というふうに私は思っています」
異なる様式の楽曲へと移るトランジション
――昨日の三鷹の公演(『違う、コガクじゃない』)では、まさに多様な言語を用いられていて、本当に素晴らしい時間でした。もちろん演奏もどれも素晴らしかったのですが、わたしにとって特に印象に残っているのは、ひとつの曲から次の曲へと移る瞬間です。あるときにはそれが非常に自然で、異なる時代の音楽へ移るにも関わらず必然だとすら感じさせられました。しかしあるときには事故に立ち会ってしまったかのような衝撃と怖さを感じました。それぞれ別々のスピードを持って走っているもの同士がぶつかってしまうような、強いエネルギーです。それは恐ろしい瞬間でもあり、興奮する瞬間でもありました。
「楽曲から楽曲へと移るトランジションは非常に重要です。緊張感を保ちつつ、聴衆との一体感を持って、様式がまったく異なるものへ移る必要があります。ですから、トランジションもきちんとリハーサルしています。不意に様式の異なる音楽が始まることは、聴き手にとっては刺激でもあります。私が期待するのは、聴き手が刺激を与えられ、それによって焦点がコロッと変わることで、逆に集中力が上がることです。それがまた面白いのです」
――ロマニウクさんにとっての音楽というものは、音そのもの、楽譜に書かれた音符だけでなく、そういったトランジションの際の静寂や緊張感、あるいは聴衆との関係性など、音を取り巻く環境も含めたものなのでしょうか。
「はい、そうです。環境すべてを含めたものが音楽です。そう、すべてが重要なのです。部屋、音響、聴衆、雰囲気……それらを含めた体験が、コンサートなのです」
――なぜそのような考えに至ったのでしょうか。
「音楽のほかに私がずっと追求してきたものがあります。それは瞑想です。私は毎日2時間の瞑想をしていて、この習慣は20年ほど続いています。この瞑想の習慣が、時間に対する異なった理解というものを私に与えました。演奏するときは常に、平常心や静寂に仕えるものでなくてはならないと思っています。
コンサートというものを考えたとき、私たちの日常の生活とは異なるひとときを皆さまに経験してもらうことが大事だと思うのです。それはある意味で自分がリフレクション(内省、回顧)する時間でもあります。これまでに私が聴き手として経験した最高のコンサートというものは、そのような経験を常に私に与えてくれました。ですから皆さまには、感動のあまり立ち尽くし、時が止まったような、そういった経験を味わっていただけたらと思っています」
後編へつづく
公演情報
速報! アンソニー・ロマニウク&柴田俊幸 2025年ツアー開催決定!
2024年春ツアーのインパクトも記憶に新しい二人が再び日本に戻って来る!
デュオでの新CDリリース記念となる2025年ツアー
8月中旬より全国各地で公演を開催予定!2025年
8月17日(日)愛知県:豊田市能楽堂公演(デュオ)
8月21日(木)群馬県:高崎芸術劇場公演(デュオ)
8月23日(土)兵庫県:KOBE 国際音楽祭 酒心館ホール公演(デュオ)
ほか、全国各地でデュオ、ソロ公演を開催予定!(随時公開)問合せ:株式会社テレビマンユニオン md_info@tvu.co.jp
アンソニー・ロマニウク Anthony Romaniuk
鍵盤楽器奏者アンソニー・ロマニウクは、自身の即興演奏の才能を生かし、幅広い音楽スタイルを常に追求する「ジャンルフリー」の音楽家である。
青年期に故郷のオーストラリアでジャズに傾倒し、ニューヨークのマンハッタン音楽院でモダンピアノを学んだ後、オランダのアムステルダム音楽院とハーグ王立音楽院でチェンバロとフォルテピアノを専門として学んだ。
ヒストリカル楽器を用いてのルネサンスから後期ロマン派、そしてモダンピアノでの現代音楽に至るまで幅広いクラシック音楽のレパートリーを持つ一方で、即興、アンビエントやエレクトロニカ、インディ・ロックの領域でも演奏活動を行なう。
ヴァイオリニストのパトリツィア・コパチンスカヤをはじめ、古楽アンサンブルのヴォクス・ルミニス、ピーター・ウィスペルウェイ(チェロ)、デンマークのロックグループ「Efterklang」など数多くのアーティストと共演を重ねる。執筆者:布施砂丘彦
東京芸術大学卒業。演奏、批評、公演の企画・制作や舞台公演の演出などを行う。 ピリオド楽器の演奏家としては、 歴史的コントラバスおよびヴィオローネを用いてアントネッロやバ ッハ・コレギウム・ジャパンなどの公演に出演。 批評家としては時評「音楽の態度」で第7回柴田南雄音楽評論賞奨 励賞を受賞してデビュー。 朝日新聞をはじめとしてなどさまざまなメディアに寄稿している。 「箕面おんがく批評塾」塾長。
Xアカウント:@Stift_St_Floria※この記事は、これからの時代に活躍してほしい音楽評論家やライターを広くご紹介する、FREUDEの「執筆者応援プロジェクト」の一環として、一般社団法人ビトゥイン・ミュージック・タイズの助成を受けて制作されています。