原田慶太楼
クラシックのニューフロンティアを切り拓く【後編】

<Artist Interview>
原田慶太楼

クラシックのニューフロンティアを切り拓く【後編】

text by 八木宏之
cover photo by Claudia Hershner

今、日本の若い世代で最も注目される指揮者のひとり、原田慶太楼。ときに鮮やかに、ときに情熱的に繰り広げられる原田の音楽は、オーケストラを聴く純粋な喜びを感じさせてくれる。またその幅広いレパートリーは、私たちに多くの新しい発見を与えてくれる。

インタビュー前編では、原田がこれまで歩んできた音楽家としての道のりに目を向け、原田が指揮者として大切にしている信念を語ってもらった。後編では、日米でオーケストラの責任あるポジションに就いた原田が、ひとりの指揮者として社会とどう向き合い、どのようなビジョンと未来を見据えているのか、さらに深く掘り下げていく。

 

Keitaro Harada ©Shin Yamagishi

指揮台から向き合う社会

――20代の頃はアシスタント指揮者として様々な経験を積まれた原田さんですが、今はアメリカジョージア州のサヴァンナ・フィルハーモニック音楽&芸術監督として、オーケストラを引っ張っていく立場になられました。心境にどのような変化があったでしょう?

僕は「今」という時代を大切にしたいといつも思っています。今、同じ時代を生きる作曲家の作品を演奏することは本当に重要で、東京交響楽団のこども定期演奏会での新曲チャレンジ・プロジェクト(若手作曲家が子どもの書いたメロディーを使って、オーケストラ作品を完成させる)などはそうした考えを反映しています。また日本人の指揮者として邦人作曲家を取り上げて世界に広げるのも大切なミッションで、今年度、来年度は吉松隆さんの作品を集中的に取り上げますし、これからも様々な日本人作曲家に向き合いたいと思っています。歴史的なレパートリーについても言えることですが、常に作品への好奇心を失いたくないのです

――NHK交響楽団との新録音には、アフリカ系アメリカ人の作曲家ジョージ・ウォーカーの《弦楽のための叙情詩》も含まれていますが、指揮者としてアメリカ社会と向き合われて、人種差別の問題なども考えることは多いのでしょうか?

BLM(ブラック・ライヴス・マター)運動は日本でも報道されていますが、アメリカの人種差別の問題は日本からでは感じ難いことかもしれません。アメリカに根を下ろして、アメリカ社会で指揮者として生きてきた僕には、今アメリカで起きていることはもちろん、アフリカ系アメリカ人の作曲家を日本に紹介するのも大切なミッションだと思っています。サヴァンナ・フィルでは来シーズンもたくさんのアフリカ系アメリカ人の作品を取り上げたり、アフリカ系アメリカ人の指揮者、演奏家を招聘したりします。アメリカのオーケストラには今そのような形で人種差別の問題に正面から向き合うことが求められているのです。これはBLM運動を受けての一時的な流れではなく、続いていくことだと思うし、そうなって欲しいと思います。

――オーケストラが社会とどう向き合うかというトピックスだと、フランスでも2019-2020シーズンにはパリ管弦楽団が多くの女性指揮者を定期演奏会に招聘していましたし、2020年9月には女性指揮者のための指揮者コンクール「マエストラ」がフィルハーモニー・ド・パリで行われました。私はこのパリの動きをとてもポジティブなインパクトのあることだと思っていて、原田さんが日本のオーケストラで音楽監督のポジションに就かれたときには、ぜひ人種やジェンダーに対して、強いリーダーシップを発揮していただきたいと願っています。

「マエストラ」は日本ではあまり話題になっていませんが、第1回の優勝者のレベッカ・トンはシンシナティ時代の僕の弟子なんですよ。アメリカやヨーロッパでのこうした流れはポジティブな変化だし、自分がリーダーシップを発揮できるポジションに就いたら、日本でも人種やジェンダーの問題に取り組んでいきたいと思っています。こうした問題は自分だからこそ取り組めることなのかもしれません。

 

東京交響楽団正指揮者としての挑戦

――2021年4月には、原田さんにとって日本では最初のポストとなる東京交響楽団の正指揮者にも就任されました。東京交響楽団の正指揮者として取り組んでみたいことなどはあるでしょうか?

まずは音楽監督であるジョナサン(・ノット)のビジョンをリスペクトして、彼のやりたいことを理解することから始まると思います。そのなかで、ジョナサンがやらないところを僕がやって、違うカラーをオーケストラに持ってきたいなと思っています。先ほどもお話ししたこども定期演奏会の新曲チャレンジ・プロジェクトは、まずやりたかったことなのでとても楽しみです。そのほかにも、これからアナウンスしていくプロジェクトはいろいろとありますが、自分が打ち出していきたいこと、チャレンジしていきたいことは今年のフェスタサマーミューザのフィナーレコンサート『閉幕を飾る美しい現代作品。慶太楼、やるね!』に現れていると思います。ジョン・アダムズや吉松隆を中心にしたプログラムは異彩を放っていますが、お客さんに、原田慶太楼のコンサートに行ったら新しい作品に触れられるな、発見があるな、と思ってもらいたいんです

――東京交響楽団はニコニコ動画を用いてお客さんとの双方向のコミュニケーションを大切にしたり、いち早く電子チケットの導入に取り組んだり、常にフレキシビリティを持って活動しているオーケストラなので、原田さんのビジョンとも共鳴すると思いますし、とても楽しみです。

指揮者として、聴きにきてくれたお客さんに新しい世界を提供したい、たくさんの新しい情報を得て帰ってもらいたいというのはいつも考えていることです。古典的なレパートリーでも演奏を通して新しい世界を見せることはできますし、新しい作品を聴いてもらったら、そこにはたくさんの発見があると思います。私はアメリカでのアシスタント時代に数え切れないほどの世界初演に取り組んできましたし、レパートリーの広さには自信がありますが、そうした部分は、お客さんに新しい音楽世界を提供するのに役立つと思っています。こうした試みはすぐに結果がでるものではないし、時間はかかるかもしれませんが、必ず良いインパクトを残せると信じています。その点ではコロナ渦をきっかけに配信が活発になったことは、自分のビジョンの実現には良い変化でした。

――東京交響楽団は配信にも積極的なオーケストラのひとつですね。

コンサートが全国に配信されるということは大きいことなんです。僕の東京交響楽団の就任披露公演も全国に配信されましたが、そこで演奏されたフランク・ティケリの《ブルー・シェイズ》のオーケストラ版はおそらく日本中の誰も聴いたことがなかったと思います。でもそれを配信で聴いて、また聴いてみたいな、吹奏楽版も聴きたいなと思ってくれた人が、僕と東京佼成ウインドオーケストラのコンサートに来てくれたのは、まさに配信の持つ可能性を表していると思います。

 

Keitaro Harada ©Atsushi Yokota

クラシック音楽の未来のために果たすべきこと

――原田さんは日本のクラシック音楽シーンに若い世代の関心が集まって、彼ら彼女らにコンサートホールに来てもらうためにはどうしたら良いと思われますか?

日本の人口の1%がいまクラシック音楽を聴いていて、クラシック音楽を聴かない残りの99%は何に関心があるのかを考えてみることが必要だと思います。多くの人はお笑いであったりポップスであったりに興味があるのであれば、そういったカルチャーにクラシック音楽界がアプローチしていくことも大切なのではないでしょうか。僕もクラシック音楽の道に進んでいなかったら、オーケストラのコンサートへ行かなかったかもしれません。ほかにも楽しいことはたくさんあるのですから。だからこそ、皆が関心を持っているものに目を向けることは重要なのです。自分はポップカルチャーからクラシック音楽に入ったし、シンシナティ・ポップス・オーケストラともたくさん仕事をして、その成功を見てきているからこそ、お客さんがポップスを通してまずはオーケストラに触れる機会を作ることの大切さを強く感じるのかもしれません。ポップス・オーケストラのコンサートに来たお客さんがみな定期演奏会にも来るわけではないのですが、それでも良いんだと思います。

――ポップス・オーケストラのコンサートのお客さんは定期演奏会には来ないじゃないか、ではなくて、まずはオーケストラに触れる機会を作ろう、という姿勢は大切ですね。

クラシック音楽は絶対になくならないし、消えることはない。 何百年にもわたって受け継がれてきたクラシック音楽は、私たちがみんな死んでも決してなくならない。だからこそ、みんな焦りや必死さがないんじゃないかな、と思います。プライドを捨てて、みんなに聴いてもらうために必死に努力しなくても、クラシック音楽はなくならないとみんなどこかでわかっているから、なかなかマスにアプローチしていこうとしないのではないかと思います。でもクラシック音楽が永遠に残り続けるとしても、「今」ひとりでも多くの人に聴いてもらうために色々な工夫や努力をすることは大切なことです

――それは鋭い指摘だと思いますし、ひとつの真実ですね。最後に、指揮者として、またひとりのアーティストとして、どのような未来を思い描かれているか、教えてください。

音楽は世界共通語です。音楽は人を喜ばせることも、悲しませることも、過去を呼び起こすこともできる。だから僕のミッションは、音楽を通して人々に色々なことを感じてもらうことだし、それができなくなったら指揮者をやめると思います。ブラームスにLINEで質問をすることができないからこそ、伝記を読んで、スコアを勉強して、正解は誰にもわからないけど、ブラームスのメッセージを音楽で現代に再現しようとする、そのプロセスと営みがこの仕事の意味だと思っています。

 

前編、後編にわたって原田慶太楼の頭の中にとことん迫ってみて、原田の音楽を支える哲学や理念を少なからず明らかにすることができただろう。ときに100人を超える音楽家たちを前にしてリーダーシップを発揮する指揮者には、常に説得力のある言葉と誰よりも深い音楽への誠実さが求められるが、このインタビューで原田から語られた言葉のひとつひとつには、オーケストラのみならず、日本のクラシック音楽界の未来をも引っ張っていく新しいリーダーの姿が映っていたように思う。原田が大切にするクラシック音楽のアクチュアリティは、FREUDE立ち上げの理念ともぴったりと重なる。FREUDEはこれからも、日本のクラシック音楽界の未来を担う原田慶太楼の姿を追い続けたいと思う。

 

原田慶太楼 Keitaro Harada
現在、アメリカ、ヨーロッパ、アジアを中心に目覚しい活躍を続けている期待の俊英。
シンシナティ交響楽団およびシンシナティ・ポップス・オーケストラ、アリゾナ・オペラ、リッチモンド交響楽団のアソシエイト・コンダクターを経て、2020年シーズンから、アメリカジョージア州サヴァンナ・フィルハーモニックの音楽&芸術監督に就任。
オペラ指揮者としても実績が多く、アリゾナ・オペラやノースカロライナ・オペラに定期的に出演、シンシナティ・オペラ、ブルガリア国立歌劇場でも活躍。
10年タングルウッド音楽祭で小澤征爾フェロー賞、13年ブルーノ・ワルター指揮者プレビュー賞、14・15・16・20・21年米国ショルティ財団キャリア支援賞受賞。09年ロリン・マゼール主催の音楽祭「キャッソルトン・フェスティバル」にマゼール本人の招待を受けて参加。11年には芸術監督ファビオ・ルイージの招聘によりPMFにも参加。
85年東京生まれ。インターロッケン芸術高校音楽科において、指揮をF.フェネルに師事。
オーケストラやオペラのほか、室内楽、バレエ、ポップスやジャズ、そして教育的プログラムにも積極的に携わっている。
2021年4月東京交響楽団正指揮者に就任。
オフィシャル・ホームページ: kharada.com/ @KHconductor

公演情報
東京交響楽団 名曲全集 第169回<前期>
9月18日(土)14:00 開演
ミューザ川崎シンフォニーホール
小林沙羅[ソプラノ]*
大西宇宙[バリトン]*
東響コーラス[合唱]*
東京交響楽団[管弦楽]
原田慶太楼[指揮]
ヴォーン・ウィリアムズ:グリーンスリーヴスによる幻想曲
ヴォーン・ウィリアムズ(ジェイコブ編):イギリス民謡組曲
ヴォーン・ウィリアムズ:海の交響曲 *
【公演情報ページ】
https://tokyosymphony.jp/pc/concerts/detail?p_id=yan76ewiWRw%3D

フレッシュ名曲コンサート 原田慶太楼/東京交響楽団の響き
9月20日(月)15:00 開演
J:COMホール八王子ホール
三浦謙司[ピアノ]*
東京交響楽団[管弦楽]
原田慶太楼[指揮]
エルガー:弦楽セレナード ホ短調
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調*
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調
【公演情報ページ】
https://tokyosymphony.jp/pc/concerts/detail?p_id=kDuj5cTC%2Byg%3D

 

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