田原綾子
ヴィオラと共に生きる 【後編】

<Artist Interview>
田原綾子

ヴィオラと共に生きる 【後編】

text by 八木宏之
cover photo by Hisashi Morifuji

インタビューの前編では、自らの信じた道をまっすぐに歩んで来た田原綾子のこれまでを深く掘り下げていった。後編では、田原の室内楽への想いや、これからの夢などについて迫っていきたいと思う。

田原綾子はソリストとしてだけでなく、室内楽奏者としても稀有な存在だ。室内楽のヴィオラは内声を支える存在で、ヴァイオリンやチェロに比べて少し地味な印象を持っていたが、田原の演奏を聴き、自らが室内楽に無知であったと悟った。田原はトリオであれ、カルテットであれ、またそれより大きな室内楽であれ、その存在が埋もれることは決してない。絶えずアンサンブルの中で問いを投げかけ、自らの答えを語り、対話を盛り上げていく。そうした室内楽奏者としての力は、カルテットの中で自らの音を模索し続けた、高校時代から積み重ねられてきたものなのだろう。

 

 

室内楽への想い
〜「足す」室内楽よりも「かける」室内楽〜

――田原さんは室内楽奏者としても広くご活躍ですね。室内楽奏者としてはどのようなことを大事にしながら演奏をされていますか?

室内楽には色々な形態がありますが、「足す」室内楽よりも「かける」室内楽の方が個人的には面白いのではないかと思っています。演奏家の持っているものを足していって完成する室内楽にも魅力はあるのですが、それぞれの持っているものを掛け合わせて、自分たちも気付いていなかった力や立体感を生み出したり、自分が間に入ってそうした化学反応を生み出すきっかけを作ったりする、「かける」室内楽が本当に魅力的だなあと。自分がこう弾きたいということを押し付けるのではなく、お互いの持っているアイデアに耳を傾けながら、相乗効果を生み出していくことが大切だと考えています。

――室内楽というジャンルは、管弦楽やオペラなどに比べると少し玄人向けの渋いイメージがありますが、聴き手が室内楽を楽しむためのポイントなどがあれば教えてください。

何も知らない状態で室内楽作品を初めて聴く場合、ただ録音を聴くだけだとなかなかその魅力に気付くのは難しいかもしれません。録音でも、オーケストラだったらたくさんの楽器が生み出すサウンドを楽しんだり、あるいは無伴奏ソロだったら弾き手の音楽的なメッセージがダイレクトに伝わってきたりすると思うのですが、室内楽の何よりの魅力は奏者間の対話。実際にホールへ行って、その対話に耳を傾けていただけると、室内楽の楽しさをきっと感じていただけると思います。室内楽用のホールで演奏家たちの音楽的な会話を近くで聴いていただくと本当に楽しいと思いますし、弾いている私たちもお客様の反応を直に感じながら弾くことで、さらなる相乗効果が生まれていきます。ぜひ一度ホールで生の室内楽を聴いていただきたいですね。

――やはり室内楽の醍醐味は音楽家たちの対話に耳を傾けることなのですね。

自分がヴィオラ弾きだからというのもあるのかもしれませんが、内声がこういう風に動くからメロディがこういう風に聴こえる、とか、内声がこう仕掛けたから音楽がこう変化した、といった面白さは楽譜を見ていただくとより楽しめるかもしれませんね。最初はメロディを意識してしまいがちですが、楽譜を見ると内声がどんなことをしているのかわかるので、より深く室内楽を楽しめると思います。
室内楽には指揮者がいないので、そこに参加している奏者はみな対等で、本当に様々な個性が集まって、お互いに納得するまでディスカッションをして、一つの演奏が作られていきます。だから、一人でもメンバーが違えば全く異なる音楽になるし、それは悪いことではなく、そうして生まれる無限のバリエーションが室内楽の魅力なのかな、と思うのです。

――室内楽は一期一会、いつでも新鮮なものなのですね。

大学生の頃は、普段自分が室内楽を演奏している気心の知れた仲間以外のメンバーで演奏する時に、どうしたら良いか分からず悩んだこともありました。そんな時、共演させていただいた大山平一郎先生から、「室内楽で大切なのはまず『受け入れること』だよ。」とアドバイスいただいて……。この言葉が深く心に残り、今でも室内楽を取り組むときの私のモットーとなっています。

photo by Taira Tairadate

ヴィオリストとしての夢、挑戦、未来
〜子供の頃からいつも歌っていた〜

――田原さんのヴィオリスト、音楽家としてのこれまでの歩みをうかがってきましたが、これからどんなヴィオリストになっていきたいですか?

私は何よりもヴィオラが好きで…。初めてヴィオラを聴いた方や馴染みのない方が演奏を聴いた時に、「ヴィオラってこんなに素敵で、魅力的な楽器なんだ!」と思ってもらえる演奏をし続けていきたいですね。ヴィオラの魅力は何よりもまずその音色。深くて温かい、人間の声よりも朗々と語れるような音を目指して、自分の音をずっと磨き続けていきたいと思っています。
少し苦手意識を持ってしまうことに対しても、あまり得意じゃないな、と興味や可能性を絞ることはしたくないですし、今はまだ色々なことにオープンマインドに挑戦していきたいですね。根っことしては人としても深く、幅広く成長していきたいなと思います。

――そんなヴィオリストになっていく中で、具体的に取り組んでみたい、挑戦してみたいことなどはありますか?

私は自分で歌うのも、歌の世界に没入していくのも大好きなので、ヴィオラで歌曲を弾いていくことに取り組めたらと考えています。この前初めて、ずっと憧れていたシューマンの「詩人の恋」をヴィオラで弾いたのですが、こうした歌曲作品を少しずつ大切にヴィオラで弾いていきたいと強く感じました。ドイツ歌曲やフランス歌曲はもちろん、自分の母国語である日本歌曲には生涯を通してチャレンジしていきたいと思っています。

――田原さんにとって歌は本当に大切なものなのですね。田原さんのヴィオラ演奏、その音楽の魅力の秘密は「歌」にあるのかもしれませんね。

昔からオペラが大好きで、「フィガロの結婚」、「魔笛」、「セヴィリアの理髪師」、「こうもり」などの喜歌劇が特に好きでした。明るくきらびやかなオペラの世界には本当に惹き込まれます。いつか歌を本格的に勉強してみたいなと思っていたくらいです。幼い頃はお風呂上がりに「魔笛」の夜の女王のアリアを歌っていましたし、今でも室内楽のリハーサル後はよく無意識に歌ってしまって、「ずっと歌っているね」と言われたりしています(笑)。その他ですと、やはりヒンデミットの作品は大切にしていきたいですね。そして、いつかベルリオーズの「イタリアのハロルド」に挑戦したいとずっと思っています。

――これからもたくさんの素晴らしい演奏を聴かせてください。

今は厳しい状況の中で、配信コンサートなども多くなっていますが、 私はたった一人のお客様でも目の前にいるお客様に音楽を届けたいという気持ちをずっと強く持ち続けています。今はまだ困難もありますが、これからもホールで一人でも多くの方に演奏をお届けしたいです!

 

ここまで、前編、後編にわたってアーティスト田原綾子のこれまで、今、そして未来について様々な角度から問いかけてきた。そうして浮かび上がってきたのは、自らの音を一つ一つ造ることから始まり、自分の言葉で奏で、歌い、語ることを模索し続けてきた田原の姿だった。今回のインタビューを通して、私が衝撃を受けた田原のヴィオラ演奏の背後にある彼女の美意識を少しでも明らかにすることができたのではないかと思う。田原綾子はこれからも、誰の真似でもない自らの道をヴィオラとともに模索し、歩み続けるに違いない。

 

田原綾子 Ayako Tahara
日本の若い世代を代表するヴィオラ奏者のひとり。東京音楽コンクール、ルーマニア国際音楽コンクール優勝。読響、東響、東京フィルなどと共演、室内楽奏者としても国内外の著名アーティストと多数共演するほか、オーケストラの客演首席も務めるなど、活躍の幅を広げている。パリ・エコールノルマル音楽院にてブルーノ・パスキエ、デトモルト音楽大学にてファイト・ヘルテンシュタインに師事。2019年度明治安田クオリティオブライフ文化財団海外音楽研修生。サントリー芸術財団よりPaolo Antonio Testoreを貸与。
【オフィシャルサイト】
https://www.ayakotahara.com

公演情報
上野 de クラシック Vol.56  東京音楽コンクール入賞者によるコンサート
5月20日(木)19:00~20:00
東京文化会館 小ホール 全席指定:1,650円
實川 風[ピアノ]
ショスタコーヴィチ:ヴィオラ・ソナタ op.147
ラフマニノフ:チェロ・ソナタ op.19(ヴィオラ版)
【公演情報ページ】
https://www.t-bunka.jp/stage/8256/

 

 

 

 

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