ピアニスト矢沢朋子が追求する
エレクトロ・アコースティック・カルテットの可能性
text by 原典子
矢沢朋子は、クラシックの「現代音楽」と「今」をコネクトしてきたピアニスト。フランス留学中にオリヴィエ・メシアン夫人のイヴォンヌ・ロリオや、現代音楽のスペシャリストとして知られるクロード・エルフェのもとで研鑽を積み、ニューヨークではデヴィッド・ラングやスコット・ジョンソンといった作曲家たちとも親交を結んできた。
そんな矢沢がみずからプロデュース&出演し、2001年から20年以上にわたって続けているイベントが『Absolute-MIX』。ピアノをはじめとするアコースティックの楽器と、エレクトロニクスや映像などを融合させることで生まれる新たな可能性を追求するマルチメディア・プロジェクトで、国内外の作曲家への委嘱を含む先進的な内容で毎回話題を呼んできた。
2022年は会場をコンサートホールからライブハウスに移し、スコット・ジョンソンをテーマ作曲家として開催される。大坪純平(ギター)、成田達輝(ヴァイオリン)、北嶋愛季(チェロ)という精鋭メンバーが結集したエレクトロ・アコースティック・カルテットにも注目だ。
スコット・ジョンソンをテーマ作曲家にした
『Absolute-MIX』
スコット・ジョンソン(1952年生まれ)は、ロックで使われる楽器やエレクトロニクスを伝統的なクラシックの作曲に取り入れた作曲家で、自身で演奏するエレクトリック・ギターと話し声のサンプリングを組み合わせた《John Somebody》(1980-82年)をはじめとする作品で知られる。矢沢はニューヨークでスコット・ジョンソンと出会い、彼のアンサンブルにも参加していたという。
「ジョン・ゾーンが日本に住んでいた頃、私は彼のピアノ曲を演奏していました。そしてジョンがニューヨークに帰った頃に、ちょうど私も奨学生としてニューヨークに渡り、そこでジョンと仲のいいスコットを紹介してもらいました。スコットの曲はかねてからクロノス・カルテットの演奏で聴いて興味を持っていたので。
スコットははじめて会ったときに、『最近ピアノ曲を書いたんだ』と言って《Jet Lag Lounge》の楽譜を持ってきてくれました。私がそれをニューヨークと東京で初演し、演奏を気に入ってくれたスコットは、今回のプログラムにも入っている《Maybe You》の初演メンバーにも誘ってくれました。そのときのスコット・ジョンソン・アンサンブルの編成は、今回と同じエレクトリック・ギター、ヴァイオリン、チェロ、ピアノです」(矢沢朋子、以下同)
矢沢から見たスコット・ジョンソンという作曲家は、どのような存在なのだろう?
「スコット自身はエレクトリック・ギターを演奏しますが、和声、対位法、オーケストレーションといったクラシックの作曲技法を学んでいるので、作曲家としてはチャールズ・アイヴズやジョージ・ガーシュウィン、レナード・バーンスタインの後継者、アメリカン・クラシックの系譜を引く人だと私は考えています。同じアメリカといっても、エリオット・カーターはヨーロピアン・アカデミックの潮流、ジョン・アダムズは西海岸楽派といったように、ひと言で“アメリカン”とくくれない多様性がありますが、コカ・コーラのような普遍的なアメリカン・テイスト、誰が聴いてもアメリカの音楽だと感じるところがスコットの魅力だと思います」
スコット・ジョンソンは「ロックをクラシックに取り入れた作曲家」と言われるが、演奏家にとってはどういった点がロックで、どういった点がクラシックなのだろう?
「スコットの音楽は、記譜法も構造もクラシック。テクニック的にものすごく難しく、変拍子の連続で、リズム感もソルフェージュ能力も要求されるので、クラシックの演奏家にしか弾けません。それでいて、サウンドはロック。運動神経で演奏するような部分もありますが、構造が複雑なので、“ノリ”では決して弾けないんです。
ポップスやジャズのアーティストなら自然と刻む“ノリ”やアーティキュレーションも、クラシックの演奏家向けに細かく休符やアクセントですべて記譜されています。記譜のとおりに弾ければロックな曲になるというわけです」
たしかに、今回のプログラムにも恐ろしく速い曲が入っていたりする。それをあらかじめ録音されたボイス・サンプリングに合わせて演奏するというのだから、その難しさは想像を絶する。
「大坪さん、成田さん、北嶋さんには、まず音源を聴いてもらいました。高速&変拍子のロックに『やる! 面白い!』と言ってくれた演奏家たちです」
フランク・ザッパ、平石博一の作品もフィーチャー
今回演奏されるスコット・ジョンソンの作品は、エレクトロ・アコースティック・カルテットのための《Convertible Debts》と《Maybe You》、そしてアンプリファイド・カルテットのための《Rock》。このうち《Convertible Debts》と《Rock》は1996年にリリースされたアルバム『Rock/Paper/Scissors』に収録されている。
1996年といえば、レディオヘッドの3rdアルバム『OKコンピューター』がリリースされる前年のこと。『Rock/Paper/Scissors』のサウンドを聴いていると、エレクトロ、トリップホップ、ポピュラー、実験音楽など、あらゆる方面にロックの領域を拡大した『OKコンピューター』との同時代性を感じずにはいられない。レディオヘッドのジョニー・グリーンウッドはバンドのギタリストでありながら、現代音楽の作曲家としても活躍している。ザ・ナショナルのギタリスト、ブライス・デスナーも然り。そういった意味でも、スコット・ジョンソンは彼らの先輩と呼べる存在なのかもしれない。
あるいは、スコット・ジョンソンを聴いて、フランク・ザッパとの共通点を感じる方もいるかと思う。今回のプログラムにザッパの1台または2台ピアノのための《Ruth is Sleeping》が入っているのもそういった理由から? と矢沢に尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「私は逆に、スコットとザッパの音楽は対照的だと思っていました。ザッパはどちらかというとヨーロピアンな感じがして。スコットにはザッパのような“いかにも現代音楽的な無調”という曲はないですし、ピアノ・パートに関してはギター2本で考えて作っていると思われる動きをするので、アルペジオひとつとってもピアノでは弾きにくい。ピアノの左右で1本ずつギターを弾くような感覚というのでしょうか、とにかくまったくピアニスティックではないのです。そこがピアノで作曲された曲とは違う、斬新なアイデアだったりします。
一方、ザッパの《Ruth is Sleeping》はピエール・ブーレーズの作品のように難しいけれど、作曲家がピアノに向かって作ったような感じがします。それでいてグルーヴ感がある。すごくカッコいい無調というか。アカデミックな現代音楽に聞こえるんですけどね」
そのほか、今回の『Absolute-MIX』ではDJ Yazawaによる「平石博一エレクトリック・ミュージック・ミックス」も予定されているという。
「平石さんは前回の『Absolute-MIX 2021』のテーマ作曲家だった方ですが、テクノの曲だけでもたくさんあるので、そのなかからミックスします。この企画はクラブDJのように“踊らせる”ことが使命ではないので、BPM(テンポ)の差がものすごくあるものも繋いでしまったりして、クラブではできないことができたらと考えています」
吉祥寺のSTAR PINE’S CAFEに当日集うのはどのような人たちなのだろうか。それも含めて楽しみだ。
公演情報
矢沢朋子プロデュース
Absolute-MIX presents Electro-Acoustic Quartet
2022年11月22日(火)19:30開演
吉祥寺STAR PINE’S CAFE矢沢朋子(Piano,Synth,DJ)
大坪純平(Electric Guitar)
成田達輝(Amplified Violin)
北嶋愛季(Amplified Cello)スコット・ジョンソン:エレクトロ・アコースティック・カルテットのたの《Convertible Debts》《Maybe You 》、アンプリファイド・カルテットのための《Rock》
フランク・ザッパ:1台または2台ピアノのための《Ruth is Sleeping》
平石博一エレクトリック・ミュージック・ミックス by DJ Yazawa ほか前売:3,500円+ 1 drink
当日:4,000円+ 1 drink
(配信アーカイヴ付き)
※全席自由・税込配信チケット:2,500円
公演情報:
https://tomoko-yazawa.com/absolute-mix
https://www.confetti-web.com/detail.php?tid=68092&
https://tiget.net/events/197497