東野珠実 星筐抄 〜甦る古の響き〜
正倉院復元楽器に現代の息吹を

東野珠実 星筐抄 〜甦る古の響き〜

正倉院復元楽器に現代の息吹を

text by 柿沼敏江
illustration by 伊藤光咲子

復元された正倉院の楽器を用いたコンサート『東野珠実 星筐抄(ほしがたみしょう)〜甦る古の響き〜』を聴いた(10月2日 高崎芸術劇場 音楽ホール)。第33回高崎音楽祭の一環としての開催である。

奈良東大寺の正倉院から貴重な御物に混じって数々の楽器が発見されたことはよく知られている。これらの楽器を復元、再生するプロジェクトは1970年代から国立劇場によって進められ、また現代作曲家もこれに参加して新作を生み出すなど、一定の成果をあげてきた。今回のコンサートは、そうした半世紀に及ばんとする一連の活動を背景として、雅楽奏者で作曲家の東野珠実が、復元楽器の世界をあらためて描きだす試みである。

正倉院の楽器と一口に言っても、これらの楽器がおよそ1200年前に遡る時代にどのような音楽を奏でたのか、じつは確かなことは分かっていない。楽器は残存しているが、楽譜は伝承されていないのである。つまり、これらの楽器を楽しむためには、演奏に相応しい既存の楽曲を探索するか、あるいは新たな作品を創作しなくてはならない。それは過去を蘇らせるというよりは、今ここにあるモノ=楽器によって想像上の「過去」をつくり出すことであり、またそれは過去に照らして「現在」を見つめ直すことにも繋がる。

楽器に挑むのではなく寄り添う姿勢

コンサートは大きく2部から構成される。第1部「蘇る古の響き」は雅楽の古典《平調 調子》と《意調子》の2曲、正倉院楽器の復元にも関わった雅楽師の芝祐靖の作品、東野自身の作品3曲からなる。

芝の《「総角あげまきのうた」より》では、長めの残響を特徴とする鉄絃箏が、中国の古箏を彷彿とさせ、排簫はいしょうのたゆたうようなメロディが優雅な古代の雰囲気を醸し出す。

東野の3作品はいずれも、東野がしばしばコンセプトとして使っている「星筐ほしがたみ」というタイトルを持つ。「星筐」とは「心の筐(かたみ=籠)に星を集める」という意味で、響きの宇宙から聞く者それぞれが音の星座を見出すことを意図しているという。この「星筐」のプロジェクトはこれまで種子島の洞窟や神社、六本木の21_21 DESIGN SIGHTなどユニークな場所で行われてきたが、今回はそうした場の特異性によるのではなく、復元楽器の特徴ある響きをもとに時代を超える天空のイメージを汲み取ろうとしたようだ。

五絃琵琶のための《星筐IV_6》、阮咸げんかんのための《星筐VIII〜In a Spiral〜》(初演)、箜篌くごと笙のための《星筐III〜Reborn〜》は、いずれも楽器の内部に耳を澄ませて音を掬いあげるような作品だ。自ら箜篌を演奏した《星筐III〜Reborn〜》では、音域によって弦の張り具合が異なるこの楽器から、素朴ながらも多様な響きが引き出されていた。その響きはかつて前衛作曲家たちがこの楽器のために書いた音楽とは違って、楽器に挑むのではなく寄り添う姿勢を反映している。

敦煌というシルクロードの要衝に眠っていた音楽

第2部「幻のサロンミュージック」は、東野の《星筐IV_7》を挟んで、古文書に含まれていた楽譜を芝祐靖が解読、復曲した二つの音楽からなる。

まず《正倉院・天平琵琶譜「(番假崇ばんかそう」唐楽様式》は、正倉院に収蔵されていた古文書のなかから発見された断片による。世界最古の琵琶譜とされるが、楽譜として残されていたわけではなく、747年の日付がある納受帳として袋とじされていた一枚の内側に記されていたもので、書き損じを再利用したと考えられるという。芝は途切れて完全ではない楽譜を解読し、さらにその訳譜を元に、メロディラインを探り出して、雅な唐楽様式の合奏作品として整えた。雅楽師としての長年にわたる豊かな経験なくしてはできない作業であろう。

間に置かれた東野の《星筐IV_7》は第1部の《星筐IV_6》と同様に、星の配置を示した「星図譜」をもとに星々を音と見立てる作品で、季節ごと、場所ごとに変わる星座の動きに連動する自在さを写しとろうとする。細やかな音の断片を緩く織り合わせたような感触が清々しい。

左から、排簫(はいしょう)、鉄絃箏(てつげんそう)、五絃琵琶(ごげんびわ)
左から、阮咸(げんかん)、箜篌(くご)、磁皷(じこ)

もう一つの芝の復元作品《敦煌琵琶譜による音楽》は、敦煌の千仏洞から発見された古文書に含まれていた琵琶の楽譜(唐代933年頃)に基づいており、やはり琵琶を土台とした古代楽器の合奏曲としてまとめられている。「敦煌琵琶譜」は全部で25曲あるというが、この日はそのなかから「急胡相問」「傾杯楽」「伊州」「急曲子」の4曲が披露された。笙、大篳篥おおひちりき、横笛、排簫、箜篌、五絃琵琶、磁皷じこ、鉄絃箏という8楽器による合奏は、輝かしい多彩な響きを奏でながら、悠久の時空を駆け巡る。陶磁器でつくられた珍しい太鼓、磁皷がリズムを刻む「伊州」は、明るく楽しげで、どこかヨーロッパ中世の舞曲「エスタンピー」を思い起こさせた。敦煌というシルクロードの要衝に眠っていた音楽は、ユーラシアという広大な地平へと想像力を膨らませるエネルギーを秘めている。

芝祐靖が創設した雅楽合奏グループ「伶楽舎」は、雅楽とともに古代楽器の演奏にも力を注いできた。そのメンバーである東野は、演奏家としての経験をもとに、これまでの蓄積を作曲家として次の段階へと活かそうとしている。今回のコンサートはその足がかりであるとともに、惜しくも3年前に他界した師の芝祐靖に捧げたオマージュとも言えるだろう。

 

東野珠実 星筐抄(ほしがたみしょう) 〜甦る古の響き〜
演奏:星筐の会(東野珠実、谷内信一、中村かほる、三浦礼美、中村華子、伊崎善之、野田美香、鈴木絵理)
正倉院復元楽器提供:国立劇場
古代装束協力:(株)井筒企画

HOSHIGATAMI 星筐の会 Official Website
https://hoshigatami.com

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