東京交響楽団&サントリーホール こども定期演奏会「新曲チャレンジ・プロジェクト」
こどもたちと創造するクラシック音楽の未来

東京交響楽団&サントリーホール こども定期演奏会「新曲チャレンジ・プロジェクト」

こどもたちと創造するクラシック音楽の未来

text by 八木宏之
cover photo by Shin Yamagishi

若手作曲家の活躍に必要なこと

東京交響楽団とサントリーホールが共同で主催する『こども定期演奏会』は、「こども奏者」や「こどもピアニスト」との共演、こどもたちへの年間テーマ曲やチラシのイラストの募集など、こどもたちと一体となって演奏会を作り上げる取り組みを続けてきた。そんな『こども定期演奏会』が、2021年に20周年を迎えるのを記念して、こどもたちによるメロディの募集と、30歳以下の若手作曲家を対象にそのメロディを用いた作品の募集を行う「新曲チャレンジ・プロジェクト」を実施した。審査の結果、小田実結子の《La danse des enfants 子供たちの踊り》が選ばれ、12月12日の第80回『こども定期演奏会』で世界初演される。

このプロジェクトを発案し、旗振り役となったのが東京交響楽団正指揮者の原田慶太楼だ。自身のアメリカでの経験から、若い作曲家の発掘とキャリアのサポートを大切なミッションに位置付ける原田は、FREUDEのインタビューでも、この「新曲チャレンジ・プロジェクト」の重要性を強調していた。

前述のように、『こども定期演奏会』には年間のテーマ曲をこどもたちから募集する伝統があり、「新曲チャレンジ・プロジェクト」もそれを原点としている。今回行われたこどもたちへのメロディ募集と若手作曲家への作品募集のテーマは「踊り」。メロディ募集には40以上の応募があり、原田と東京交響楽団、サントリーホールのスタッフによる審査を経て、小中学生の男女3名ずつ、6つのメロディが選ばれた。選ばれた6つのメロディはインターネットで公開され、そのなかから少なくともふたつを用いた5分のオーケストラ作品が募集された。全部で8作の応募があり、小田の《La dance des enfants 子供たちの踊り》が「新曲チャレンジ・プロジェクト」の記念すべき第1作に選ばれた。

原田は才能ある日本の若手作曲家が活躍するためには、作品を演奏するだけでなく、そのキャリアをサポートすることも重要だと考えている。

「日本の若い作曲家にチャンスを与えるというのは、自分の大切なミッションのひとつです。もし自分が若手作曲家だったら、どうやってキャリアを展開したら良いか、本当に悩むと思います。作曲家のキャリアには指揮者とオーケストラのサポートが必要不可欠です。今日レパートリーに定着している作曲家でも、その受容に指揮者が重要な役割を担ったケースは少なくありません。例えばコープランドが世界中で演奏されるようになったのは、バーンスタインのサポートがとても大きかった。
日本にもたくさんの才能ある若手作曲家がいます。でもチャンスがない。とりわけ、オーケストラの作品を書くチャンスはとても少ないのです。だからこそ、指揮者が作曲家の才能をプロデュース、サポートする必要があると思います。『新曲チャレンジ・プロジェクト』で選ばれた作曲家がさらに活動の場を広げていけるように、作品を初演するだけでなく、1年間いろいろな場に紹介していきます。こうして一緒にインタビューを受けるのもそのひとつです。このプロジェクトをきっかけに作曲家に注目が集まり、さらなる委嘱や初演の機会が生まれることが大切です。スタンダードのレパートリーだけを演奏して、新曲の初演を怖がっていてはお客さんも育たない。ベートーヴェンの作品にだって初演はあったのです」(原田慶太楼)

原田慶太楼©Claudia Hershner

審査をするうえで、原田は作曲家のパーソナリティも重視したという。スコアのクオリティのみで審査される作曲コンクールが多いなか、「新曲チャレンジ・プロジェクト」では作曲家に自己PRビデオの提出も課し、作品と共に審査の対象となった。

「今回の作品募集がほかの作曲コンクールと大きく違う点は、選考の際にスコアと同じくらい作曲家による自己PRビデオを重視したことです。このPRビデオでは自己紹介だけでなく、“なぜこどもたちにクラシック音楽が必要か”というテーマについても話してもらいました。SNSが発達した今日、音楽家は技術が優れているということに加えて、自らをアピールし、発信していくパーソナリティがとても大切です。もちろん優れたスコアであること、音楽が素晴らしいことは大前提です。でも、それと同じくらいコミュニケーションをする力、パーソナリティも重要なのです」(原田)

誰かの人生を変えることが出来るかもしれない

「新曲チャレンジ・プロジェクト」の募集規定ではこどもたちによる6つのメロディから少なくともふたつを使って作曲することが求められたが、小田は《La danse des enfants 子供たちの踊り》に6つのメロディ全てを用いている。

小田は作者であるこどもたちへ、メロディにどんな印象を持ったか、そしてメロディを作品中どのように用いたか、メッセージを送り、こどもたちからの返事も受け取ったという。こうした作曲家とこどもたちとの一方通行ではない相互コミュニケーションは、原田が重視した21世紀にふさわしい作曲家のパーソナリティと深く結びつくものだろう。

「今回の『新曲チャレンジ・プロジェクト』では、既にあるメロディを用いることが求められていますが、私はもともとコラージュのような作曲スタイルが好きだったので、周囲の後押しもあってチャレンジしてみることにしました。6つのメロディはひとつひとつが異なる個性を持っていて、拍子も同じではないので、ひとつの作品に全てを盛り込むのは簡単ではありませんでした。でも、メロディ募集に選ばれたこどもが、せっかくメロディの選考に残ったのに、最終的に作品には使われなかったと知ったら、とてもがっかりすると思ったんです。私が作曲を始めた頃、自分の頭に思い描いた音楽が生の楽器で演奏されるのを聴く感動はとても大きかったですし、こどもたちにもその感動を味わって欲しいと思いました。なので、作品のなかで必ず一度は、全てのメロディが原型のまま、はっきりと聴こえるように工夫しています。」(小田実結子)

こどもたちが自分の作ったメロディを東京交響楽団の演奏のなかに見つける瞬間を想像しただけで、心がワクワクしてくる。最後に小田と原田のふたりに、今回の『こども定期演奏会』への想いと、作品募集の自己PRビデオでも問われた「クラシック音楽はなぜこどもたちに必要か」について、改めて聞いてみた。

「今の時代は技術が発達し、音楽を聴くのも、作るのも、どんどん便利になっているなかで、クラシック音楽はほかの音楽ジャンルと何が違うのかと考えました。作曲家が楽譜を書いて、その楽譜を演奏家が読み解き、演奏して、初めて完成する、1人では成立しないという点にこそクラシック音楽の独自性があるのではないでしょうか。またクラシック音楽には長い歴史があり、たくさんの人々によって積み重ねられてきたものに触れることができる。ベートーヴェンの交響曲ひとつとってもたくさんの演奏、録音があり、解釈の歴史があって、文献もたくさんあります。そうしたたくさんの人々による歴史の積み重ねに触れることが、クラシック音楽の醍醐味だと思います。
私は作曲家としての活動と同時に、中学、高校で音楽の非常勤講師もしているので、普段からこどもたちと過ごす機会が多いのですが、こどもたちにはクラシック音楽のそうした側面に触れて欲しいと思っています。今回の作品初演では、まず何よりテーマを作曲してくれたこどもたちに楽しみにしていて欲しいと思います。また、これからも『こども定期演奏会』の『新曲チャレンジ・プロジェクト』は続いていくので、聴きに来てくれたこどもたちが、いつか自分も作曲してみたいなと思ってくれたら何より嬉しいです」(小田)

『こども定期演奏会』は、誰かの人生を変えることが出来るかもしれないという無限大の可能性を秘めています。今はコロナ禍で休止していますが、楽器体験コーナーでチェロに触れて、その後楽員のレッスンを受けるようになり、音高、音大へと進んだケースもありますし、『こども奏者』として参加したこどものなかには、コンサートマスターの小林壱成をはじめ東京交響楽団のメンバーになったひと、ソリスト(ジュネーブ国際コンクールで優勝を果たしたチェリストの上野通明もそのひとり)や、東響以外のオーケストラのメンバーとして活躍しているひともいます。『こども定期演奏会』の20年の歴史のなかでも、これだけの成果がでている。これは誇るべきことだと思います。
12月12日の演奏会には、こどもたちのメロディが小田さんの手でオーケストラ作品となり、東京交響楽団によって演奏されるというストーリーがあります。世界初演という一度きりの特別な体験をサントリーホールで皆と共有できるのを楽しみにしています」(原田)

原田慶太楼と小田実結子

東京交響楽団&サントリーホール こども定期演奏会 第80回「近現代」
2021年12月12日(日) 11:00 開演
サントリーホール
原田慶太楼(指揮)
東京交響楽団
コープランド:バレエ組曲《ロデオ》より 第4曲「ホーダウン」
〜新曲チャレンジ・プロジェクト〜(こどものモチーフによる若手作曲家作品)
小田実結子:《La danse des enfants 子供の踊り》(世界初演)
ハチャトゥリヤン:組曲《仮面舞踏会》より 第1曲「ワルツ」
マルケス:《ダンソン》 第2番
ホルスト:《惑星》Op.32 より 第4曲「木星、快楽をもたらす者」

チケット料金(全席指定)
1回券3,500円
サントリーホールチケットセンター
0570-55-0017(10:00~18:00 休館日除く)
サントリーホール・メンバーズ・クラブ
WEB: http://suntoryhall.pia.jp
TOKYO SYMPHONY チケットセンター
044-520-1511(平日10:00-18:00)
TOKYO SYMPHONY オンラインチケット
http://tokyosymphony.jp(1回券のみ)
チケットぴあ
0570-02-9999
イープラス
eplus.jp
ローソンチケット
0570-000-407
【公演情報ページ】
http://www.codomoteiki.net/schedule2021/

「新曲チャレンジ・プロジェクト」の詳細はこちら
http://www.codomoteiki.net/challenge/

小田実結子 Miyuko Oda
東京都出身。4歳から武蔵野音楽大学附属多摩音楽教室に通い、ピアノ・チェロ・ソルフェージュ・楽典を学ぶ。武蔵野音楽大学作曲学科卒業。同大学院修士課程作曲専攻修了。
作曲を野崎勇喜夫氏に、ピアノを長堀好美、髙坂朋聖、岡珠世の各氏に師事。
第21回TIAA全日本作曲家コンクール室内楽部門奨励賞受賞。日本トロンボーン協会主催「トロンボーン・ピース・オブ・ザ・イヤー2017」入賞および聴衆賞受賞。奏楽堂日本歌曲コンクール第24回作曲部門第2位入賞および中田喜直賞・畑中良輔賞受賞。同コンクール第25回作曲部門第2位入賞、第27回作曲部門入選。第6・7回東京国際歌曲作曲コンクール入選。ミッドウェスト・クリニック主催第1回バーバラ・ビュールマン作曲コンクール 中学校バンド向け作品部門第1位入賞。

原田慶太楼 Keitaro Harada
現在、アメリカ、ヨーロッパ、アジアを中心に目覚しい活躍を続けている期待の俊英。
シンシナティ交響楽団およびシンシナティ・ポップス・オーケストラ、アリゾナ・オペラ、リッチモンド交響楽団のアソシエイト・コンダクターを経て、2020年シーズンから、アメリカジョージア州サヴァンナ・フィルハーモニックの音楽&芸術監督に就任。
オペラ指揮者としても実績が多く、アリゾナ・オペラやノースカロライナ・オペラに定期的に出演、シンシナティ・オペラ、ブルガリア国立歌劇場でも活躍。
10年タングルウッド音楽祭で小澤征爾フェロー賞、13年ブルーノ・ワルター指揮者プレビュー賞、14・15・16・20・21年米国ショルティ財団キャリア支援賞受賞。09年ロリン・マゼール主催の音楽祭「キャッソルトン・フェスティバル」にマゼール本人の招待を受けて参加。11年には芸術監督ファビオ・ルイージの招聘によりPMFにも参加。
85年東京生まれ。インターロッケン芸術高校音楽科において、指揮をF.フェネルに師事。
オーケストラやオペラのほか、室内楽、バレエ、ポップスやジャズ、そして教育的プログラムにも積極的に携わっている。
2021年4月東京交響楽団正指揮者に就任。
オフィシャル・ホームページ: kharada.com/ @KHconductor

 

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