<Review>
ヴィキングル・オラフソン
モーツァルト&コンテンポラリーズ
ガルッピ:アンダンテ・スピリトーソ(ピアノ・ソナタ第9番ヘ短調から)
モーツァルト:ロンド ヘ長調 K.494
C.P.E.バッハ:ロンド ニ短調 H 290
チマローザ:ソナタ第42番 ニ短調(オラフソン編曲)
モーツァルト:幻想曲 ニ短調 K.397(未完)ほかヴィキングル・オラフソン(ピアノ)
録音:2021年4月 レイキャヴィク
Deutsche Grammophon/ユニバーサル ミュージック合同会社
text by 鉢村優
限りなく自然に、静けさを湛えた音楽という清水
ヴィキングル・オラフソンが9月3日に発表したニュー・アルバム『モーツァルト&コンテンポラリーズ』を聴く。
オラフソンはアイスランド出身の37歳。英グラモフォン「アーティスト・オブ・ジ・イヤー」(2019年)、ドイツ「オーパス・クラシック賞」(2020年)といった受賞歴も華々しく、自ら創設したレイキャヴィク・ミッドサマー音楽祭で芸術監督を務め、歌手・社会活動家のビョークらと前衛的プロジェクトに取り組み……と、才気煥発の限りを示すピアニストである。
そうした経歴とは裏腹に、彼の音楽には派手さがない。いや、耳をこらして聴いてみれば、意表を突くテンポの揺れ、珍しいが説得力に満ちた歌い回し、そして陰翳豊かで独創的な和声付け……と胸躍る歓びが満載なのだが、いずれも分かりやすいものではない。限りなく自然であるがゆえに、うっかりすると聴き逃してしまう。
オラフソンによれば『モーツァルト&コンテンポラリーズ』は、同時代の作曲家との対比を通じて、モーツァルトが熱心に他者の音楽を研究していたことを浮き彫りにし、「一本のペンから無限の楽想わきだす無邪気な天才」というモーツァルトへの偏見を取り除こうという試みである。
時も場所も超え、聴き手はオラフソンと共に音楽の旅をドライブする。目線の先には常にモーツァルトがあり、彼が敬愛したC.P.Eバッハとハイドン、そして直接の関わりはないものの、彼と共通の音楽性を宿したイタリアの作曲家ガルッピとチマローザが車窓に顔を出す。本盤でさらに特徴的なのは、どんな欣喜も熱情も、静けさを湛えていること。あらゆる難所を意に介さない巧みなテクニックがそれを可能にし、地道な研究に裏打ちされた自由な飛躍というオラフソンの美質を際立たせている。
祈りを「沈殿」と説いた修道者がいる。風雨に揺れる池の水をコップにすくい、机に置く―やがて泥は底へと沈み、その時はじめて泥水のかつて清水たるを知る。
配信全盛期に逆行するようだが、本盤は電車や街の喧噪の中で聴くのは適さないだろう。ライナーに記されたオラフソンの言葉を手にじっと耳を傾ける、そのとき現れるのは音楽という清水。心の清水を通して行われる会話が祈りであるなら、『モーツァルト&コンテンポラリーズ』もまたその似姿である。