イザベル・ファウスト
ストラヴィンスキー:兵士の物語

<Review>[Stravinsky 50]

イザベル・ファウスト

ストラヴィンスキー:兵士の物語

ストラヴィンスキー:
エレジー(無伴奏ヴァイオリンのための)
デュオ・コンチェルタンテ(ヴァイオリンとピアノのための)
兵士の物語(7人からなる小オーケストラ版/シャルル・フェルディナン・ラミュによるフランス語台本)

イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)
アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)
ドミニク・ホルヴィッツ(語り、兵士、悪魔)
ロレンツォ・コッポラ(クラリネット)
ハヴィエル・ザフラ(バスーン)
ラインホルト・フリードリヒ(コルネット)
ヨルゲン・ファン・ライエン(トロンボーン)
ウィス・ド・ボーヴェ(コントラバス)
レイモンド・カーフス(パーカッション)

録音:2019年12月&4月(兵士の物語)、2020年7月(デュオ、エレジー) テルデックス・スタジオ・ベルリン
harmonia mundi/キングインターナショナル

※フランス語版・ドイツ語版・英語版の3形態でリリース(別売)

text by 松平敬

初演当時の楽器から引き出される変幻自在な音色

本ディスクは、初演当時の楽器を使って演奏された《兵士の物語》の新録音である。といっても、「初演当時の楽器」という文言にピンと来ない人がいるかもしれない。ストラヴィンスキーは2021年で没後50年になるとはいえ、モーツァルトなどよりも遥かに「モダン」な、20世紀を代表する作曲家である。そんなストラヴィンスキー作品の初演当時の楽器といっても、現代の楽器と大差がないのでは、と考えてしまう人も少なくないだろう。しかし、この作品が初演されたのは、今から100年と少し前の1918年。身の回りの日用品に、100年前に作られたものはあるだろうか? そのように考えれば、100年前の楽器が現在のものと十分に大きく違っているであろうことは、簡単に想像がつくだろう。

そして実際にその音色は違っている。ガット弦のザラついた質感、クラリネットやコルネットの、思いのほかまろやかな音色など、これまで聴きなれた《兵士の物語》の音色とは一味も二味も異なっている。もちろん、楽器を揃えただけでは話にならない。イザベル・ファウストを中心とした演奏メンバーは、これらの個性的な音色をどのようにブレンドさせるのか(あるいは敢えて混ぜないのか)を徹底的に吟味し、限られた楽器の組み合わせから、変幻自在な音色のニュアンスを引き出している。

特に、作品後半の多彩な展開は聴きものだ。〈小音楽会〉での水彩画のような音色の重なりや、〈タンゴ〉における妖艶な歌い回し、〈ワルツ〉や〈ラグタイム〉の絶妙なグルーヴ感など、ストラヴィンスキーのスコアの「すきま」から、既存の演奏では聴いたことのないような新鮮な表現を次々と繰り出している。

イザベル・ファウスト©Felix Broede

本アルバムのもう一つの大きな特徴は、ナレーションである。出版譜には仏・独・英の3ヶ国語によるナレーションが併記されているが、この3つのヴァージョン全てが録音され、別売されているのだ。3ヶ国語によるヴァージョンを担当するのは、ドミニク・ホルヴィッツただ一人。それだけでも十分驚異的なのに、なんと彼は、この全ヴァージョンで、語り手、兵士、悪魔の全役柄を(声で)演じ分けているのだ。言語が変われば音の響きが変わるのは当然であるが、言語の選択がそれぞれの役柄設定にも微妙に影響しているのが興味深い。

カップリングの2曲も、単なる「おまけ」には止まらない。ヴィブラートを抑制することで非ヨーロッパ的な情緒を浮き彫りにした無伴奏の《エレジー》、アレクサンドル・メルニコフの典雅なピアノとともに流麗な演奏を繰り広げる《協奏的二重奏曲》、ともに息を呑む美しさで、即物的なイメージの強い中期ストラヴィンスキーの演奏解釈に、一石を投じる演奏となっている。

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