すみだ平和祈念音楽祭2022
下野竜也&新日本フィル公演に寄せて

PR

すみだ平和祈念音楽祭2022

下野竜也&新日本フィル公演に寄せて

text by 八木宏之

広島で考えた「音楽と平和」の関係

東京都慰霊堂

東京都墨田区の横網町公園。この静かな公園の一角に、東京都慰霊堂があることをご存じだろうか。かつてこの場所は、陸軍被服廠(ひふくしょう:軍服などを作る工場)跡と呼ばれていた。1923年9月1日午前11時58分に関東一帯で巨大地震が発生すると、広い更地だったこの場所には4万人もの人々が避難してきた。そこに火災旋風が襲い掛かった。そこにいたほとんどの人が火にのまれて犠牲となった。この悲惨な出来事の犠牲者を供養する震災記念堂が建てられたのは1930年のことだ。しかし東京の悲劇は関東大震災だけではなかった。1945年3月10日未明、300機のB-29による無差別夜間爆撃で、下町一帯は再び火の海となった。東京大空襲として知られるこの日の空襲は、たった一晩で10万もの命を奪い去った。戦後、震災記念堂には東京大空襲の犠牲者の遺骨と霊も合祀され、1951年に東京都慰霊堂となり、今日まで、1923年と1945年のふたつの悲劇を私たちに伝えている。

この東京都慰霊堂からほど近い、墨田区錦糸町に位置するすみだトリフォニーホールでは、毎年3月にすみだ平和祈念音楽祭が開催される。2022年に25周年を迎えるすみだトリフォニーホールは、開館以来、地域の音楽文化を担い続けるとともに、一貫して音楽による平和への祈りを捧げてきた。東京大空襲で失われた10万を超える尊い命に想いを馳せるこの公演は、ホールの大切なアイデンティティとなっている。

下野竜也 ©Naoya Yamaguchi

2022年のすみだ平和祈念音楽祭の指揮台に立つのは、下野竜也。下野がこの音楽祭に登場するのは2018年に次いで2回目となる。前回は音楽総監督を務める広島交響楽団とともにすみだ平和祈念音楽祭に出演した。今回はすみだトリフォニーホールを本拠地とする新日本フィルハーモニー交響楽団と共演する。下野は「地域に根ざした大都会のオーケストラ」新日本フィルがすみだトリフォニーホールとともに大切にしてきたコンサートを指揮するのは特別なことだと語る。平和の街広島のオーケストラの音楽総監督として、毎年8月の「平和の夕べ」コンサートも指揮している下野は、広島に着任してから、音楽と平和の関係について考えを改めたという。

「すみだ平和祈念音楽祭や広島の平和の夕べコンサートのような公演には、ふたつの意味が込められていると思います。ひとつは過去を振り返り、戦争で犠牲となった人々に想いを馳せること。もうひとつは今の平和に感謝して、未来の平和を祈ることです。広島に来て、被爆した方々から直接お話を伺う機会を持ってから、“音楽で平和を”と簡単には言葉にできなくなりました。音楽は昔からずっとあるのに人間は戦争をし続けてきたし、平和だからこそ音楽を奏でることができるのではないか、という思いを謙虚に持たなければいけません。だからこそ広島の平和の夕べコンサートでも、すみだ平和祈念音楽祭でも、過去を振り返って戦争の犠牲となった方々へ想いを馳せるとともに、今の平和を噛み締めて感謝し、この平和を未来へ繋いでいこうという思いを、音楽を通して皆で共有することが大切だと思います」(下野竜也、以下同)

《シンフォニア・ダ・レクイエム》を核としたプログラム

津田裕也 ©Christine Fiedler

広く愛される名曲から、知られざる秘曲まで、公演のコンセプトに合わせた巧みなプログラミングで知られる下野だが、今回のすみだ平和祈念音楽祭にもこだわりの詰まったプログラムを用意した。コンサートの前半では、気鋭のピアニスト、津田裕也との共演も予定されている。

「2022年のすみだ平和祈念音楽祭は、2018年のゼレンカに引き続き、私自身が管弦楽編曲したコダーイの《ミゼレーレ》(神よ、我らを憐れみたまえ)で始めたいと思います。《ミゼレーレ》は宗教を超えて、人類が共有できるメッセージです。それに続いて、モーツァルトが人間の持つ陰を劇的に表現したピアノ協奏曲第24番を津田裕也さんとともに演奏します。コダーイからモーツァルトへと繋がるハ短調の響きが前半を特徴付けます」

新日本フィルハーモニー交響楽団 ©K.Miura

今回のコンサートの核となるのはイギリスの作曲家、ブリテンの《シンフォニア・ダ・レクイエム》。皇紀2600年(1940年)の奉祝曲として、日本政府の委嘱を受けて作曲されたものの、「鎮魂交響曲」というタイトルが祝典にふさわしくないとされて、実際には演奏されなかった曰く付きの作品だ。下野はこの作品をたびたび取り上げており、2021年6月にはNHK交響楽団とも演奏している。

「コンサートの後半では、まずサン=サーンスの《アヴェ・マリア》で心を鎮める時を持っていただいた後、ブリテンが亡くなった両親を想って書いた《シンフォニア・ダ・レクイエム》を聴いていただきます。ブリテンは繊細な心を持つ反戦主義者であり、人間の弱さや醜さを包み隠さず音楽にすることができる人でした。《シンフォニア・ダ・レクイエム》はオーケストラによる言葉のないレクイエムです。衝撃的な幕開けから、安寧に満たされるラストまで、人間の様々な感情が渦巻きます。この作品を聴くひとりひとりがそれぞれの平和への想いを音楽の中に見出すことができるのではないでしょうか」

東京都慰霊堂には、震災、戦災で命を落とし、夢を断ち切られた人々の想いを、今を生きる私たちが自らの夢を実現していくことで引き継いでいく「ゆめ供養」という伝統がある。関東大震災、そして太平洋戦争では多くの人の夢と希望、そして尊い命が奪われた。すみだトリフォニーホールはすみだ平和祈念音楽祭を通して、そうした人々に音楽の祈りを捧げ続けてきた。平和だからこそ今こうして音楽を奏でることができるという感謝と、その平和がこれからもずっと続くようにとの願いを胸に、3月12日、すみだトリフォニーホールに集いたい。

公演情報

すみだ平和祈念音楽祭2022
下野竜也&新日本フィルハーモニー交響楽団

2022年3月12日(土)15:00開演
すみだトリフォニーホール 大ホール

下野竜也[指揮]
津田裕也[ピアノ]*
新日本フィルハーモニー交響楽団

コダーイ(下野竜也編曲):ミゼレーレ
モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番*
サン=サーンス(野本洋介編曲):アヴェ・マリア
ブリテン:シンフォニア・ダ・レクイエム

料金:S¥6,500 A¥5,500 B¥4,500
すみだ区割(区在住在勤)¥3,500
すみだ学割(区在住在学の小中高生・学生)¥1,000

主催:公益財団法人墨田区文化振興財団(すみだトリフォニーホール指定管理者)

【公演詳細はこちら】
https://www.triphony.com/concert/detail/2021-03-004749.html

最新情報をチェックしよう!